第十三話 脳力
4000字程度です。
ある程度の実践を積むと、戦わずして相手の力量を図ることが出来るようになる。それは今までの経験から来るものだが、それに加え視線の動き、姿勢や足の運びにその人物の強さが現れるからである。
そういう点で言えば、ルクと対峙しているザムという男はかなりの手練れであることが伺える。視線や足の運びに無駄がなく、最低でもマリーと同程度の実力を持っていることが分かった。
一方ルクは、直立不動で全身が緩みきっており、お世辞にも強そうには見えない。また、彼の模擬戦での三千戦ゼロ勝という実績もその「強くない」という主観が間違ってないことを証明していた。
だからこそ、ルクのことを誰よりも知っている彼女が彼を止めずに戻ってきたことに、レンは驚きを隠せなかった。
「ちょ、おい! お前はあいつを止めに言ったんじゃなかったのかよ?!」
「ああなったルクを止めるのは無理よ。――本当に頑固なんだから」
「無理って……」
自分のことは棚に上げ他人事のように言うマリーに、レンは別の意味で半ば驚きつつ、なおも食い下がる。
「このままじゃあいつ死ぬぞ!? お前も分かるだろ!? ルクじゃあの男には勝てない!」
「本当にそうかしらね?」
「そんなの決まって……」
少し楽しそうに笑うマリーの視線の先、その先にあるルクの背中を見て、レンは言葉を失う。
先ほどと変わらない脱力しきった背中。
警戒もしていなければ、戦闘態勢になっているわけでもない。
しかし、何かが違う。
先ほどと何一つ変わっていないはずのそれ。
だがその背中に、レンはある種の既視感を覚える。
――この感覚どこかで……。まさか……。
「さあ、始まるわよ」
マリーのその言葉が合図となったわけではないが、次の瞬間、戦いの火ぶたは切って落とされた。
初めにルクが動く。
無防備に立っているザムへ距離を詰めると、相手の脇腹に蹴りを入れ、間髪入れず鳩尾に二発拳を叩き込む。
しかし全く効いてはいないのか、ザムはそれに余裕の笑みを浮かべていた。
「何だそれは? なめてるのか?」
「そういうつもりは……」
「そんなのがオレ様に効く分けねぇだろ! 人を殴るときは、こうするんだよ!!」
ザムはその丸太のように太い腕を振り上げ、その巨体からは想像できないほどの速度で拳を繰り出した。
「おわっ!」
ルクはその場から大きく飛び退いて間一髪でザムの攻撃をかわす。
拳は地面へとそのまま振り下ろされ、何の舗装もされていない地面にヒビを走らせた。
「うわー、凄い馬鹿力だな。……お前本当に人間かよ」
「鍛え方が違う。お前こそ、よくオレ様の拳をかわせたな」
「そんなの余裕さ」
「そうか。じゃあもう少し本気を出しても、大丈夫そうだな!」
「えっ?」
ザムはそう言うと、地面を蹴ってその巨体を加速させ、然程なかったルクとの距離をすぐさま縮めた。
「ちょっ! 待って。ウソ、さっきのウソだって! ――わっ!!」
ルクはとっさにかわすが、ザムは容赦なく次々と拳をふるう。
かわしたその拳は地面に落ちるたび轟音を結界内に響き渡らせ、その威力に改めてルクは驚嘆する。
しかし拳を繰り出す当の本人は、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「なかなかいい動きするじゃねぇか。正直、驚いたぜ。だが、お前ごときにこれ以上時間をかけるのも面倒だ。早々で悪いが、切り札を使わせてもらうぜ」
ザムは攻撃をやめ、その場から飛び退きルクと距離を空ける。
そして、ズボンのポケットから一枚の札を取り出した。
「まさか……」
「今更気づいても遅い! 〈付与術式〉『火炎弾』の術!!」
ザムはそう叫ぶと、札をルクに向かって投げる。
札はルクに向かって真っすぐ飛んでいき、次の瞬間、その札からは炎が噴き出してそれは渦を巻く。
札を中心とした炎は一つにまとまり、直径二メルトはある巨大な弾丸と化した。
ルクは一瞬、後ろに視線を向ける。
そして、
「……クソッ!」
ルクは回避せずに腕を顔の前で十字にし、火炎弾は直撃した。
大きな爆発。
燃え上がる炎。
立ち昇る黒煙。
その威力は絶大で、人ひとりを吹き飛ばすには十分なものだった。
「……う、嘘だろ? 付与術札を持っているなんて。いやそれ以前に、今までのあいつの動きなら躱せたはずだ。なのにどうして……」
「――それはたぶん、私たちがいたからよ。火炎弾の軌道上には私たちがいた。だからルクは躱せなかったのよ。今の私たちは術式も脳力も使えないから」
「そんな……」
レンは絶句する。
確かに今の自分たちは脳力はおろか、術式も使えない。
しかしだからと言って、自分を盾にするだろうか。
初級術式の中でもトップクラスの威力を誇るそれを、付与術式で威力が弱まっているとはいえ、自分の体で防ぐなど正気の沙汰ではない。
――彼は一体……。
呆然とするレンを尻目に、術師の男は腹を抱えて笑い出す。
「あはははっ。こりゃ傑作だ! あそこまで言っていた奴がこうもあっさりやられるとはな! 仲間がいたから躱さないなんて、甘い奴だ。くくくっ」
「ホントですぜ。あの程度で、よくオレ様に喧嘩を売ったもんだ」
口々に好きかって言う彼らに、レンは拳を握りしめる。
「卑怯なことしやがって! お前みたいに後ろに引っ込んで戦わないような奴なんかより、よっぽどマシだろうが!!」
「結果が全てだ。負けたらマシもクソもないんだよ」
「そんなこと……」
「――その男の言う通りよ」
「なっ……」
まさかのマリーの援護に、レンは言葉を失う。
マリーは術師の男から視線を外さず、言葉を紡ぎ続ける。
「卑怯だとか、正々堂々戦ったとか、そんなもの所詮は負け犬の戯言よ。勝った者が正義で、負ければ勝利以上の何かを失うの。だからこそ、どんなことをしてでも勝たなければいけないのよ」
知っている。
分かっている。
負ければ全てを失うことなど、裏町で暮らすようになった子どもの頃に嫌というほど思い知らされてきた。
それでも。
正しくあろうとすることは間違ったことなのだろうか。
こうでありたいと憧れることは、幼稚なことなのだろうか。
――オレは……。
「分かってるじゃねぇか、嬢ちゃん。勝負に卑怯もクソもねぇ。……どうだ? オレ達の所に来ないか? そしたらあんたの命だけは助けてやるよ。どちらに着くのが利口か、嬢ちゃんなら分かるだろ?」
レンは自分の非力さに奥歯を噛みしめる。
ルクがやられた今、もう方法はそれしかないかもしれない。
このままでは、いずれ全員殺される。
それなら、彼女が望むなら、それもいいかもしれない。
今までの自分なら、このような結果を受け入れることなどしなかっただろう。
でも今は違う。
大人になるときが来たのかもしれない。
自分よりも強い者に立ち向かい、諦め悪く抗い続ける。
そんな子どもの我儘のようなことは、他人に迷惑をかけることはあれど、誰かを救うことなどないのかもしれない。
――だから……。
レンはマリーの背中を押そうと手を伸ばしたその時、彼女は肩を震わせ、次の瞬間には声を上げて笑い出した。
その姿に、相手の男たちだけでなく、レンも呆気に取られる。
「――ごめんなさい。あまりにもおかしくて。私があなた達の仲間になる? 笑わせないで。確かに、勝つことが全てだと思っているし、負けた奴が卑怯なんて言うべきじゃないとも思うわよ。でも少なくとも、自分の正義を信じて負ける人の方が、何の矜持も持たずに勝利だけを貪る輩より何倍もマシよ。その点で言うなら、あなた達は最悪ね」
そう言い放ったマリーに、術師の男は顔を怒りで真っ赤に染める。
「そうかよ! そんなに死にたきゃ、殺してやる!! さっきのクズみたく灰にしてやるよ!」
マリーは一つため息を吐くと、呆れたように首を横に振る。
「何も分かってないのね。……まだ勝負はついてないわよ?」
「はぁ?」
術師は間抜けな声を漏らすが、すぐにマリーの言ったことが正しいと証明される。
黒煙立ち昇り、燃え盛る炎。
その炎の中を歩く一人の男がいた。
炎越しでも分かる寝ぐせだらけの頭に、ボロボロで漆黒のローブ。
炎の中から現れたその人は、紛れもなくルクだった。
「えっ!?」
「嘘だ……」
「そんなバカな!?」
男たちだけでなく、レンも驚愕の声をあげる。
それもそのはず、通常攻撃型の術式を生身で受ければ無事では済まされない。それも高火力を誇る火炎弾ならば尚更である。
しかしルクは一つの火傷すら負ってはいなかった。
それどころか、まるで散歩でもしているかのように炎の中から現れたのである。
驚くなというほうが無理がある。
しかしそんな周りの驚愕など知る由もないルクは、少しせき込みながらも呑気にローブに付いた煤を払っていた。
「全く酷いことをするなぁ。危なく火傷するところだった。なんて物騒なもん持ってんだよ」
「て、てめぇどうやって……」
「あ? ああ、火炎弾のことか? 俺は修行でマリーの火炎弾をずっとくらってたからな。あんなの、それに比べれば大したことないよ」
「なっ……」
その発言に、ザムは絶句する。
それもそのはず、あの付与術札はタートタウン一と名高い、後ろで観戦している術師に施してもらったものだ。付与術式とはいえ、その威力はそこら辺にいる術師のものより数段高いはずである。
にもかかわらず、目の前の少年はその火炎弾を防ぎ、大したことないと言う。
「お前は一体何者なんだ!?」
「俺か? 俺は何者でもないよ。ただの通りすがりだ。――だからこそ、こんな勝負どうでもよかったんだ」
「……なに?」
「あんたらのことも、助けたガキのことも、興味なんかない。めんどいしな。ただ、このままだと収拾がつかなそうだから、適当にあんたの実力を見て、適当に逃げようと思ってたんだ。でも……」
ルクはそこで首をがっくりと落とし一つため息。
そして次に顔を上げたそれを見て、ザムは冷や汗を流す。
瞳。
今まで眠そうだったそれが、一瞬にして別のものとなっていた。
深淵。
まさにそう錯覚してしまうほど、そこに生気は感じられない。
命に直接語り掛けてくるようなその雰囲気に、ザムはどうしようもない恐怖を覚える。
「もうやめだ。あんたは仲間に手を出した。ここからは、徹底的にぶちのめしてやるよ」
ルクは短く息を吐き、その寝ぐせだらけの髪をかき上げる。
そして、
「おいレグロ。起きろ」
彼を呼ぶ。
いつもは決して自分から呼び出すことのないそれ。
その声に惹かれ、小さい悪魔は主人の影からその姿を現す。
「やっとお呼びか? お前の中で見てて、うずうずしてたぜ。それで? オレ様はあいつを相手にすればいいのか?」
「いや、あいつは俺がぶっ飛ばす。お前はマリー達を守ってくれ」
「ええー、ただのお守りかよ。つまんねぇー」
そう言いつつも横に立ったレグロに、ルクは手をかざす。
「お前は加減を知らないからな。くれぐれも頼んだぞ」
「へーい。了解しました」
ルクはその瞳を閉じ、集中する。
そして。
――脳力発動!!
再び瞳を開いたその時、彼の瞳は青く淡い光を発していた。
「ぐっ、ぎぃぃ、がぅぁぁぁぁぁ!」
その光に呼応するように、レグロは原型を失い、その満月のような瞳以外はドロドロに溶けていく。
そして次の瞬間、それらは凄い勢いで増幅し、別の姿を形作った。
ルクの腰ほどの大きさであるそれは、漆黒の体に満月の瞳を有し、ロウソクの煙のように細く長い尾は六つ。
その巨体を支える四肢は強靭で、むき出しにされた牙は王者の風格。
「変形『モデル・飢狼』」
先ほどレグロが立っていたそこに、巨大な狼が現れた。




