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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺とあいつ

作者: みなとや

「どういうこと?」


彼女は、俺の言葉が信じられないようだった。今の今まで、何の予兆も感じていなかっただろうから、無理もない。


「言葉通りの意味だよ。お前とはもう、終わりにしたい」


俺は、もう一度、はっきり彼女に別れを告げた。彼女の瞳が、驚きで見開かれる。


彼女がそんな風に動揺したのは初めてのことのような気がして、心が痛んだ。


大切な女だと思っていた。結婚しようと思っていたこともある。


だけど、今は違うと気が付いた。


彼女はとても奔放な女で、決して、俺の腕の中に大人しく収まっていてはくれなかった。だから、俺は彼女に執着し、追いかけ続けたのだと思う。


それだけだ。それは決して、愛じゃなかった。



本当の愛は、いつも俺のすぐ側にあったんだ。『あいつ』は、こんなどうしようもない俺をいつも支えてくれていた。


彼女には悪いけれど、俺は気が付いてしまった。そして、腹を括った。


例えそれが、世間的には間違った道なのだとしても、俺にとって一番大切なのはあいつだ。俺が何よりも失いたくないと思っていたものは、彼女ではなくあいつだった。


俺はあいつと歩んでいくと決めた。


だから、もう、彼女とは付き合えない。



「ごめん」

「……許さないわ」


俺が謝ると、消え入りそうな声で、彼女が言った。小さな小さなその声を俺は聞き漏らしてしまう。


いや、本当は聞こえていたのかもしれない。けれど、俺はその言葉を認識出来なかった。


彼女の反応は、俺の想像とは、全く違っていたから、俺はすぐに理解することが出来なかったのだ。


「別れるなんて許さない!」


彼女が声を荒げたことに、俺は驚いた。


彼女は、プライドの高い女だ。俺が別れを告げたとしても、泣いてすがるようなみっともない真似はしないだろうと思っていた。


例え、腸が煮えくり返っていたとしても、何でもないふりをして、クールに別れを受け入れる。彼女は、そういうタイプの女だ。


俺は、彼女のそういう強くて格好いいところも好きだったが、愛されている実感が持てなくて、寂しく思ったこともある。


突然、別れを切り出した俺に、怒りを露にする彼女。少し前なら、そんな彼女の姿を嬉しく思ったのかもしれない。だけど、今は、プライドを捨てて気持ちをさらけ出してくれた彼女に、応えてあげることが出来ない。それが、少しだけ悲しい。


「ごめん」

「そんな言葉で納得すると思わないで」

「お前の気が済むならどんなことでもするよ。だけど、関係を続けることだけは出来ない。ごめん」


彼女が眉を吊り上げて、腕を振り上げる。俺は覚悟していたので、その手を静かに見つめていた。


驚きも焦りもしない。

俺のそんな態度が気に入らなかったのか、彼女は悔しそうに唇を噛み、震える手を下に下ろした。


「そう。そこまで言うなら協力して」

「協力?」

「今度のプロジェクトで私がリーダーになる為の協力。あなたなら簡単でしょ?」


彼女の要求に俺は顔をしかめた。


仕事は、俺が最も大切にしているものの一つだ。その場に、私情を持ち込むことを本来俺は好まない。


それがわかっているから、彼女はこんな要求をしたのだろう。


俺は絶対にイエスとは言わない。そう思うから、敢えて言っているのだと思う。俺を引き留める為に。



誇り高い彼女にこんなことまでさせてしまうなんて、俺は今、どれ程彼女を傷付けてしまっているんだろう。


申し訳ないと思う気持ちはある。それでも、彼女の思いには答えられない。


「わかった。俺の持てる全ての力で、お前に協力しよう」


俺の答えを聞いて、彼女は大きく目を見開いた。まさか俺からそんな答えが帰って来るとは思っていなかったのだろう。


「それは出来ないから別れ話はなかったことにしよう」とはいかなくても、もう少し俺を困らせることが出来ると思っていたはずだ。


それなのに、簡単に条件を飲まれてしまって、怒りのやり場に困っているのか、彼女は俯いて震えている。


「約束よ。破ったら、許さないから」


顔を上げた彼女の目は、もう恋人を見る目ではなかった。


最後に、俺に念を押して、彼女は、話し合いの為に入った喫茶店を出ていった。


彼女の後ろ姿を見送って、俺は溜め息を吐いた。


こんな最後になるなんて…。


彼女との幸せだった日々を思い出して、少しだけ切なくなる。


その時、


「先輩…」


俺は、俺を呼ぶ声を聞いて振り返った。


あいつが、眉尻を下げた情けない顔で立っていた。


「お前…、来てたのか」

「ごめんなさい」

「どうして謝るんだよ」

「だって…」


彼は男だから、涙を流して不安を表したりはしない。しかし、その顔は、いつも以上に頼りなく、情けなく見える。


「先輩、本当に良かったの?俺のせいで仕事…大変になるんじゃ」


どうやら、余計な話を聞いてしまったらしい。こいつは、俺が仕事にかける思いを知っているから、自分のせいで俺のプライドが酷く傷付いたとでも思っているのかもしれない。


「いいんだよ。俺がしてやれることは、もう、これくらいしかないから…」

「先輩…」


優しい奴だ。悪いのは俺で、こいつじゃないのに。まるで、自分が酷く悪いことをしたみたいに、悲しい顔をする。


本当に、馬鹿で、愛しい。


俺は、漸く気付くことが出来た彼の大切さを噛み締めながら、彼に、微笑みを向けた。


「そんなことより、俺の部屋に行こう」

「え?」


突然の俺の誘いに、彼はとても驚いた様子だった。その表情に悪戯心を刺激されて、俺は彼の耳元で囁く。


「しっかり片を付けたんだ。もういいだろ?大人しく、俺のものになれ」


可愛い形の耳朶が、面白いくらい真っ赤に染まった。





「せ、先輩…、ちょっ、ちょっと待って」


ベッドまで大人しくついてきておいて、奴は俺のキスを拒んだ。


「何だよ。嫌なの?」

「そ、そうじゃなくて…」


女の扱いには長けていると思っていたのに、男同士だと勝手が違うのか。それとも、自分が受け身の立場になることに慣れていないのか。顔を赤くして動揺している。


潤んだ瞳で俺を見上げ、不安そうに尋ねてくる。


「先輩は、本当に俺でいいの?」

「何だよ、今更」

「だって…、男同士だし…。先輩、あんなに綺麗な彼女がいたのに…」


やはり、先程見たものを気にしているのだろうか。それとも、俺が彼女に入れ込んでいたことを知っているから、未だに信用出来ないのか。


「なぁ、どうしてわからないんだ?」


俺は、彼の頬を両手で包み込み、視線を自分に向けさせて言った。


「大切なものをかけてもいいと思えるくらい、俺は、お前が欲しいんだよ」

「先輩…」

「お前も同じ気持ちだと思ってたのに…違うの?」

「俺…」


彼の瞳が揺れる。随分と待たせてしまったから、すぐに答えを貰おうとする方が間違っていたのかもしれない。


「わかった。じゃあ、いいよ」

「……っ!」


俺は、彼から一度離れ、彼の隣に仰向けに寝転がった。


「俺からは何もしない」


そう言って、ゆっくりと目を閉じる。


「お前の好きなタイミングで、お前の好きなようにして」

「ええっ!」


目を瞑っていても、奴の困った顔が見えるようだ。俺は、クスッと笑って、彼が動くのを待った。


やがて、彼の身体が自分の上に覆い被さって来たのを感じ、彼の顔が、ゆっくりと近付いて来て、唇にそっと柔らかいものが触れた。


「それだけでいいの?そんなんじゃ、全然足りないだろ」


俺は目を瞑ったまま、彼に言った。その言葉に促されるように、彼が俺の身体を抱き締める。


「先輩!」


女の腕とは違う、力強い腕。その腕の中の心地好さを感じながら、俺は、広い背中に腕を回した。


「おい、苦しいだろ」

「先輩…好きです。好き…」


何度も何度も、彼が繰り返す。俺は、その言葉を噛み締めながら、彼の身体を強く抱き締めた。


「俺も。待たせてごめんな」

「先輩…」


彼の唇が、再び近付いてくる。


長い間待たせたけど、もう絶対に離さない。


そう心に誓いながら、俺は、彼からの深い口付けを受け入れた。


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