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ユーティフ冒険記  作者: 静観 啓
第1章 始まりの町「タートタウン」
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第六話 仮面の男

5000字くらいです。

「あ、あったわ。何で今まで気づかなかったのかしら? 発動中の術式が一つと、未発動の術式が一つ、この指輪に施されてるわ」


 マリーの言葉が路地裏に響き渡った。


「そ、そんな馬鹿な!?」


 露天商の男が驚きの声を上げる。


 もちろん指輪に術式が施されていたことによる驚きではない。


 タートタウン一の術師に施してもらった術式を見破られたことに驚いたのである。


 もしかしたら自分はとんでもない娘に引っかかってしまったのではないか。


 そんな考えが頭をよぎる。


 しかし、今更どうすることもできない。


「ふ、ふん。私は術師ではありませんからね。術式を見る方法を持っていません。そ、それじゃ証拠にはなりませんよ」


――もうすぐ『あの人』との約束の時間だ。それまでどんなことをしても時間稼ぎをしなければ……。


 男は内心の焦りを顔には出さず、さも当然といった様子で反論する。


 しかし、そこで今まで傍観に徹していたレグロが、おもむろに口を開いた。


「確かに、オレ様も術師じゃねぇからな。この指輪に術式が施されてるのか分かんねぇ。なぁ姉御、術師じゃなくても術式を見る方法ってないのか?」


 レグロの何気ない言葉に、マリーは手をポンとたたくと、腰のポーチから一つの小瓶を取り出した。


 コルクで栓をされたその小瓶の中には、サラサラとした半透明の砂が入っていた。


「これはね、『観砂かんさ』っていう術具じゅつぐでね、この砂は術式に呼応して色を変えるの。これならどんな人でも術式を見ることができるわ」


 マリーは説明しながら小瓶のコルクを抜くと、左手の上に置かれた指輪に向けて、小瓶の中の砂を振りかける。


 すると指輪の上にかけられた砂は所々色を赤やオレンジに変え、指輪の上の空中に大小二つの幾何学模様が浮かび上がった。


 観砂かんさが色を変え浮かび上がったその模様は美しく、薄暗い路地裏で神秘的な淡い光を放つ。


「これで指輪に術式が付与されているのを確認できた。満足したかよ?」


 銀髪の青年は意地の悪い笑みを浮かべながらそう言い放ち、露天商の男へと詰め寄る。


 しかし当の本人は後退あとずさりしながらも、最後のあがきを見せる。


「う、嘘だ。そ、そうか、分かったぞ! お前とそこの嬢ちゃんはグルだな!! 俺様の目を盗んでそこの術師に術式を付与させたんだ! そうに決まってる!!」


 術式は基本的に術式を書き込んですぐに使用しなければ発動しない。


 例えば、マリーが得意としている初級術式の『火炎弾かえんだん』は初級術式用の術札じゅつふだに、式筆しきひつと呼ばれる術式を書き込むため専用の術具じゅつぐで術式を書き、すぐさま発動させることによってのみ発現する。もし仮に火炎弾かえんだん術札じゅつふだを書きめていたといても、それらは十秒と経たずにただの紙切れと化してしまうのだ。


 ゆえに術師の戦闘では、どれだけ戦いの場で早く正確に術式をつむぐことができるのかに重きが置かれていた。


 しかし術式の付与はこれとは全く異なるプロセスを踏む必要がある。


 術式の付与では、術式を書き込んでからある程度は時間がたってもその効力は失われず、いつでも所有者の任意で術式を発動することが可能である。


 そのため術師のみならず、術式を使うことができない金持ちや傭兵団、政府軍の兵士など、その需要は多岐にわたる。


 しかしその一方で、術式の付与には繊細で高度な技術と膨大な時間が必要とされていた。


 順序としては、まず術式を対象に書き込み、そしてその術式が効力を失わないよう『固定化』という術式ごとに決められた書き換えを行う、そして最後に『概念化』と呼ばれる書き換えた術式が拒否反応を起こさないようするための特殊な術式を上から書き加えていくのである。


 ただ術式を行使する際に比べ、付与は書き込む術式量が十倍から二十倍に増える。また『概念化』も雑に行えば下に書き記した術式を壊してしまうため、術式の付与は普通の術式に比べて膨大な時間がかかるのである。


ゆえに人目を盗んで術式を発動させるだけならまだしも、術式を物に付与させるのをばれないように行うのは不可能である。


 これは術師のみならず一般人も知っている常識で、術具じゅつぐを扱っている商人が知らないはずはなかった。


「その言い訳には無理があるぜ、おっさん。なんなら政府軍を呼ぶか?」


 男はそこまで言われても認めるつもりはないらしく、銀髪の青年に詰め寄られながらも必死に否定する。


「し、知らない。俺様は言われた通りにその指輪を客に渡してただけだ。は、められたんだ!!」


 青年は男の言い訳に呆れることを通り越してめんどくさそうに顔をしかめる。そしてズボンのポケットから小さな袋を取り出すと、いまだに言い訳している男へと投げつけた。


 男は顔面に袋が直撃して尻餅をつき、袋はそのまま地面へと落ちる。


 そして落ちたはずみで袋の中身が地面へとばらまかれた。


「こ、これは……」


 袋の中身は全て指輪であり、その数は優に三十は超える。


 指輪は全てマリーと同じデザインのものだが、着いている石が赤ではなくくすんだ灰色になっていた。


「ど、どうして……」

「ここ最近、中町や裏町で物取りや人攫いが多発してる。調べてみたら、標的にされた人の大半がこの指輪を身に着けていた。そしてどこで買ったのかを聞けば、怪しげな露天商の男からもらったって言うじゃないか。ずいぶん捜したぜ、おっさん」

「お、お前はいったい……」


 男は指輪から視線を外し、その青年の姿を見上げる。


 そしてその時になって初めて青年の容姿に見覚えがあることに気が付いた。


 下は黒のズボンに上はタンクトップ、その上から少し光沢のある魔物の皮を使った黒のジャンパーを羽織っている。耳や指にはいくつものピアスや指輪、両腕にも複数のブレスレットがつけられており、金属が擦れる音をさせながらそれらは鈍い光りを放つ。


 それらのアクセサリーは()()に目立つが、それ以上に人の目を引くのが青年の容姿。


 身長はマリーより五セルトほど高いくらいだが、短くされた髪はユーティフでも珍しい銀色で、そのキリっとした男らしい顔と相まって恐ろしく人の視線を集める。


「ま、まさか、お前……」


 男は恐怖に顔を歪め、尻を着いたまま後退あとずさる。


「お、お前、裏町自警団団長のレンか! そのアクセサリーに、その珍しい銀髪。ま、間違いない! あの【灰被はいかぶりのレン】だろ!!」


 レンと呼ばれた青年は口の端を吊り上げ、どちらが悪人なのか分からない笑みを浮かべる。


「ばれちまったか。美少女ならともかく、お前みたいな気味の悪いおっさんにまで知られていると思うとゾッとするな。……まあいい。とにかくあんたはオレと来てもらうぞ」


 レンは尻餅を着いている男へゆっくりと近づく。


――クソ! よりにもよってあの【灰被はいかぶり】が来ちまうとは! も、もうあの人が来るまでの時間稼ぎはできない。ど、どうしたら……。


 男は必死に考えを巡らすが一向に打開策は見つからず、すぐ目の前にまでレンの手が迫る。


 そして男がもう駄目だとあきらめかけたその時、レンは男には触れず一気にマリーの前まで飛びのいた。


 するとレンが今まで立っていた場所に、刃渡り二十セトルのナイフを持った男が突如として空から降り立ち、地面にナイフを突き立てる。


 男はローブのフードを被って仮面をつけているため、恐ろしいほど個人としての情報がない。


 しかしその立ち上がる動作にも隙はなく、その動きでレンだけでなくマリーとレグロも警戒を高める。


「何か得体のしれない気配に急いできてみれば、これはどういうことかな? バサル殿?」


 くぐもった声で仮面の男は未だに隣で座り込んでいる男、露天商のバサルに問いかけた。


「い、いえ、あの。例の指輪の仕掛けがばれてしまったんでさ」


 バサルは立ち上がり、しどろもどろに今の状況を説明する。


 仮面の男は隣のバサルに顔を向けてはいるが、その手に持つナイフは油断なくマリー達三人に向けられている。


 その隙のない立ち姿に、マリーの警戒はさらに高まり、そっと腰のポーチに入っている式筆しきひつ術札じゅつふだに手を伸ばす。


 しかし、

「やめときたまえ、お嬢さん。確かにあの術師の付与を見破ったことは称賛に値するが、だからと言って私に勝てる保証はないよ? 例えそれが、あの【灰被はいかぶり】と一緒だったとしても」

 仮面の男はマリーの行動に一瞥いちべつもせずそう言い放つ。


「ふん。やってみなくちゃ分からないわよ」


 マリーはそう言い返すが、実際のところは仮面の男の言う通りである。


 獲物から察するに相手は近接戦特化のスピードタイプ。一方マリーは中距離を得意とする術師である。術式を完成させる前に近づかれれば一巻の終わり。


 さらにある程度は知られ、【灰被はいかぶり】という二つ名を持っているらしいレンという青年も、実際のところはどの程度の戦闘力を有しているのかマリーは把握していない。これは共闘するにしても、個々に戦うにしても大きなハンデとなる。


 しかし相手の実力が分からないのは仮面の男も同じらしく、三人と一人は指先一つ動かさずに、互いに対峙たいじしたまま視線だけを動かす。


――静戦せいせん


 師匠であるエリヤの言葉が頭をよぎる。


 相手の実力が未知数、または拮抗した際、それは起きる。相手の呼吸や些細な動き、周りの環境などから互いに相手の行動を予測し、自分に有利な先手を勝ち取るために行われる剣を交えない思考の戦い。


 カインとルク相手に幾度となく行ってきた静戦せいせんも、相手が未知の実力者ともなればその疲労は比べようもない。


 一分か、五分か、それほど長くもない時間にらみ合い、そして緊張がピークに達したそのとき、突如それは空から降ってきた。


「ああああああああああああーーー、誰か受け止めてぇぇぇぇぇ」


 ドンッ!!


 その空から落ちてきたものは着地に失敗したのか大きな地響きをマリー達のいる丁字路にもたらし、その爆音とともに大量の土煙が舞う。


 間抜けな絶叫とともに落ちてきたそれはちょうど四人の間に着弾したため、一気に場の緊張が弛緩する。それはマリーも例外ではなかったが、それは土煙の中から彼が現れるまでだった。


「いててて。こんなにいるなら、誰か受け止めてくれてもいいじゃないか」


 後頭部を痛そうにさすり、そんなことを恨めしそうに言いながら土煙から出てきたのは、マリーとレグロがよく知っている人物だった。


「「ルク!!」

「あれ? マリーとレグロじゃないか。どうして……、って、おわ!」


 ルクはマリーとレグロの抱きつきという名の突進に耐えられず、そのまま倒れてまたも後頭部を強打する。


「もうー、どこに行ってたのよ!? あんたがちゃんと私を見てなかったから、迷子になっちゃったじゃない!」


 他力本願にもほどがあるだろ! と突っ込みたいルクではあったが、マリーが体を押し付けてくるためそれどころではない。特に胸が大変なことになっている。押し付けるたびにその豊かなものがムニュムニュと変幻自在に形を変えるのだ。しかし直接言う訳にもいかず、ルクは話題を変えることにした。


「と、ところで、二人はここで何してたんだ?」


 ルクのその問いでやっと今の状況を思い出したのか、マリーは「あっ!」と叫んで飛び起きる。


「そうよ! あそこにいるナイフ使いが……って、あれ?」


 マリーが指さした丁字路にはすでに誰もいなく、バサルの露店だけがポツンとあるだけだった。


「あそこに誰かいたのか?」

「さっきまであそこに凄く強そうな仮面のナイフ使いがいたのよ。どこにいったの?」

「あいつならきょうがそがれたとか言って、バサルと一緒に退散したよ?」


 辺りをキョロキョロと見回すマリーに、近づいてきたレンがそう教えてくれる。


 ルクが絶叫しながら空から降ってきたためか、それともマリーがルクに抱きつくのを見たためか、仮面の男は大きく嘆息すると、ナイフを腰の裏にあるホルダーにしまってバサルと共に裏路地に消えてしまった。


「さてどうするかな……」

「このままってわけにもいかないだろうしね」


 レンとマリーとレグロの三人はそれぞれ腕を組み考える。


そしてそれ故に、


「ねぇ、そこの人はだれ?」


 ルクの質問は無視され、しばらくの間ルクは蚊帳の外に居続けることとなった。




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