5、襲撃
「セイーっ!!ハクトーーっ!!」
私はギュッと目をつぶって喉が切り裂けるほど叫んだ。しかし、いつまでも返事が帰ってこなかとた。大きく息を吸って、叫ぶ準備をすると、微かに空気が違うのを感じた。私はそっと目を開けた。
「………帰ってきたんだ」
私は自分の部屋の中央に立っていた。静けさが体にまとわりついて、もう、日が大きく傾いていた。時刻は6時半。もうすぐ、家族が、帰って来るだろう。
ポツンと立ってると、なんか、あっちの世界に行ったことが嘘みたいに思えた。セイとハクトとの出会ったことも、小絵巳さんが着物を選んでくれたことも、お茶屋でお団子を食べたことも、セイがかんざしをプレゼントしてくれたことも、まるで、なかったかのように思えた。いや、実際に現実ではなく、夢をみていただけなのかも知れない。
その時だった。開けっぱなしの窓から風が吹いて、私の髪を吹き上げた。そして、耳元で『シャラン』という綺麗な音がした。
「……っ。そうだよ、あれは夢なんかじゃない。私は本当にあやかしの世界に行ったんだ」
セイがくれたかんざし。 小絵己さんが仕立ててくれた着物。
それらが、私があやかしの世界に行ったことを物語っていた。
私は、気を引き締めた。 なにか、私に出来ることはないだろうか。私が周りを見渡すと、ふと、弓道部で使っている弓と矢が目についた。
これなら戦える!
私は素早く弓と矢を掴んで叫んだ。
「あやかしの世界のセイとハクトのところへ!!」 耳元で、ゴオッと風が唸った。
私がいたのは、あやかしの世界のどこかのお店の屋根の上だった。たぶん、電拓通りだろう。
下をみると、数名の男たちが、白っぽい着物を着た男と、藍色の着物を着た男を襲っていた。
後方はセイとハクトだ。じゃあ、前方は?よくみると、頭には頑丈そうで長い角がはえていて、がっしりとした筋肉をつけていた。
もしかして……あれって、鬼!?
一瞬、呼吸が止まる。
と、その時、一人が持っていた刀をセイに振りかざし、もう一人がハクトを背後から襲った。 セイは二刀流で応対していた。その二本の刀は風のように宙を舞い、鬼を次々と斬っていた。
ハクトはその軽いみこなしで、攻撃を避けながらも、短剣で確実に鬼たちに致命的な攻撃をしていた。
戦いは二人の実力のほうが圧倒的に強かった。しかし、数では鬼のほうが有利だった。次々倒しても、鬼はいくらでも湧くように出てきた。
私も、こうしてはいられない!!
私は矢をとると、弓を構えた。
狙いを定めたとき、ふと、嫌な気持ちが広がった。
これじゃあ、私、殺すことになっちゃう。殺すなんて……。
私は沈みかけた心を奮い立たせた。
そんなこと、言ってられない。仲間の危機なのに、私は……。
私は鬼に狙いを定めた。そして、手を離した。
矢がまっすぐ、鬼めがけて飛んでいく。
ああ……。
私は、心のなかで呟いた。
殺したくない。せめて、あの矢が、なにかに変われば。例えば……。
矢は鬼のすぐ後ろに迫っていた。
「ロープになればいいのに」
私がそう呟いたその瞬間だった。
目の前で起こった光景に目を見張った。
突然、矢が宙でしなやかにねじり、一本の太く長いロープに変わったのだ。そして、そのロープはしっかりと鬼の体に巻き付いた。
「うわっ!!」
鬼が叫び、どよめきが起こる。
こうしちゃ、いられない。
私は気持ちを入れかえた。
どうしてこんなことになったのかは後にして、今は戦いに集中しなければならない。
私は次々狙いを定めて鬼に矢を放っていった。
鬼たちはみるからに焦ってきていた。そして、ふいに見上げたセイとハクトと目が合う。
「シュウ!」
私の姿を認めた瞬間、二人は目をみるみる見開いた。
「わ、私、一人で逃げたくはないからっ!」
私はそう叫ぶと、次の鬼に狙いを定めた。
「まさか、お前は!」
その鬼が最後まで言い終わる前に、私は矢を放った。またもや、矢はロープとなり、鬼に巻き付いた。
セイとハクトも負けてはいなかった。セイはその二本の刀で次々と鬼を仕留め、ハクトは小柄な体を生かして相手の懐に潜り込んで攻撃していた。二人の動きは滑らかで、目で追うことはできなかった。
「なんだ、お前ら!化け物だ!」
忽然と残った鬼たちは言いながら後退して、最後には背を向けて逃げていった。
やった、私たちの勝ちなんだね。
「……シュウ、おりてこい」
セイが不機嫌そうに言う。私は逆らわずに、屋根を伝っておりていった。低いお家で良かった。
「なんで、来たんだ」
セイが睨むようにこっちをみた。びくりと体が跳ねる。
「ごめんなさい……、私、助けることしか、頭になくて……。それで、弓と矢があって……」
今思えば、ちゃんと考えて行動することが出来なかった。
「危ないから来ちゃいけなかったんだよ?……まあ、けど、あの技は良かったと思うよ」
へ……?
「ああ。おぬし、弓を心得ていたんだな。なかなかだったぞ」
セイも続け言った。
「あ、ありがとう」
ちょっぴり照れて、私はそっぽを向いた。すると、屋根の上では見れなかったこの戦いの有り様が見れた。
「なに、これ……」
あちこちに血が飛び散っていて、絶命した鬼たちが転がっていた。
「こんな酷かったの」
胸が辛いほど締め付けられ嗚咽が込み上げる。
「なんで、こんなに……」
「お前もっ、お前もやったんだぞ!」
そんな声が飛んで、主をみると、私が捕まえた鬼がロープでぐるぐる巻きになって倒れていた。
「私は誰一人として、殺してない!!」
「手を出したんだ!やったも同然だ!」
鬼の鋭い指摘に、私は目の前が真っ暗になった。その言葉はもっともで、不意を突かれた気がした。
「シュウ耳を貸すな」
セイが返り血を手の甲で拭いながら、鋭く言った。
「セイは、ハクトはこんなに殺して動転しないの?!」
私はセイにを詰めかけた。私はこんなにも辛くて、今にでも胸が張り裂けそうなのに、二人がこんなにも冷徹でいられるのを理解できなかった。
「なにをいっている。戦わなければ殺されるのだ。情けなんぞをもっていたら、こっちがやられてしまう」
そう……だけど!そうだけど!人として、もっと、なにか……!!
「シュウ、ごめんね。あさかしの世界について説明不足だったね。闇と光が混じりあい、戦う地。斬りあいなんて、日常茶飯事なんだ。そんな生きるか死ぬかの世界で、何で殺すのなんか、言われてもどうしようもないんだよ」
私はハクトの言葉に絶句した。あちこちで斬りあいが起こる世界……、闇の支配に溢れる世界……。ゾクゾクと寒気がする。
私は、なんでこんな世界に来てしまったんだろう……。
けど、私は心のどこかで、そうなんだとその事実を受け止めていた。
理解したくなかった。知りたくなかった。
だけど、私はこの世界になにか秘密がある。
それも、人生において重要で、危険な香りがする秘密を。
「ねえ、お願い。一つだけ教えて」
私は囁くように問いかけた。
「……私は、何者なの?」
無意識に呟いた言葉だった。
セイとハクトはそっと目配せをした。
「……今日はもう遅い。翌日、また来たら、教えよう」
セイは長い間考えてそれだけ言った。私は、首を縦に振った。
「……元の世界の自分の自宅へ」
私は呟くように言うと、風が唸って、私を包み込んだ。