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ユーティフ冒険記  作者: 静観 啓
第1章 始まりの町「タートタウン」
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第十二話 決着と結界

6000字程度です。

「それはそうよ。だってこの術式は、私の創造オリジナルだもの」


 マリーのその言葉に、男たちは思わず言葉を失った。


 術式にはそれを発動させるための起動式というものがあり、三つの構成からなっている。そしてそれらは、それぞれ術式の分類を表す。


 まず起動式の頭につける『階級』。


 これは術式の難易度や威力を階級で表すもので、初級、中級、上級、特級とっきゅう神級しんきゅう無級むきゅうの六つに分類することができる。初級から神級しんきゅうまでは威力に比例して段階的に難しくなり、それぞれ発動させるためには、それに対応した専用の術札が必要となる。その一方で無級むきゅうと呼ばれる階級は、専用の術札が必要なく、初級術札でも中級術札でも同じ効果を発揮させることができる術式のことである。


 次に続く起動式が『属式ぞくしき』である。


 これは術式の属性を表しているもので、炎式えんしき水式すいしき風式ふうしき雷式らいしき土式どしき光式こうしき隔式かくしき界式かいしき鎧式がいしき連式れんしきの十個存在する。炎式えんしきから光式こうしきまでは文字通り頭の字に関連した術式であり、隔式かくしきから鎧式がいしきまでは主に防御系術式で用いられる属式である。そして連式とは、これらの属式に二つ以上属している術式に対して与えられるものである。この連式れんしきはとても難しく、下位の術師は行使することが難しいため、連式れんしきが組み込まれている術式は最低でも中級の階級に属する。


 そして起動式の最後に来るのが、『術名じゅつめい』である。


 これは読んで字のごとく、発動したい術式の名である。これを最後に術式は起動し、その効果を発揮する。


 以上のように術式を発動させる起動式は『階級』『属式ぞくしき』『術名じゅつめい』の三つから構成されており、これらを自分が紡いだ術式に合わせ選択していくことで初めて術式が正常に起動する。


 しかし、この分類に属さない術式が存在する。


 それは、自分で開発した術式である。


 術式を新たに開発すると、難易度や威力が不確かなものが多いため、術式協会に報告するまでの間、階級を一時的に『創造』に置き換えて術式を行使することとなる。


 しかし術式開発はとても難しく、最先端の技術を保有している術式協会の術師ですら、新しい術式を開発できることは少ない。にもかかわらず、術式協会にも所属していないもぐりの術師が新しい術式を開発し、しかもそれが連式れんしきであるという事実に男たちは今の自分の状況も忘れ唖然とする。


創造オリジナルの術式だと……。それに加え連式なんて。あ、あり得ない。――こんな小娘が……」


 マリーはそんな男たちを相手になどせず、先ほどしまった『紅砂こうさ』の瓶を取り出し、口でコルクを引き抜いた。


「あなた達に一度だけチャンスをあげる。大人しく降参して、あの子への発言を撤回するなら、これ以上危害は加えないわ。何なら、見逃してあげてもいい。どう?」


「ふ、ふざけるな! なんで俺たちが撤回するんだ!? あいつが弱いのは本当の事だろ!!」


 往生際悪くそうわめく男たちに、マリーは一つため息を吐くと、


「……そう。残念だわ」


 静かにそれだけ言って、右手に持っていた瓶を空に向かって高々と投げ捨てる。瓶はクルクルと回転しながら中に入っていた紅砂こうさをまき散らし、男たちの頭上に降り注ぐ。


 そして、合掌。


「一つだけ教えてあげる。――私から見れば、あなた達も十分弱いわよ」


「ちょ、ちょっと待て……」


「〈創造そうぞう炎式えんしき〉『爆炎蛍ばくえんぼたる』の術!」


 起動式と共に紅砂の一粒一粒が光を放ち、次の瞬間、爆発した。


 炎は男たちを一瞬にして飲み込み、爆風が辺り一帯を襲う。


 その威力は火炎弾と肩を並べるほど強く、敵のまとめ役である術師だけでなく、レンもその威力に目を見張った。


――生活術具だけでこの威力……。一体何者なんだ?


 レンのそんな考えを知る由もないマリーは、体中から煙を立ち昇らせて倒れている男たちには目もくれず、ルク達のところに戻ってくる。


 そして少年の前で片膝をつくと、唐突に頭を下げた。


「ごめんなさい」


「え!?」


 突然のことに少年は狼狽するが、マリーは構わずもう一度謝る。


「本当にごめんなさい」


「な、なんだよ? どうしてあんたが謝るんだ!?」


「勝負には勝ったけど、何も守ることが出来なかった。あなたの誇りを守ると言っておきながら、あいつらに謝罪の一つもさせられなかったわ。だから、本当にごめんなさい」


 マリーは再度頭を下げ、少年へと謝罪する。


 しかし少年は静かに首を横に振った。


「頭を上げてくれよ。あんたは……、マリーさんはオレのために戦ってくれた。それだけで十分だよ。オレが戦ってたら、たぶん……死んでた。それに、マリーさんの戦い方を見て、戦うってことがどういうことか、守るってことがどういうことなのか分かったよ。だから……」


 少年は最後までは言わず、恥ずかしそうにそっぽを向く。


 マリーはそれを見てクスリと笑うと、立ち上がり少年の頭を乱暴に撫でまわした。


「わっ!」


「ありがとう、優しいのね。あなたはきっと強くなるわ」


「当り前だろ!」


 恥ずかしそうにマリーの腕を振り払い、赤面しながらそう豪語ごうごする少年を見て、その場にいる全員が顔に笑みを浮かべる。


 暖かく平和な空気。つい先ほどまで熾烈しれつな争いが行われていたとは思えないその空気は、場を一気に弛緩させた。


 しかし、その男の存在がこの平和な空気を一変させる。


「おいおい、こんな奴らにやられるとは、本当に役に立たない野郎だな」


 ルク、マリー、レンの三人がその声の主に目を向けると、そこにはマリーにやられたチンピラを足で小突いている金髪の術師がいた。


「術師一人ボコれないとは、役に立たないにもほどがあるだろ」


「ちょっとあなた! やめなさいよ!」


 マリーの静止に、男は不機嫌な顔を三人に向けるが、それも一瞬のことですぐさま笑顔になる。


「ああ、ごめんごめん。あまりに自分の駒が使えなさ過ぎて忘れてたよ。それで? 何か御用かな?」


 男はいつの間にか持っていた黒い球体を手の中で転がしながらそう言ってのける。


「それが懸命に戦った仲間に対する態度かって言ってるの!」


 マリーの言葉で男はおもむろに自分の足元に視線を下ろす。そして次の瞬間、声を上げて笑い出した。


「あははははっ! こいつらが仲間!? 笑わせないでくれよ。こいつらは仲間なんかじゃない。ただの駒だ。使い捨ての駒だよ。――まぁここまで使えないとは思わなかったがな」


 その言葉に、マリーは拳を握り男へと詰め寄ろうとするが、ルクに肩を掴まれ思いとどまる。


「くっ! 戦いもしてないのに、口だけはご立派ね。――もういい。みんな、行きましょう」


 そうしてマリー達がその場を立ち去ろうとしたその時、男の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。


「おいおい、誰が逃がすって言ったよ?」


 ルク達はそれにすぐさま反応するも、男の行動の方が一歩早かった。


 男は空中に先ほどの球体を放り投げると、手のひらを打ち合わせる。


 するとすぐさま自分と大男、ルク達の六人の足元に巨大な術式陣が浮かんだ。


「――しまった、いつのまに」


「この術式は……!?」


「油断はいけないな。これで完成だ。もう少し付き合ってもらうぜ。〈上級じょうきゅう界式かいしき〉『黒断界四方結界こくだんかいしほうけっかい』の術!」


 その起動式で、術式が発現する。


 男を中心とした四方から先ほど放り投げた球体へと線が延び、その線と線の間を黒いものが覆っていく。


 そしてすべてが覆われ、ルクを含む四人は完全にその四角錘しかくすいの中に閉じ込められた。


「マリー、この術式は何なんだ?」


「――この術式は結界よ。それも、結界の中でもとびっきり厄介なね。結界は通常、外からの攻撃を広範囲で防ぐときに使うものなのよ。でもこの『黒断界四方結界こくだんかいしほうけっかい』は違うわ。これは、外からの攻撃を防ぐものではなく、中にいる者を外に出さないためのものなの。ここでは完全に外と中が遮断されていて、外の人はこの中で何が起こっても見ることはおろか、音を聞くことすらできないわ。術者が術式を解除するか意識がなくならない限り、脱出はまず不可能よ」


「……それは厄介だな」


 ルクはいつものごとく何でもないようにそう言うが、マリーは悔しそうに下唇を噛みしめる。


「―――もっと早くに気づくべきだった」


「未来が見えるわけじゃあるまいし、そんなの無理だろ」


「……いいえ。さっきあの男が手の中で転がしていた黒い球体。あれはこの結界の専用術具よ。イワグマっていう大きなクマの額にある石で、この結界にしか使えない術具なの。男の挑発で気づけなかった」


 へらへら笑っている男を睨みつけながらそう言うマリーに、ルクは落ち着けと肩に手を置く。


「お前が気づけなかったなら、誰も気づけなかった。気にするな。それにあの術師おとこを倒せば済む話だ。今なら簡単にケリをつけられる」


 術式には自立型と依存型の二つがある。自立型は一度術式を発動すれば、術師がエネルギーを送り続けなくても発動し続けるもので、依存型はその逆である。そして依存型は自立型に比べ強力な術が多い反面、その術式を保持している間は他の術式を発動することが出来ず、また自身の力も低下するという弱点があった。


 そして防御術式である結界は依存型であるため、今あの男は通常時に比べだいぶ弱体化しており、今のルク達でも十分倒すことが出来る。


 にもかかわらず、男は術式を維持したまま余裕の笑みを崩さない。


「そんな簡単に行くかな? オレはこの通り戦えないが、代わりにこいつが相手になる」


 そう言うや否や、後ろに立っていた大男が指の骨を鳴らしながら前へと歩み出る。


 服装はタンクトップに半ズボンと比較的動きやすい恰好をしているが、その巨体は優に二メルトを超え、服の上からでも分かるほど筋肉が発達していた。


「こいつの名前はザム。オレの部下だ。お前らには今からこいつと野試合をしてもらう」


 その術師の勝手な物言いに、レンが怒りで顔を染める。


「はぁ? なんで今更お前らと野試合なんかすんだよ! 今の状況下で圧倒的に不利なのはお前らだ。オレら全員でボコって終わりだよ。受ける理由がねぇ!!」


「そうよ。私たちが野試合を受けるメリットがないわ」


 レンとマリーのその指摘に、術師は心底楽しそうに笑う。


「本当に何も分かってないな。メリットならあるさ。――その少年だよ。もし、お前たちが野試合を受けないのなら、まず初めにどんなことをしてもその少年を殺す」


「「なっ!?」」


 術師の思わぬ発言に、レンとマリーは言葉を詰まらせる。


 確かに、レンとマリーの二人で共闘すれば、ザムとかいう大男は倒せる。しかし、すんなりとは行かないだろう。ザムという男は最低でも今のマリーと互角程度の実力はある。つまり、戦闘中に二人がかいくぐられる確率は低くない。また今は結界に集中しているあの術師が結界を解除した場合、術式を使えるようになり、こちらが少年を守れる確率は限りなくゼロになる。


 この状況に、レンとマリーはどれが最善なのか分からずに困惑するが、彼は違った。


「――分かった。その野試合受けるよ」


 ルク。


 瞳はいつものように眠そうで、これまたいつものようにやる気は微塵も感じない。


 しかしそれ故に、この場では誰よりも冷静だった。


「野試合を受けなきゃ、結局は少年あいつを守りながら戦わなくちゃいけなくなる。それだと圧倒的にこっちが不利だ。ならいっそのこと、一か八かで野試合を受けた方がいい」


 あくびをしながらそう言うルクに、術師の男は楽しそうに笑う。


「ほう。頭の回る奴がいたか。強くはなさそうだが、正しい判断だ」


「あんた、俺の強さが分かるのか?」


「ああ。これでも長年戦闘の最前線に立っていたからな。分かるとも」


「……そうか」


 ルクは興味もなさそうにそう答えると、一つため息を吐き、本題に入る。


「それで? 野試合のルールは何なんだ?」


 その問いに、術師の男は口の端を吊り上げる。


「ルールは全部で三つ。

 一つ、一対一で戦うこと。

 二つ、そこの術師は術式を使わないこと。

 三つ、『灰被り』は脳力を使わないこと。

 以上のルールを破れば、即その少年を殺す」


 その理不尽な条件に、すかさずマリーが怒鳴る。


「そんなの圧倒的に私たちが不利じゃない!」


「当り前だろ? 弱みを握られているのはそっちなんだ。オレ達が譲歩する必要がない」


「……くっ!」


 悔しさで唇を噛みしめるマリーに、ルクは彼女にしか聞こえないよう小声で話しかける。


「落ち着けマリー。かなり不利なルールだが、破らなければいいだけの話だ」


「……えっ?」


 その意味の分からない言葉にマリーは顔を上げるが、ルクはすでに彼女に背を向け男へと歩み出ていた。


「分かった。その条件でいい。――それで、この大男を倒せば術式を解除するんだな?」


「もちろん。だが、お前が戦うのか?」


「面倒だが、ルールに関係ないのは俺だけなんでな。それとも、俺にも何か制約をつけるか?」


 馬鹿にしたような術師の態度を気にすることなく、ルクは毅然とした態度でそう言い放つが、それを聞いた術師は大声で笑いだす。


「がはははっ。これは傑作だ。お前がザムと戦うだって。少しは切れる奴かと思ったが、とんだ馬鹿だな、君は。――どうだ、ザム? こいつはこう言ってるが?」


「…オレがこいつに負けるわけがない。侮辱されてるとしか思えませんね。――いいですぜ兄貴、こいつはハンデなしでボコボコに叩き潰してやりますよ」


「そうか。それじゃ決まりだな」


「ちょっと待って!」


 マリーはそう叫ぶや否やルクに駆け寄る。


「ルク、どういうことよ!? これは私が始めたことなのよ? 戦うなら私じゃないと……」


少年あいつを守るには野試合を受けるしかない。でもそれだとお前は術式が使えない。ならここは俺が戦うのがベストだ」


「で、でも……」


「大丈夫だ。ここなら外の人間にバレることはない。それに、確かめたいこともあるしな」


「それ……」


 しかしそこで術師の男によってマリーの言葉は遮られた。


「もうそろそろお別れの挨拶は良いかな? こっちも予定が詰まっていてね。さっさと君たちを殺してしまいたいんだ。まぁ、最初は早く終わりそうだがね」


 術師の男はまたも大声で笑いだすが、そんな彼にマリーはビシッと人差し指を突きつける。


「あんたの部下なんか、うちのルクにかかれば一瞬で()()()()()()()()にしちゃうんだからね!」


 その言葉に術師はさらに笑い出し、ルクはため息を吐く。


――うちのってお前は俺の母親かよ。てか、()()()()()()()()ていつの言葉だ?


 ルクのそんな内心を知る由もないマリーは、言ってやったとばかりにその大きな胸を反らし、一通り満足すると駆け足でレンと少年のところへ戻っていった。


 ルクは「あいつ何をしに来たんだ」と呆れながらも、術師の男が引っ込み、ザムと呼ばれる大男が自分の目の前に立ったことで気を引き締める。


――さて、久しぶりの実戦だ。まずは……、軽くぶっ飛ばされますか。


 そうして、誰が宣言するわけでもなく、戦いの火ぶたが切って落とされた。




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