第十一話 創造術式
6000字程度です。
そのリーダーの男の怒号と共に二回戦目が開始された。
まず角材を持った二人の男が動く。
一人はマリーの正面、そしてもう一人は背後にいる男だった。
二人は挟み撃ちのような形で、手に持っている木材を振り上げマリーへと襲い掛かる。
しかしマリーは慌てない。
――この状況、カインやルクならなんともないんでしょうけど、私にとっては致命的ね。特に、長引くのだけは避けたいわ。という訳で、一手多くはなるけど確実に戦力を削いでいきましょう。まずは……。
マリーはこれらの思考を数舜でまとめると、次の瞬間には目の前の角材を振り上げた男の懐に潜り込んでいた。
「あなたから!」
「なっ!!」
そのあまりの速さに男はたじろぐが、マリーはそれを意にも介さず、男の腕と胸倉を掴むと、しゃがみながら体をクルリと回転させ、立ち上がる足の力と体のバネを最大限使いその男を縦に一回転させて地面へと叩きつける。
「ぐはっ!」
完璧に決まった背負い投げ。
だが、マリーはまたしても止まらない。
「悪いけど、確実に意識を刈らせてもらうわよ」
マリーは小さくそう言うと、右脚を自分の頭の高さまで垂直に振り上げる。
そして、
「二人目!」
その足を男の腹部に思いっきり振り下ろした。
「ぐぁっ……」
またも一人が脱落する。
マリーは足元の男を一瞥し意識がないことを確かめると、すぐさま先ほど背後から襲おうとしていた男の位置を確認し、駆け出した。
「なめてんじゃねぇぞ! このくそアマがぁぁ!!」
男はマリーの突進にも怯まず、両手で握った角材を振り下ろす。
しかし対するマリーも臆してはいなかった。
振り下ろされた角材が自分の額に当たる瞬間、瞬時に半歩体をずらし角材を紙一重でかわすと、勢いそのままに体を捻りながらジャンプし、回転を加えた空中蹴りを容赦なく相手のこめかみへと打ち込んだ。
「がっ……!」
男はマリーの回し蹴りをモロに受けたせいで仲間たちの足元まで吹っ飛ぶ。
しかし、
「……ぐ、くそっ! めちゃくちゃ痛てぇ」
気絶してはいなかった。
――やっぱり、私の攻撃だと軽すぎて一撃じゃ意識を奪うのは無理ね。ただ、今なら周りの奴らの戦意も折れかかっているし、畳み掛けるならこの機しかない。
そう思い、さっきの男に追撃を加えるべく走り出そうとしたその時、またしてもあの男が流れを変えた。
「舐めたことするのもいい加減にしろ! 全員でボコっちまえ!!」
リーダーの怒号に男たちは一瞬躊躇するも、すぐさま武器を握り直しマリーへと一斉に襲い掛かった。
――くっ! あの男意外と厄介ね。仲間の戦意が折れるタイミングで命令してる。やりにくいったらないわ。それに、まずいわね。二人倒したけど、まだ五人も残ってる。リーダーの男は参戦してこないにしても、四人を同時に相手するのはキツイ。…こうなった以上、完全に囲まれる前に動くしかない!
マリーはそう判断すると、地面を蹴り、一人の男と距離を詰める。
――四人のうち一人が手負い。まともに動けるのは三人だけど、そのうち二人は大した武器を持っていない。つまり、最初に倒すべきは鉄パイプの男!
「調子に乗んのもいい加減にしろや!」
男は怒号と共に手に持っている鉄パイプを横一線に振るが、マリーはそれをまたも紙一重でかわし、そのまま相手の右斜め前まで踊り出ると、一切のためらいなく男の鳩尾に自分の右こぶしを叩き込む。
「ぐはぁ……」
マリーの強烈な一撃に男は思わず両膝を着く。だが、マリーはそこで追撃を加えることはせず、一歩大きく飛び退き男と距離を空ける。
その光景に傍観を決め込んでいるリーダーの男が笑みを漏らした。
「術師のクセになかなかいい判断するじゃねぇか。あそこでお前が追撃を加えようもんなら、逆にこっちが仕留めてやろうと思ってたのによ」
「そんな罠に引っかかるわけないでしょ。見え見えよ。それに、慌てる必要なんてないわ。私とあなたたちの実力は明白。ゆっくり戦力を削いでいけばいいんですもの」
マリーのその発言に、男は今度こそ声を上げて笑う。
「がはははっ。ハッタリかますのもいい加減にしろや。肉弾戦は大したもんだが、本分じゃない。――息が上がってきてるぜ?」
男の言葉にマリーは小さく舌打ちし、乱暴に額の汗を拭う。
――本当に厄介な男ね。やりにくいったらないわ。それでも……。
「私は負けるわけにはいかないのよ。あの子の誇りを守るため。そして何より、自分自身が覚悟を忘れないために」
マリーは男の瞳を真っ直ぐ捉え、そう言い放つ。
それに男は、大きく顔を歪め再び笑みを零した。
「いいねぇ。追い詰められても諦めてないその目、最高だ。ここ最近、骨のない奴ばかりで退屈してたんだ」
一歩、また一歩と男はゆっくりマリーへと近づき、二人の距離が一メルトにまで縮む。
「気に入ったぜ。ただ取り巻きにボコらせて終わりにしようと思ってたが、やめだ。お前は、この俺が直々に叩き潰してやる」
「奇遇ね。私もあんたを叩き潰してやりたいと思ってたところなのよ!」
マリーはそういうや否や、一歩大きく後退し、次の瞬間には対峙するリーダの男に向かって跳躍していた。
「けっ! 正面から来るか。いいぜ! 相手になってやる!!」
男は手に持っている鉄パイプを握りなおすと、近づいてくるマリーにそれを振り下ろす。
しかし今まで同様そんなものに当たるマリーではない。
彼女はそれを右に跳ぶことでかわし、すぐさまがら空きとなった男の左のこめかみに上段蹴りを放つ。
そのスピードは今までの中で最も速い一撃だったが、男はそれを鉄パイプを持っていない左腕でいとも簡単にガード。さらにその後の回し蹴りの追撃も同じ腕でガードした。
「やっぱり、お前は最高だ。術師でここまで動ける奴はそうはいない。だが、叩き潰すっていうのはな、こうやるんだよ!」
男はけり出したマリーの足を左腕で払いのけると、突如としてパンチに蹴り、鉄パイプをでたらめに打ち出す。
そこにはマリーのような技術も美しさもないが、その攻撃は激しく、今まで攻めていたマリーは一瞬で防戦一方に追い込まれた。
相手のパンチや蹴りを腕で守り、武器による攻撃だけをかわす。そんな文字通りギリギリの攻防の中、マリーはそのたった一つの機会を待っていた。
――まだよ。まだ早い。もう少し……。
そうしてその激しい攻防が一分二分と続き、男がしびれを切れ始めさせた頃、それはきた。
今までで一段と大きい動作。決着をつけるべく男が鉄パイプを振り上げた瞬間、今まで守りに徹していたマリーが動く。
ガードを解き瞬時に大きく二歩踏み出して相手の懐に飛び込み、その勢いと自分の体重を利用した渾身の肘打ちを男の鳩尾に打ち込んだ。
「がはっ!」
完璧に決まった一撃。
例えマリーの攻撃でも、この一撃を受けて立っていられるものは多くない。
しかし……。
男は倒れなかった。
それどころか、男の顔には先ほどまでの驚愕の色はなくなり、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「――やるな。だが、鳩尾を責めるときは、こうするんだよ!」
男はマリーの背中に手を置いて体を曲げさせると、容赦なく自分の膝を彼女の鳩尾に打ち込んだ。
「かはぁっ!」
そのあまりの威力にマリーの肺からは強制的に一切の空気が掃き出される。
しかし男は容赦しない。
自分の体からマリーを引きはがすと、全力で鉄パイプを横に振りぬく。
もちろん今の状態のマリーにそれがかわせるはずもなく、瞬時に左腕でガードするも威力を殺すことはできず、振りぬかれた勢いのまま彼女はその広場を囲む壁まで吹き飛ばされた。
男は血の付いた鉄パイプを満足そうに眺めると、取り巻きの四人を引き連れ、ゆっくりマリーへと近づく。
「久しぶりに楽しかったぜ。まぁ、最後は俺の誘いに乗っちまったみたいだがな。あんたの格闘術は大したもんだが、威力が足りねぇ。来ると分かってりゃ、一撃くらい耐えられるさ」
「……そう、みたいね」
マリーは壁に手を着き、ゆっくりと立ち上がる。しかし立つことでやっとなのかマリーは俯いており、その表情も垂れている長い髪のせいで窺うことができない。
「ははっ! だいぶお疲れのようだな。まぁ安心しろや。オレら全員で終わりにしてやる」
「……ええ、本当に疲れたわ。だから――」
マリーは壁から手を離し、静かにその顔を上げた。
舞い上がる土埃。歓声を上げる野次馬。広場に響き渡る鈍い音。
そんな中、レンは保護した少年の隣で硬く拳を握りしめていた。
――彼女は強い。自分と比べることすらできないほどに。でも……。
「――おい、ルク。分が悪すぎる。彼女がどんだけ強いって言っても、術式を封じたままであいつら全員を相手にするのは無理だ」
「……」
彼女を一番知っているであろうルクにそう問うが、ルクは返事をしない。
「ルク?」
「……」
「おいルク、聴いてるの……」
しびれを切らしたレンは、一瞬マリーから視線を外し、ルクの方を向いて絶句する。彼はマリーなど一瞥もせず、眠そうな瞳で金色長髪の術師を見ていた。
彼女は傷だらけになりながらも懸命に立ち上がり、拳を握り続けている。しかし、ルクはそんな彼女など気にする風もなく、暇そうに敵方の術師を見ている。
それにレンは思わず頭に血が上り、気づいた時にはルクの胸倉を掴んでいた。
「おいルク! 命懸けで戦ってる仲間も見ないでどういうつもりだ!!」
突然のレンの怒りに、ルクは一瞬怪訝そうに眉を顰めるも、すぐさまいつもの眠たそうな表情に戻る。
「どうもこうも、この勝負はもうマリーの勝ちで決まってる」
「はぁ? お前、ちゃんとこの状況を見て……」
言ってんのか、というレンの言葉はマリーが鉄パイプで左腕を殴られた音によってかき消された。
その音に、レンとルク二人の視線がマリーへと集まる。
彼女は壁に叩きつけられ、横たわるその姿は誰が見ても限界だった。レンはルクに向き直り一層拳に力を籠める。
「これで勝つなんて不可能だ! 彼女はもう限界なんだよ!! オレはな……。オレは、お前を見直してたんだ。例え弱くても、やるときはやる男だってな! でも、それもオレの勘違いだったみたいだ……。もういい。オレが彼女を助けに行く!」
そう言ってレンはルクを突き飛ばし、マリーの下へと駆け出そうとする。しかしルクはそれを肩を掴んで止めた。
「落ち着け、レン」
レンはその手を払いのけ、ルクに詰め寄る。
「どうしてお前は落ち着いてられるんだ!」
レンにそう言い寄られても、ルクは表情一つ変えず、いつもの眠そうな瞳で目の前の青年を見下ろす。
「お前は彼女が心配じゃないのか!! お前らは仲間じゃないのかよ!」
ルクはレンから視線を外し、静かにマリーの方を見る。
全身傷だらけで、とうに限界を超えている。立ち上がる事すらできず、もしかしたらこのままやられてしまうかもしれない。
それでも……。
「俺はあいつを信じてる」
「どうして信じられるんだ!」
確かにマリーは限界だ。
それでも。
だからこそ。
「本人が諦めてないのに俺たちが諦めるわけにはいかないんだよ」
ルクの言葉に、レンは息を呑み、ゆっくりと彼の視線の先、マリーの方へと目を向ける。
するとそこには、壁に手を着きながらも立ち上がるマリーの姿があった。
「……どうして。どうして、お前たちはここまで頑張れる?」
ルクは小さく息を吐く。
「俺は……、俺たちは、失ってはいけないものを失い、持っているべき大切なものを背負うべきものと共に捨ててしまった。そして、捨てた後にその大切さに気付いたのさ。だからもう二度と、その過ちは繰り返さないと誓ったんだ。――だからな、レン」
そう言ってレンに向けたルクの顔は、ほんの少しだけ寂しそうだった。
「俺たちは、捨てたものを取り戻すためなら、どんなことだって頑張れるのさ」
ルクはそう言うと再びマリーの方に視線を戻す。
「レン、マリーは勝つ。あいつは、まだ諦めてない」
そう言ったルクの横顔は、その声色とは裏腹に、いつもの眠たそうなそれだった。
マリーはゆっくりとその顔を上げる。
それは本当にひどいもので、顔は疲れと汗で汚れ、あれほど美しかった髪もホコリにまみれている。
しかし、
「……ええ、本当に疲れたわ。だから――終わりにしましょう」
男たちを射抜く瞳だけは、くすんでいなかった。
マリーに近づいていた男たちも思わず歩みを止めてしまうほど、その瞳は強い覚悟を宿していた。
「どうして…。どうして、こんな状況でもそんな目をしてられる! もうお前に勝ち目はないんだぞ!!」
リーダーの男は怒鳴るが、マリーは静かに微笑む。
「一つ教えてあげる。私が待っていたのはね、時間とこの状況そのものよ。とどめの一撃ではなく、この状況こそ、私の待っていたものなの」
マリーそう言うと、自身の手のひらを打ち合わせ合掌する。
そして、
「〈創造・連式〉『土泥沈下』の術」
術式の起動式を紡いだ。
その掛け声とともに男たちの足元の地面に五人全員がすっぽり収まるほど巨大な術式陣が展開される。
「術式は使えないはずじゃ!?」
「なんだこれ!?」
パニックに陥るチンピラ達。
しかし、リーダーの男だけは違った。
「クソッ! 何してんだ! さっさとこの術式陣から出ろ!!」
その指示に男たちは我先にと駆け出すが、すでに遅い。
男たちの足はゆっくりと、だが確実に地面へと沈んでいき、十秒としないうちにひざ下まで完全に飲み込まれてしまった。
マリーはそこで術式を解除する。
「これでもう逃げられないわよ」
マリーの言葉に、リーダーの男は悔しさに顔を歪める。
「術札も式筆もなしにどうやって……」
「まだ気づいてなかったの? あんた達が今立っている場所は、私があんた達の顔に『藍砂』と『雲砂』をかけた場所よ。あれは錯乱の意味合いもあったんだけど、本命はこっち。――この術式は、『藍砂』と『雲砂』で組み上げたものよ」
「……う、嘘だ。生活術具だけでこんな……。そんなデタラメ聞いたことねぇぞ!!」
「それはそうよ。だってこの術式は、私の創造だもの」
マリーのその言葉に、男たちは思わず言葉を失った。