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ユーティフ冒険記  作者: 静観 啓
第1章 始まりの町「タートタウン」
12/18

第八話 頼みと交渉

8000字程度です。

 テーブルを赤く染める。窓から外を眺めると、テーブルと同じようにまち全体が夕焼けに染まりつつあった。中町の商人たちも店じまいをしている者が大半で、それに伴って道の人通りが昼間の半分以下にまで少なっている。


 普段の中町を知らないルクからすれば、少し不思議な光景だった。


 昼間の中町は控えめに言っても騒々しい。商人たちは少しでも客に興味を持ってもらおうとその野太い声を張り上げているし、客は客でその声にかき消されないよう負けじと腹から声を出して商人相手に値切り交渉していた。


 通りは富豪から物乞いまで幅広い種類の人間がごった返し、それはまるで何かの祭りのさまである。


 しかし今はどうか? 昼間の喧騒が嘘のように、中町ここは静まりつつある。

 昼間の様子からてっきり夜も同じように騒がしいと思っていたルクは、少し拍子抜けしつつも安堵する。


――夜中まで昼間みたいに騒々しかったら、さすがの俺も眠れないからな。睡眠は大事だよな、うん。何事にも代えがたいよ、あれは。……はあ、早くふかふかのベットで寝たいよ。


 そんなよこしまな心の声が漏れたのかどうかは分からないが、窓の外を眺めながらため息ばかり吐いているルクの頭の上に容赦のないゲンコツが落ちる。


「おいこら! 聞いてんのかルク! オレはお前のために言ってるんだぞ!!」


 レンである。


 いつもルクのことを叱り、場合によっては実力行使げんこついとわないマリーであっても、今は隣りで顔を俯かせ借りてきた猫のようにおとなしい。


 ルクが頭をさすりつつもレンの方に視線を戻すと、彼は満足したようにまた最初から話し始めた。


 ルクはため息を吐きたい気持ちを抑えつつ、そんなにあの時計台に登ったのがまずかったのかと自問し、そしてまずかったのだろうとすぐさま考えを改める。


 レンいわく、


 あの塔は一部のまちの住人にとても大切にされているものである。

 旅人が勝手に触れていいものでも、ましてや登っていいものでもない。

 あの時計台を大切にしている通称「信者」に見られていたら大変なことになっていた。

 殺されるならまだしも、酷い拷問をされる可能性すらあった。

 お前だけでなく、仲間まで危険にさらしたんだぞ。

 仲間も仲間で笑ってないで、ちゃんとこいつを見張っておけ。


 レンの話を要約するということらしい。


 この話を繰り返し何度も聞かされた。小一時間では済まないだろう。あんなに高かった日が傾いているのだから。それこそ三十回は絶対聞いている。何なら暗唱できる自信がある。


 ルクは横目にマリーを見る。


 先ほどまで俯いていたマリーは、訓練された兵士のように教官レンに視線を向けて話を聞いているが、その目は今までにないほど虚ろだった。死んだ魚の目である。


 ルクは自分やレグロもきっとあんな感じなのだろうとぼんやり考え、その虚ろな視線をレンに戻した。よそ見がバレればことである。また最初から聞く気力は、もう三人の中に残されていない。


 ルクはもう終わってくれと願う。もしかしたらルク、マリー、レグロ三人の願いが初めて一致した瞬間かもしれない。


 そしてそれが神に届いたのかは分からないが、レンは一口水を飲むと、


「これで分かっただろ? もう二度とするなよ」


 三人に釘を刺しつつ、そう締めくくった。


 当の三人は終わったことへの喜びと、今までの疲労から力なく頷くことしかできない。


 その様子に、反省したと勘違いしたレンは満足そうに()()と唸る。そして窓の外を見て、今度は驚きの声を上げた。


「てか、もう夕方じゃねぇか。話したいことも話せないままこんな時間になっちまったな。というか、何の話だっけ?」


 ルクはもういいよと思いつつ、テーブルに突っ伏して「尾行……」とだけ言う。


「ああ、そうだったな。――オレがお前たちを尾行していたのは、オレ達に協力して欲しいからだ」


 ルクは重たい頭を上げレンを見る。


 髪はきれいな銀色で、体中に着けているアクセサリーと共に夕の光を浴びるそれは鈍い輝きを放っている。その光景は美しく、ルクは幻想的ですらあると思った。


 何かを企んでいるようには見えない。


 というか、何も企んではいないのだろう。


 なにせ、こちらの身を案じて一、二時間説教をしてくるようなお人よしなのだから。


 ルクは話だけでも聞こうと理由を尋ねる。


「……どうして俺たちなんだ?」


「お前たちに最初に会ったあの酒場、『夜明けのあかつき亭』はこのタートタウンでは有名な情報屋なのさ。オレは一向にしっぽがつかめない人攫いの情報を求めて、情報屋であるあの酒場のマスターに会いに行ってたんだ」


 情報屋。


 それで合点がいく。


 情報屋は危険な仕事だ。情報を仕入れる際は身分をいつわったり、他の第三者を雇い入れて相手に自分の情報を与えないようにすることができる。しかし売るときはそうはいかない。情報は信頼できる人から買う。つまりは、情報屋として認識されなければならないのである。それゆえに身分を隠したり適当な代役は立てられない。


 そしてそこを狙われる。


 誰にどの情報を売ったのかは、当然情報屋しか知らない。


 では、買った情報を誰にも知られたくない客がいたとしたら?


 情報の売買を知っているのは自分と情報屋の二人だけ。その結果行きつく先は、情報屋の抹殺である。


 ゆえに、情報屋は例外なく強いか素早い。


 あのマスターも強いのだろう。それこそレグロの存在に気づくぐらいに。


「あの酒場は昔からあるのか?」


「ああ、どういう訳かマスターは十数年に一度変わるが、あの酒場自体はこのタートタウンが出来るのと同じくらいにできたらしい。酒場の名前も昔からあの変わった名前だったそうだ。あかつきって夜明けの事だろ? 夜明けの夜明けって意味が分からないよな」


 レンは小さく笑うと、話を戻そうと言って姿勢を正す。


「オレは仲間たちと相談して情報屋から情報を買うことにした。でも、『夜明けのあかつき亭』のマスターですら人攫いの情報は掴んでいなかったんだ。この町であの酒場のマスター以上に情報通な奴はいない。お手上げだったよ。さてどうしたものかと頭を悩ませているさなか、あんたが現れた」


 レンはルクに一瞥いちべつもすることなくマリーを見る。


「わ、私!?」


「ああ。一目見て術師だと分かった。あんたも知っての通り、人攫いの唯一の手掛かりが術式がらみのあの指輪だ。だが、残念なことにオレ達の仲間に術師はおろか術式が使えるやつすらいない。しかもあんたは人攫いを探そうっていうじゃないか。これは協力し合えると思った。でもいきなり見ず知らずの奴が突然に協力してくれって言うのも怪しいだろ? だから宿まで尾行して、そこから交渉しようと思ったのさ。――まあ途中で人攫いと遭遇して、まんまと逃げられちまったけどな」


 レンは最後にそう言って笑うと、さらに水を一口飲む。


 レンの言っていることは筋が通っているし、怪しいところはない。また話しているときの仕草や態度、口調や発音、呼吸などをルクはバレないよう観察していたが、不自然なところはなく、どれも真実を語っている者のそれだった。


 しかしいくつか気になることもある。


 マリーもルクと同じ結論に至ったらしく、


「分かったわ。あなたが嘘をついてるとも思えないし、一先ずは信じることにする。でも、一つ気になることがあるの」


「なんなりと」


 椅子の背もたれに体を預けたまま茶化すように言ったレンをよそに、マリーは真剣な顔つきで体を前に乗り出す。


「指輪を配っていたバサルという男には逃げられてしまったわ。しばらくは表に顔を出すことはないと思う。こうなっては指輪から相手を探し出すのは無理よ。あなたも知ってるはずよね? それなのに、どうしてまだ私たちの協力が必要なの?」


 そう、それだ。


 レンがマリーに協力して欲しかったのは、指輪から人攫いの情報、もしくは行方を得たいからだ。しかし相手はこちらを警戒してしまった。これでは相手の行方を探すのは不可能だ。


 訓練を積んだ術師ならば、術式が付与されている物を調べることで、その術式を付与した者の情報をある程度は得ることができ、逆探知のようなこともできる。


 しかし、あちらにもなす術がないわけではない。


 逆探知できないよう、それ専用の術具や術式を展開させればいいのである。


 つまり警戒された時点で、この指輪に以前のような価値はない。


 分かることはせいぜい、どのような式筆しきひつを使って術式を紡いだかという最低限の情報くらいだろう。


 もちろん、付与されている術式の種類によってはこの状況でも逆探知できる可能性はあるのだが…、


「しっかり調べてみたわけじゃないから断言はできないけど、あの指輪に付与されていた術式は、『追尾香ついびこう』と『隠匿いんとく』の術だと思うわ。この術式じゃ追跡は無理よ。――多分相手もそれを考慮したうえでのチョイスなんでしょうけど」


 付与され術式が独立しているとは言え、術者とのつながりはある。それは術式が複雑で、付与に時間をかければかけるほど、そのつながりは強くなる。


追尾香ついびこう

この術式が付与されている物から、術者にだけ見える煙を発するという術である。それは風に流されることも途切れることもなく、術者の技量にもよるが最大二キルトまで追跡できるという術である。


隠匿いんとく

これは展開されていたり付与されている術式にプラスしてかけられるもので、これをかけると術式をある程度カモフラージュすることができる。


 指輪にはこれらの術式がかけられていると、マリーは言った。


 しかしこの術式は初級術式の中でもポピュラーなもので、付与できる術式の中では比較的短時間で付与することができる。多少、腕に覚えのある術師が行えば一日とかからない。


 その程度では到底逆探知などできないのである。


 ではなぜ、そのことを知っているレンは未だに協力を求めるのか?


「――あんた、相当強いだろ?」


 椅子の背もたれから背中を離し、今度はレンが体を乗り出す。


「酒場に入ってきた時から分かってた。あんたはオレと同等か、それ以上だ。あんたも対峙したから分かるだろ? あの仮面男は強い。今、自警団の中であいつとまともに戦えるのはオレと副団長の二人だけだ。人攫いの方には当然、他にも戦闘員がいるだろうから、今は少しでも戦える奴が欲しい」


 レンの瞳は真剣で、そこから彼の人柄がうかがえる。責任感が強く、優しい。政府軍に頼れない分、自分たちでどうにかしようとしている。自分の身を守るだけなら、こんなことする必要はない。レンは、裏町に住んでいる人たちのために人攫いを捕まえたいのだ。


 こんなレンを彼女が放っておけるはずもなく、


「そういうことなら、分かったわ。私たちでよければ協力すわよ。――ねぇルク」


 何も考えず二つ返事で了承する。


――やっぱりこうなったか……。めんどくせぇ。……てか、俺に振らないでくれないかな?


 ルクは内心で文句を言いつつ、テーブルに突っ伏する。


 レンは今のところ騙そうとしていたり、嘘をついたりしているわけではない。


 悪意を持って接してきているわけでもない。


 しかし如何いかんせんめんどくさい。


 それこそ、このままテーブルと一体化してしまいたいほどだ。


 それに、もう一つ気になることもある。


 ゆえに、


「やだ」


 一言。


 ルクがそう言うと全く想像していなかったのか、マリーが驚きの声を上げる。


「なんで!? 私たちと利害は一致してるし、三人より四人でしょ!?」


 さっきからテーブルの端っこで寝ていて会話に全く参加していないレグロをちゃんと人数に入れるなんて律儀だなぁと思いつつ、ルクははっきりもう一度、いやだと宣言する。


「だからなんでよ!」


「めんどい。マリーならわざわざ協力しなくても、人攫いぐらい見つけられるだろ? レグロに協力してもらってもいいし。レンと協力するメリットがない」


「そ、それはそうだけど、こういうのにメリットもデメリットもないでしょ!」


 なぜか涙目でそう訴えてくるマリーに、さてどうしたものかとルクは頭を抱える。


 マリーは頑固だ。誰かさんに負けず劣らず、一度こうと決めるとテコでも変えない。


 これはこれで面倒だと困り果てたルクを救ったのは、この話を持ってきたレンであった。


「じゃあ、あんただけ協力してくれればいい」


「えっ? 私だけ? ――でもルクもいた方が……」


 マリーの言葉にレンは困ったように笑うと、気まずそうに右手の人差し指にはめている指輪を触る。


「実を言うと、ルクには俺たちが人攫いの調査をしている間は自警団の本部にいてもらおうと思ってたんだ。オレ達があんたに協力して欲しいのは、強くて弱い奴らが戦わなくて済むようにするためだ」


「……ルクが弱いって、そう言いたいの?」


「……そうだ。あんたは酒場に入ってきた瞬間、直観的に強いと分かった。勝手に気持ちが高ぶったほどだ。だから不思議だったんだ。こんなに強い奴が、なぜあんな奴と一緒にいるのかって。はっきり言って、足手まといだ。無駄死にさせるわけにはいかない」


 そんなことを言われても、ルクは突っ伏したまま大きなあくびをしていた。いつもと変わらず眠そうで、怒ったり悔しがったりしている様子は微塵も感じない。


 むしろ、本人よりもマリーの方が悔しさを噛み殺してるのが分かる。拳を膝の上で握りしめ、今にも泣き出しそうである。


 そして我慢できなくなり、マリーが口を開こうとしたその時、

「……!?」

 それはルクがマリーの口をふさいだことによって阻止された。


「落ち着け、マリー。何をどう言ったって、レンの評価が変わるわけじゃない」


 ルクはマリーの耳元でそう囁くと、その眠そうな目をレンへと向ける。


「まあ、確かに俺は弱いよ。マリー達と三千回くらい模擬戦をしたけど、ただの一度も勝ったことがない」


 三千戦ゼロ勝。


 それをルクは何のことでもないように、いつもの眠そうな声でそう言う。


 レンからすれば考えられないことである。


 裏町では弱いものから消されていく。誰にも負けない力でも、屈辱から這い出す意思でも、裏町では子どもですらこれらのような強さを持っている。


 しかし目の前の男は違う。弱いことをなんとも思っていないような顔で、自分が弱いことをひけらかす。


 なぜこんな男がのうのうと生きていて、裏町あそこの子どもたちは死ななければならないのか。


 これを考えることに意味はない。


 意味がないどころか、人として最低である。


 しかし考えずにはいられない。


 強くなろうとした者が死に、弱きことを許容している者が生きている。


 こんなことがあっていいのかと。


 そんなことが許されるのかと。


 許されるはずがない。


 レンは怒りで目の前が見えなくなりそうになりつつも、なんとかとどまる。


「……三千戦ゼロ勝か。なおさらそんな奴を連れていくわけにはいかない」


「俺だって行きたくないさ。でも、それだとマリーが協力してくれないだろ? だから……」


 ルクの雰囲気が一段階暗くなる。


「あんたが隠していることを教えてくれたら、喜んで協力するよ。マリーを使うなり連れていくなり好きにしたらいい。もちろん、俺はお前の言う通りにする。留守番でもなんでもしよう」


 レンはルクの言葉に、静かに息を呑む。


 確かにレンはある情報を隠している。


 しかしそれは、ルクやマリー、レグロが裏切ろうとしたり、こちらの意図に反しようとした際に行動を縛るための、いわば保険だ。


 全て終われば教えようと思っていたし、彼らを信用していないわけでもない。だが一つの組織を預かる人間として、もしもの際の命綱なしでその細い綱を渡るわけにはいかなかった。


 もし足を踏み外せば、自分だけでなく仲間をも道ずれにしてしまうのだから。


 だからこそ、このタイミングで手の内を晒すのは得策ではない。


「……な、何の事かわからないな」


 精一杯の虚勢を張るレンに、ルクは相変わらずの眠そうな視線を向けていた。


 視線だけではない。姿勢も態度も声色も、その全てが弛緩しきっていて眠気を孕んでいる。にもかかわらず、レンは言いようのないプレッシャーを感じていた。


 目の前の男は油断しきっていて、マリーを考慮しなければ五秒とかけずに無力化できる。なんだったら今の状況から首筋にナイフを突きつけ、協力を強要させることだって可能だ。


――ではなぜ、自分はこの男に脅威を感じているのか…。


 レンは知らぬ間に滲んでいた手汗を、その思考と共に乱暴に拭う。


「……オ、オレが何かを隠している証拠でもあるのか? そ、それに、隠していたとして、なぜお前たちに教えないといけない? お前らに関係ないことかもしれないだろ」


「証拠、ね。証拠なんていらないんだよ。なんせ、お前自身が情報を隠してるって教えてくれたんだからな」


 ルクの発言に、レンは思わず「なっ!?」と叫びそうになり、寸前のところで我慢する。


 当然、声を我慢するので精一杯なレンの表情は筒抜けもいいところで、本人もそれを自覚している。


 だがどうしようもない。


 どうにもこういう腹芸は苦手なのだ。


 だからこそ、こういうことが得意な男を副リーダーに置いているのだが、あいにくと今日は一人。


 レンは連れてくるべきだったと本気で後悔するが、もう遅い。


「おまえはさっき、俺たちを尾行し、宿屋で協力してくれるよう交渉するつもりだったといった。――協力してくれるよう『頼む』ではなく『()()』すると言ったんだ。これは俺たちにとって必要な何か、俺たちが協力せざるおえない何かを持っているってことだ」


「――だ、だからと言って、それが情報とは限らな……」


「たしかに」


 ルクはレンの言葉を遮るように小さくうなずく。そしてすぐに「でも」と付け加えた。


「その言い訳には無理がある。自警団のリーダーとはいえ裏町うらまち出身だ。大金や金に換えられるような珍しい術具を持っているとは考えにくい。もし持っていたら、どこの馬の骨ともわからない俺たちなんかよりも、タートタウンで有名な術師を雇っただろう。このことから、俺たちにしか価値のない情報、つまりは俺たちが必要としている情報を持っているとしか考えられないんだ。――大方、マリーが無条件で協力してくれそうだから保険として取っとこうと思ったんだろうが、下手くそすぎだ」


 レンは小さく嘆息すると、一気に力が抜ける。


 そこで初めて、彼は自分の体が強張っていたことに気が付いた。


「……そこまで気づかれてたのか。お手上げんだな。もしかして、どんな情報かもわかったりしたのか?」


「なんとなく、だけどな」


 ルクはレンと同じように脱力すると、椅子の背に体を預ける。


 そして後頭部を掻きながら呆れたように笑うと、

「師匠の事、だろ?」

 はっきりとそう言った。


 その発言にレンはもちろん驚くが、彼よりも驚いたのが今まで黙っていたマリーだった。


「え、ええっ!? し、師匠のこと!!? ど、どう言うことよルク!!」


 マリーは大声でそう叫ぶなり立ち上がると、ルクの襟元を掴みグイグイと揺さぶる。


「ちょ、くるし……。死ぬって。これ簡単に死ねちゃうやつだって」


 ルクが必死にマリーの手をタップしたことによって、マリーは正気に戻ったらしく、パッと手を離す。


 先ほどのシリアスな雰囲気が嘘のようである。


「ご、ごめん、ちょっと興奮しちゃって」


「……どこがちょっとなんだよ。死ぬところだったぞ。なんなら花畑見えかけてたからな」


「ほんとごめんて。いきなり師匠の話が出てくるからびっくりして。――それよりも、師匠の情報をレンが持ってるってどういうこと?」


 ルクは襟を正しながら椅子に座りなおすと、少し意地悪い笑みを浮かべながらレンを見る。


「普通に考えれば分かる事さ。レンと俺たちの最初の接点は『夜明けのあかつき亭』という酒場だ。あの酒場での会話は人攫いの件と、俺たちが師匠を探しているという内容のものだけだった。そのあとに情報を持って交渉に来るというなら、それは十中八九師匠がらみのことだと想像がつく」


「でもそれだと、人攫いの情報の可能性もあるでしょ?」


 マリーの質問に、ルクは少し呆れ気味にため息を吐く。


「さっきレンが言っていただろ? 人攫いの情報がないから、あの酒場に行ったって。俺たちも酒場のマスターに人攫いのことを聞いたんだ。指輪の件を除けば、あの時点での情報で、俺たちとレンとの間に差はないはずだ」


 ルクはなるほどと納得しているマリーを尻目にレンを見ると、二つの手のひらを上にあげ降参の意を表していた。


「――参ったよ。お前の言う通りだ」


「じゃあ、本当に師匠のことを知ってるの!?」


 レンは静かに頷くと、窓の外を指さす。


「時間帯的にもうそろそろ混んでくるころだ。他の人に聞かれるとまずい。場所を移そう」


 レンはそう言うと立ち上がり、ルクとマリー、そして突然起こされたレグロが訳の分からないままそれに続いた。


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