始まりの始まり
大体1000字くらいです。
草木も眠る深夜。
真っ暗な森を二つの満月が照らし出す。
驚くほど静かなその森を、二人の幼い少年少女が鼻歌交じりに歩いていた。
少女は幼くも美しく、腰まで伸ばした髪は絹のように白く柔らかい。一方、少年はボサボサの黒髪に年相応の容姿をしており、その見た目だけでも二人の間には雲泥の差があった。
しかし少女の方はそんな見た目など気にすることもなく、同い年くらいの少年と深夜の森を歩く。
「とってもきれいね」
「ほんとうだね」
少女は嬉しそうに呟き、着ているワンピースをふわりとはためかせながらクルクル回る。森に漂う光の粒子と楽しそうに両手を広げて回る少女の光景は、まるで星々と踊る妖精のようだった。
「ねぇ、知ってる? 月にはとってもきれいな女神さまが住んでるんですって」
「そうなの?」
「ええ。だから、ここの植物さんはこんなにきれいなのよ。女神さまが住んでいる月の光をいっぱい浴びているから」
少年は森の草木を見て納得する。昼間は騒々しいほど色とりどりの森も、今に至っては静まり返り、見渡す限りの銀世界である。草木はその葉や幹に月の光を反射させ、淡い光を放つ。先ほどは少女に見とれていて気づかなかったが、その光景は幼い少年でも息を呑むほど美しかった。
「ここにいたら、私もきれいになれるかしら…」
少女は月を見上げながら小さくそう呟く。背を向けているせいで少年からは少女の表情は窺えない。それでも、なぜか少年には彼女が悲しんでいるのだと分かった。
ここで何かを言わなければ…。そうでなければ、彼女とは二度と会えなくなってしまう。
確信にも似たそれは、
「な、なれるよ!」
少年に、自分でも驚くほどの大きな声を出させていた。
しかし。
伝えなければならない。
もしかしたら怖がられてしまうかもしれない。
それでも、ここで自分が大きな声で彼女に伝えなければ、きっと自分は一生後悔する。
これも根拠のない、それでいて確固たる確信だった。
「き、君はきっときれいになるよ。ここの光る植物よりも、ずっときれいになる。だから……」
『またここにくればいい。』
少年はその最後の一言を言えなかった。振り向き、少女が向けたその笑顔。その全てを見透かしているかのような、それでいて心底嬉しそうな、その笑顔に、少年は先ほどとは違う意味で息を呑んだ。
そして、近いうちにまた会えると、今日三度目の根拠のない確信を得るのだった。