6、私の秘密
結局、昨晩は一睡もできなかった。目を瞑ると、脳裏に死んだ鬼が浮かんで、必死で頭から映像を消して……。そんなことを繰り返しているうちに目がさえて、何だかんだしているうちに朝になってしまったのだった。
「ふあぁー……」
大きくあくびをする。
『私は……、何者なの?』
昨日私がいった言葉を思い出す。
いやいや、何者って……。普通の人間だから。
けど、あの反応……。
私は、やっぱり……。
『ピピー、ピピー』
鳴り響く電子音。私は
「嘘っ!?」
と悲鳴をあげて飛び上がった。
「遅刻するー!」
時刻は八時。私は鞄を引っ付かんで家を飛び出した。
「……く、朱雀ー。朱雀!!」
お昼休み。ぼやりと考え事をしていると、耳元で夢が私を呼んでいるのに気がついた。
「あ、ごめん。どうしたの?」
「お昼だから呼びに来たんだけど……」
「そ、そうかっ。ごめん」
「ううん。でも……」
心配そうに夢が私の顔を覗いた。
「何かあった?」
へ?
「いや、今日ずっとボーッとしてるし、目にくまできてるし」
あやかしの世界に行ってました。なんて、言えないしなあ……。
「まあ、お昼ご飯食べながら聞くから。……あ、裕太君。こっちだよ」
げえー。裕太も一緒にご飯食べるの?
こちらに向かってくる裕太を見つけて、私は顔をしかめた。
「嫌な顔すんじゃねーよ」
あら、バレちゃった。
「しかし、二人ともよく私たちの気持ちが分かるね。エスパー?」
「「朱雀が顔に出しすぎなんだよっ」」
なんだよ、二人揃って。なかいいなあ。
夢も重なったことに照れて、ぽっと頬を染めた。可愛いやつ。
「それで?朱雀はなに悩んでたんだ?」
えー……。なんていえばいいのか。
「もしかして、恋の悩み?」
「ぶーーっ!!」
夢の囁きに、何故か、裕太が吹き出す。
「へ、へ!?恋の悩みの分けないでしょ!?それより、なんで裕太が吹き出してんの!?」
「いやっ、これはっ」
裕太はしどろもどろになりながら、言葉を続けた。
「えー、あれだ。あ、そうだ!お前が、朱雀が、ま、まともな恋出来るわけねぇだろ!みたいな?」
「はあっ!?出来るもん!!」
失礼にも程がある。私は肩を怒らせた。
「あ、ごめんごめん!私が悪かった。……まあ、それで、結局朱雀は何で悩んでたの?」
「あっ、あのさっ。もしも、本当にもしもなんだけどさ、自分達のいる世界で、殺しあいとか斬りあいが日常茶飯事だったら……、どうする?」
「は?」「へ?」
裕太と夢がすっとんきょうな声を出す。
「あ、だから、もしも、だよ?もしも、ね」
二人はうーん。と、眉にシワを寄せて考えてから、口を開いた。
「……やんなきゃ殺されるんだろ?そしたら戦うしかないよな」
裕太がハクトと同じようなことを言う。
「私だったら……、そんな世界から抜け出そうと頑張るかな」
へ?
「けど、一番はそんな世界を変えることだよね。でも、どうしても無理なら、一人で隠れているかもしれない」
世界を抜け出す。世界を変える。もしくは、隠れる。
「……そっか。ありがと、二人とも」
「お前、何かあったのか?」
なんかっていわれても……。
「あ、ううん。ゲーム。あの、昨日やってたゲームを見てて、そんなこと思ちゃって!!」
とっさに言い訳を言った。
「そっか」
夢がそういってお弁当を包んだ。
私はどうしてあの世界に言ったのだろう。
私はどうしてあの世界に行けたのだろう。
私はあの世界ではどんな存在なのだろう。
沢山の疑問がみるみる私の頭を埋めていった。
その日の部活が終わって、私は、とぼとぼと帰り道を歩いていた。
そもそも、あやかしの世界では、なんで、戦わなければいけないのだろう。戦わなければ、生きていけないのかな。
でも私は戦うのが嫌いだな。
そしたらいっそ……。
………もう、あの世界に行かなければいいのかな。
そんな考えが浮かんで、私は足を止めた。
って、なに考えてるんだろう。私は、私がどうして狙われるのか聞かなきゃいけないんだから。私が……、あっちの世界ではどういう存在なのか、確かめなきゃいけないんだから。
家に帰ると、私は素早く着物を着た。小絵己さんが分かりやすく教えてくれたため、着方は頭に入っていた。最後に、セイからもらったかんざしを髪にさした。変わらぬ綺麗な音が耳元でなる。
「……よし」
私は、目を閉じた。
「あやかしの世界のセイとハクトのもとへ!」
力強い風が吹いて、私の体をあやかしの世界へと運んだ。
……っと。
3回目ともなると、この移動方法も慣れてくる。 私が立っていたのは、とある襖の前だった。たぶん、ここはセイとハクトの屋敷だよね。ってことは、この襖の先に二人がいるってことか。
って、どうすればいいかな……。
「はあ〜、疲れた」
「疲れるほど働いていないだろ、おぬし」
「働いたし!」
中からそんな声が聞こえる。
「えっと……。セイ?ハクト?」
襖の向こう側に声をかけてみる。
「朱雀か?」
「うん」
「朱雀ちゃん!中に入って!」
ハクトの明るい声に、
「はーい」
と返事すると、私は中に入った。
「おはよう。朱雀ちゃん」
「お、おはよう……」
そっか、こっちはまだ午前中か。
「なんか……仕事、邪魔しちゃって、ごめんね」「構わない。今、ちょうどきりが良かったんだ」ならよかった。
「……それで、朱雀は自分が何者なのか聞きに来たんだよな」
「う、うん……」
ドキドキと心臓が音をたてる。
セイは畳に胡座をして、大きく息を吐いた。
セイはすうっと息を吸った。
「この世界には人間はいない」
へえー。………………………え?人は、いない? 「また、人間は単独では、つまりこちら側の者が同伴しなければこちらに来ることはできない」
……………………………………ん?ということは……。私は、人じゃないと言ってるの!?私はごく普通の人間だよ?
「セイ、なっ、なにいってるのっ!?わ、私は、にんげっ…………」
「最後まで聞け」
セイが真剣な眼差しで私をみた。
「は、い」
私は小さく言った。
「まず、我々は。俺とハクトは」 私はグッと顎をひいた。よし、覚悟はした。セイとハクトがどんな化け物でも私は受け止められる。
「………神だ」
は?神?う、嘘。そんな凄い方たちと話をしてるの!?
あ、でも。セイの青い髪や金色の目。ハクトの白い髪。それから、人間離れしている、スタイルと顔つき。確かに、納得いく。
「朱雀は、四神、って知ってるか?」
「あ……」
えっと、前に裕太から聞いたやつだよね。
「四神っていう、呼び名だけなら」
はあ〜っと、セイはため息をついた。
「青竜、玄武、朱雀、白虎。それから麒麟だ」
ああ。そうだったね。
「それで、その青竜が俺、セイで、白虎がハクトなんだ」
「は、はあっ!?」
凄い神様じゃん!私、こんなところで話してていいの?
「朱雀、俺らが四神だってことは………どういう意味か分かるか?」
「わ、私のような、庶民をお世話していただき、ありがとうございました。」
私はガバリと体を伏せた。
「そうじゃなくてっ!!」セイがイメージが覆されるように叫び、私は顔をあげた。セイはなんとも悲痛な顔をしていた。
「そういうことをしてほしいと言ってるわけではなくて!」
「セイ………」
ハクトが心配そうに声をかけた。
以前に……なにか、あったのかな?
「……悪い。取り乱してしまった」
「いや、あの。私も、ご、ごめんなさい」
私は小さく言った。
罪悪感が心に広がる。
「話を戻そう。俺たちが四神ということは」
セイは、まっすぐ私の瞳をみた。
「朱雀という名を持つ、おぬしも、神、ということだ」
…………………………………………………………………………………。 「そっ、そんなわけないでしょっ!?」
動揺して、私は口をパクパクさせた。
「だっ、だって。私はいたって普通の高校生だよ!?な、なのに、な、なんで!冗談でしょ!?そ、そんなわけ……」
「そんなわけあるんだ、朱雀。おぬしは、神なんだ」
「ははは。なにいってるの?冗談がうまいね」
「朱雀」
「ほんっとに、おもしろい。はははっ」
「朱雀!」
急にセイは叫んだ。
「な、なに」
「いいか。よく聞け」
セイは私の手首をつかんだ。
「ここに、お前が神だという印がついている」
指をさされたところをみると、うっすらと、肌の下に、赤い鳥が刻み込まれていた。
「ひぃっ!」
私は素早くセイから離れた。
「朱雀、お前は神なんだ。認めろ」
み、認めろって……。
「そんなの、無理にきまってるじゃん!!」
「朱雀!疑問に思わなかったのか?自分が『朱雀』と言う名を持つことを!!それにこの前だってそうだっただろ!?」
セイはゆっくりと私に近づいた。
「……こないでっ!」
私はギュッと目をつぶった。心のなかには、ただ、恐怖と動揺でいっぱいだった。セイが突然、嘘つきの怪物になったように思えた。
「朱雀、あのな」
「やめて、こないでっ!」
私は頭を振った。恐い。恐い!
「おい。落ち着け!!」
セイの手が、私に近づいてくる気配がした。恐怖に駆られて、私は叫んだ。
「…………来ないで!!!!」
私はセイの手を払うために手を振り上げた。
それと同時に不本意な音、バチバチという音がした。
「っ……!」
小さく息を飲む音に顔を上げると、セイが頭から血を流していた。もしかして、私……。怪我をさせちゃった……っ!?
「……………っ!」
私は、廊下に飛び出した。
「朱雀ちゃん!」
ハクトとセイが追いかけてくる。
「っ!!お、おい……!」
「まって!!」
背後から、二人が慌てて飛び出てくる音が聞こえる。
「元の世界の自分の自宅へ!!」
耳元で風が唸ったとき、私は足を止めて、振り返った。
二人は呆然としていた。私は自然に微笑んだ。
私が神だ、と言うことは事実なのだと薄々痛感している。
けど。
私はやっぱり。
「ごめん………、私は人間でいたいから」
目の前に靄がかかって、私は目を閉じた。