8、美しき転校生
次の日の朝、私はいつもの、裕太と夢と待ち合わせしている場所に向かった。
「おはよう。朱雀」
「よお、朱雀」
「おはよ。夢、裕太」
二人はすでに来ていたみたいで、三人で肩を並べて歩いた。
「ねえ、今日、帰りに久しぶりに遊ばない?」
「ああ。いいな。俺は空いてるけど」
私はぎゅっと手を握った。
「わ、私も大丈夫だよ!じゃあさ、アイス買って、公園で食べようよ」
「あっ、それいいね!そうしよ!」
夢がすぐさま乗ってくる。
その時に打ち明けなきゃいけないんだよね……。どきどきと心臓が鐘のように鳴る。
私が、神、だってこと信じてくれるかな。私が、人間でないこと、信じてくれるかな。 この力を世の中のためになるように使えばいいのにな……。
その時だった。頭になにか、嫌なものが入ってきた感じがして私は思わず頭をおさえてしゃがみこんだ。ズキズキと、鐘がなるように頭に響く。
「あれ?朱雀?えっ、大丈夫!?頭いたいの!?」
「あ……ううん。大丈夫」
笑って立ち上がろうとしたが足に力が入らなかった。顔をあげると、視界にはいる風景や、心配した顔の二人が歪んで見えた。
「お前、大丈夫じゃないだろ。ほら、俺の背中にのれ」
裕太がしゃがんで私に背を向けた。
「いや……大丈夫」
「いいから乗れ!」
夢のほうをみると、夢は大きく頷いた。
「ごめん……ありがと……」
私は裕太の背中にまたがった。
よいしょ、と裕太が立ち上がって、体が軽くなる。
「ありがと……」
頭がさらに痛くなって、私は目を閉じた。
次に気づいたのは、白いシーツの上だった。上から白い布団がかけてある。
保健室か……。
ゆっくりと体を起こす。頭の痛みはまるでなにもなかったかのように引いて、ただ、強い疲労感を感じた。
「あ、武井さん、起きた?」
養護の先生が声をかけてくれる。
「あの、ありがとうございました。もう大分、よくなりました」
「あら、それはよかったわ。あと、お礼は菅野君に言って。ここまで運んでくれたの彼だから」
そっか。裕太に感謝しなきゃね。
「今って、何時間目ですか?」
「七時間目よ」
嘘!そんなにねていたの?!
「すみません。長居しちゃって……!」
「いいのよ。ふふふ、あなた、まるでなにかに取りつかれたように眠っていたのよ」
なにかに取りつかれた……。
その言葉がなんとなく引っかかる。
「じゃあ、終礼には出て来なさい」
「はい……、ありがとうございました」
私は荷物を受け取って、教室に向かった。
そのとき、何故か、私は寒気がした。そして、教室に向かうにつれて、なんとなく嫌な気持ちになった。心がギュッと捕まれるような……。
まだ、体調が悪いのが残ってるのかな……。
しかし、教室のドアの前に立ったとき、その気持ちは確実になった。
呼吸が苦しくなるぐらい嫌な気持ちが広がって背中に冷や汗をかく。
私は息を飲むと教室の中に入った。
「あ、おはよー、てか、大丈夫?」
「武井さん、大丈夫だった?」
クラスメイトが口々に声をかけてくれる。
「あ……、うん。ありがと。もう、大丈夫」
私は努めて笑顔で答えた。けど……、嫌な気持ちは変わらない。
「朱雀!大丈夫?」
夢がすぐさま駆けつけてくれた。
「あ、うん。ありがと……。それより……」
私は声を潜めた。
「なにか、あった……?」
クラスがいつになく、ざわついている。
「あっ、そうそう」
夢は得意気に笑うと、私の手をつかんで、賑やかなたくさんの人に囲まれている机に引っ張っていった。人の壁が左右に割れて、そこに座っている女子と自然と向かい合った。
その瞬間だった。私はその女子と向かい合ったとたん、吐き気に襲われて、心臓がドクドクと早鐘をうった。
嫌な気持ちの元凶はこの女子だ……!
原因は分からない。けど、この子が元凶だとすぐに確信した。苦しくて、私は涙目になった。
その女子は薄い茶色の髪をしたボブで、強気な目元、小さな鼻、果実のような唇。絶世の美少女だった。
「こちらが、転校生の霜月 優音さんだよ」
夢が紹介する声が遠くで聞こえた。
「よろしくね」 美しい声で霜月優音は言って、私の手を握った。ヒンヤリとした手に私はぞくりとした。
「朱雀、ちゃん♪」
霜月優音はにこりと妖艶に微笑んだ。
私は水のなかに沈められたかのように、呼吸が出来なくなった。
「それじゃ、公園に行こっか」
近くのスーパーでアイスを買った私たち三人は近くの公園に向かった。
もう少ししたら、打ち明けなきゃいけないんだ……。
そう思うと、心臓がドキドキとなった。
打ち明けなければいいのかな……。
私は頭に浮かんだそんな考えをふりはらった。
キジムナーと約束したもの。絶対に言うんだから。
私たちは公園に入ると、ベンチに座った。「いやー、転校生、美人だったね」
「あ、うん。羨ましいぐらいにね」
口ではそう言いながらも、私は彼女のことが苦手に思えた。
何故か、嫌な感じ、がするのだ。
「あの、やっぱり、裕太君はああいうのがタイプ?」
夢が心配そうに聞いた。そりゃあ、心配だよね……。
裕太はフッと笑った。
「中身がまだわかんねえからなんとも言えないけど、俺はもっと活発そうな女がいい」
途端に夢の瞳が輝く。
「そっか!そうなんだっ」
ふふっ、夢、分かりやすすぎ。
そのあとは、三人とも無言で空を眺めていた。
言うなら、今、だよね……。
私はぎゅっと拳を握った。
「ね、ねえ。二人はさ、神様って信じる?」「は?いきなりなんだよ」
裕太がバカにしたように笑った。
「いいからっ」
「……私は、信じてるよ」
夢がポツリと言った。
「俺はいないと思う」
キッパリと裕太が言った。
「いたら、こんな世の中になってねえよ」
「まあそうだけど、なんとなく、縁結びの神様はいる気がする。あ、いてほしい、かな」
夢が照れたように笑った。
「あのね、これから話すことは、嘘だと思ってもらってもいい。ただ、そうなんだって、聞いててもらえる?」
いつになく真剣な私に、裕太も夢も真剣な表情になった。
「この前なんだけど、私、家に帰ってカップラーメンを食べたんだ。そしたらいつのまにか、気を失っていて、気づいたときには、何て言えばいいのかな、まったく知らない世界にきていたの。近くを歩いていた狐さんに訊いてみたら、ここは妖怪の世界だって言われて……。それで、私も名前を訊かれたから、武井朱雀だっていったの。そしたら、その狐さん、急に襲いかかってきて……。そこを助けてくれたのが、セイとハクトっていう方たちで、私はセイとハクトにお世話になったんだ。それで、三人で街を歩いていたら、急にセイに元の世界に帰れって言われて……。帰ろうとした瞬間、セイとハクトが鬼に教われたのが見えて、私は自分の部屋にある、弓と矢をもってとんぼ返りしたの。それで、矢で鬼を射るときに、殺したくないから、矢がロープになって鬼たちを捕まえてほしい。って願ったら、本当に叶っちゃったんだ。それで、私はなにものかって聞いたら……」
「ま、待て。なにいってるんだ朱雀。夢の話か?」
裕太が眉をしかめた。
夢も聞きながら、面白そうに笑っている。
「……いや、ホントなんだけど……。それでまず、セイとハクトは、あの、前に裕太が教えてくれた、四神の青竜と白虎だって言われて……。それで、私もその……」
私は顔を俯けた。握り締めた拳が膝の上で小刻みに震えていた。
私は意を決めて顔を上げた。
「私も、神様なの!!」
「「………………」」
静けさが夕暮れの公園の空気に張り付く。
「……朱雀、どうした?」
「えっ……と……。劇の練習、か、な?」
裕太と夢は困惑した表情を浮かべた。
「っ!!本当だって!!」
私は思わず声を荒げた。すぐに信じてくれないのは分かっていた。でも、信じてくれないことに思わず怒りを感じてしまった。
「本当にそうなの!ねえお願い、信じて!!本当に、本当なの!!」
「お前、いい加減にしろよ」
裕太が呆れた表情を浮かべた。
「人を馬鹿にするのも大概にしろ」
「ちょ……、裕太君、言い過ぎだよ。まず、朱雀の事情を聞いてみよう?」
「だからっ」
私は立ち上がって、左腕の制服の袖をまくり上げた。
「これみて!!この印、赤い鳳凰の印!これが神様の印なの!だから私は朱雀っていうんだよ!!」
「え、なにこれ……。皮膚の下に刻まれているよ」
「いつの間にか?」
裕太と夢が、目を見開く。
「それに!!」
私は目を瞑った。神だと信じてもらうには、これが一番手っ取り早いと思った。
ーーー私の体が宙に浮きますように。
願うと、どこからか風がふいてきて、ゆっくり私の体を持ち上げた。
「わっ」
目を開けると、足が地面から1メートルほど浮かんでいた。
そして……………。
二人の驚いた顔が見えた。
私は地面におりた。
やっぱり、怖がられるよね……。
「朱雀……、朱雀なんだよね」
夢が、信じられない、とでも言いたげな表情をした。
「うん。………ごめんね。私も昨日知ったことで……。本当は神だなんて、知りたくなかったの。けど、知ってしまって……。私、私……」
私は俯いた。涙が溢れてきて、地面にポタポタと落ちた。
「引いたよね。怖い、と思ったよね。ごめんね……。二人は、大事な友達だから知っていてほしくて……」
やっぱり、怖がられちゃったよ、キジムナー。
そう思ったとき、ふわりと誰かが私を抱き締めてくれた。
「ごめん、朱雀。すぐに信じてあげられなくて。私は怖くないよ。朱雀は朱雀だもの。ごめんね、さっきはちょっと、驚いちゃったの。
けどね、朱雀が神でも人でも、私は朱雀と友達にならずにはいられなかったよ」
夢………。再び、涙がこぼれた。嬉しい涙、だった。
「わりい、ひどいこと言った。けど、怖いわけねえだろ。バカ朱雀。何年お前の幼馴染みやってると思うんだ」
ぽんぽんと、裕太が私の頭を撫でる。
「ありがと……。二人とも。私、二人が離れていくと思ってて……」
「そんな訳ないでしょ?私たちはずっとそばにいるよ。そうでしょ?裕太君」
「ああ、もちろん」
私は二人にしがみついた。
「ありがと……」
私が泣きながら言うと、二人は照れたように笑った。
《???》
「それで、あやつはうまくやってるのか」
御主人様が傍らにいた鯰のような生き物に話しかけた。
「はい。うまくやっているようで。御主人様」
「しかし、あやつのことだから、派手な外見でもしておるのだろう」
御主人様は、ふっと笑った。
「……しかし、このまま、計画を進めてしまってよろしいのでしょうか。御主人様」
「どういう意味だ」
「その……、麒麟様が知ったら、どうなるものかと……」
「麒麟!」
御主人様は強く拳を握った。
「元はといえば、あやつのせいなのだっ。あやつがいなければ、あやつがいなければ……っ」
握った拳がブルブルと震えた。
「余は悪くないっ!すべて、あいつのせいだっ!」
「ええ、そうです。御主人様が正しいのです」
鯰のような生き物は震えて、頭を下げた。
「……計画は引き続き実行しろ」
「了解いたしました。しかし、例の奴は相当勘がいいようで。あやつと向き合った時、ブルブルと青くなって震えていました。御主人様」
「ふっ。勘がいいだけではなにもできない。それから、例の奴の頭に鬼をいれることもできたんだろうな」
「ええ。簡単に。御主人様」
「計画に狂いはないようだな」
御主人様はニヤリと笑った。
「全ては余のものになる」
世にも不気味な声で御主人様は高笑いをした。