4、電拓通り
外に出るとたくさんの妖怪が庭や畑の手入れなどをしていていた。ぬりかべ、猫又、あと、あれは……。
「これから行くのはあそこの雷拓通りだ」
不意に声をかけられ、私はセイが指を指した方をみた。たくさんの昔ながらの家がならんでいる活気に溢れた通りだった。私たちは足を進めた。
「……それで?どうしてシュウちゃんはここに来たの?」
ハクトが興味深そうに言った。私はシュウが自分だということに気づくまで、数秒かかった。早く、慣れなければ。
「えっと……、家でカップラーメンを食べてたら、急に意識がなくなって、気付いたら小さな丘にいて」
「丘?鬼馬ヶ丘か。あそこは、昔からふしぎなことがあるって言われてるからな」
「そうなんだ。……あ、そういえば、ここに来たときすごく賑やかだったけど、なにかやっていたの?」
私が聞くとセイとハクトは小さく噴き出した。
「いつもあのくらい賑やかなんだ」
「そうそう。あれが普通なんだよ」
あれが普通?なんか、すごい……。
「そういえば、シュウ、おぬしは妖怪をみてもたいして驚かないが、恐くないのか?」
ん?ええっと。
「私、昔から幽霊とか見えるからあんまり恐くないんだと思うよ。まあ、同じ生き物だしね。私たちだって恐がられたら、傷つくもの」
幽霊さんは、生きてないけど、まあ、ね。
「フッ」
どうしたのかと隣のセイを見上げると、セイは笑っていた。自然な優しげな笑顔で私は不覚にもドキリとした。
ずっと笑っていればいいのに。と心なしか思ってしまう。
「シュウは今までどんな幽霊をみたの?」
「えっ……と、あ、そうだ。ある日、家に帰ったら、幽霊さんが物欲しそうにカップラーメンを見つめてたの。それからこっちをジドッとみて、私も食べたい的な顔をして。ははっ、あの顔、面白かったなあ……」
「………普通にホラーな話だよね。笑える話じゃないと思うけど……」
え?そうなの?
「……そういえば、さっきから聞いてると、『カップラーメン』という食べ物があるようだか、なんだ、それは」
ええ?知らないの?
「簡単に言えば、3分で出来ちゃう魔法の食べ物だよ」
「ほう。もっとも美味で妖術で出来ている食べ物か」
うん……。なんか違う気がする。
「ねえねえ、今度食べさせてよ!」
「ん……、私のいる世界から持ってこなくちゃいけないんだけど……」
「持ってこればいいじゃん!」
へ?持って来れるの?
「あっちに帰れない訳ではない。好きに出入りができるからな」
「そうそう」
それは良かった……。
「ああ、あと、いい忘れていたな。あっちの世界で1分進んだら、こっちでは100分過ぎたことになるんだ」
ってことは、ここでのんびりしてていても、少しの時間しか進んでいないってことか。
「あの店だ」
みると、なんとも可愛らしい着物が並んでるお店があった。薄緑色の暖簾がかかっている。
中に入ると、猫の耳がついているスタイルのよい可愛いお姉さんが、
「いらっしゃいませえ〜」
と、私たちを迎えてくれた。
「ああ、小絵己さん、今日はこの子の服をお願いします」
セイが頭を下げると、小絵己さんは、なぜかニヤニヤした。
「あら〜、セイくん。そちらはもしかして?セイくんの……。ふふふ。それで、お名前は?」
名前?どっちを言えば……。私が困ってセイをみると、セイは、
「本名で大丈夫だ」
と、私の考えていることを見抜き、教えてくれた。
「小絵己さんは名前で着物を選ぶんだよ」
ハクトも安心して、というように笑いかけた。
「そうなんだ。それじゃあ、えっと、名前は、武井朱雀、です」
「朱雀……?」
小絵己さんが私の名前を聞いて固まる。そして、その瞳に暗い陰が浮かんだのを私は見過ごさなかった。泣き出しそうなその瞳は必死になにかを耐えているようだった。
「あの……」
なんで、私の名前を聞くと反応をするの……?
「小絵己さんっ、お願いしますっ」
ハクトが慌てたように頭を下げた。
「えっ……、あっ、ええ。ごめんなさい、少し、物思いに耽ってたみたい。もう、嫌ね。歳をとったのかしら。あ、それで、気付けよね。分かったわ。じゃあこちらにどうぞ」
小絵己さんはごまかすかのように目尻を下げて微笑むと、私の手を引いてお店の奥につれていった。
「えっと、なんて呼べばいいかしら」
「あ、シュウで」
「分かったわ、おシュウちゃんね」
お、おシュウちゃん!?
「えっと、おシュウちゃんは……」
小絵己さんは鼻歌を歌いながら着物をだした。
「これかしらね」
わあっ……。
小絵己さんが出してくれたのは、とても可愛らしいものだったのだ。鮮やかな朱色をベースに桃色の桜の花びらが散らされている。
帯は黄色で、その上に赤い細い紐がリボン結びのようにあしらわれていた。
「着てみますかね」
小絵己さんは、丁寧に私に着付けを教えてくれた。久しぶりの着物に腹が苦しく感じる。
「……あの、小絵己さん」
「なにかしら?」
帯の位置を調節してくれている小絵己さんに私は声をかけた。
「何となくなんですけど、私の名前を聞くと、皆、いい顔しないっていうか、なんか、不思議な反応をするのですが……、なんでですか?」
小絵己さんは一瞬手を止めた。
「……それは、私の口からは言えないわ」
真剣なその表情の裏側に、私には何らかの事情があることが物語られていた。
「まあ、でもいつか、聞くことにはなるから」
「そう、ですか」
小絵己さんはニコッと笑って、私の背中を軽く叩いた。
「さっ、できたわよ、あら、可愛いいわ」
そうかな。なんか、照れるな。
「ほら、二人のところに行ってらっしゃい」
う、うん……。
私はおずおずと裏から出た。そして、私の姿を認めた瞬間、二人は目を見開いた。
「あ、あのっ、似合わないからって、あ、あんまりひどい態度しないでね……じ、自分でわかってるからっ」
早口で声をかけるも、二人はまったく動かなかった。
「えっと……?どうし……」
「シュウ、可愛いっ!!!
へ?
ハクト、今、なんて?
「可愛い!似合うよ!ぴったり!」
そ、そう……?ありがとう。
あれ、でもセイはピクリとも動かない。やっぱり、ハクトが言ってたのってお世辞だよね。
「……似合っているんじゃないか?」
っ……。
「あ、ありがとう」
な、なんか、ドキドキするな……。
「良かったわね。おシュウちゃん」
小絵己さんがにこにこと笑いながら近づいてくる。
「はい。小絵己さん、いいの選んでくれてありがとうございました」
「いえいえ。それが仕事ですから。また暇があっらきてね」
私たちは笑顔で見送る小絵己さんに頭を下げると、お店を出た。
「取り合えず、ぶらぶらしようか」
私はハクトの言葉にコクリとうなずくいた。周りを見渡すと、御茶屋さんやお水屋さん、宅配屋さんもある。
「……あっ」
私はあるものが目についた。それは、ピンク色の綺麗な繊細な細工が施されているかんざしだった。
「ん?」
ハクトが立ち止まる。
「あ、なんでもない。へえー、たくさんお店があるね」
「あやかしの世界も有数の町並みだからね」
「そうなんだ」
他の町も行ってみたいな……。
「悪い」
急にセイが立ち止まる。「用を思い出した。悪いが、あそこの茶屋で待ってもらえるか?」
「分かった。行こ!シュウちゃん」
「うん。じゃあ、またあとでね、セイ」
私たちはセイと別れると茶屋に入った。
「おばあちゃーん。お茶と団子2つずつくださーい」
「はいよ」
元気なおばあちゃんが中から返事をする。
お茶とお団子が出てきて、私はお礼を言ってお茶を飲んだ。
「どう?こっちは」
「なんか、楽しい。けど……、少し恐いかな……」
急に襲われたりするからね。
「……大丈夫だよ、なにかあったら僕が守るから」
へ……。
ハクトの顔を見上げると、ハクトは赤面して照れ笑いをした。
「あっ、ごめん。なんか、ゆ、勇者気取り、みたいなことしちゃって……」
「ううん。逆に、ありがとう」
なんか、嬉しいな。
私はほっくりと心が温まって、自然と笑顔になった。
「……待たせて悪かったな。用は終わった」
あ、セイ!
急いできたのか、軽く息を切らしている。
「よし、行こうか!」
私たちはおばあちゃんにお礼を言ってから立ち上がった。
「シュウ」
ん?急にセイに呼び止められる。
「後ろ向いて」
ん?うん。
私が後ろを向くと、なぜか、頭を触られた。
「えっ、なんっ……」
「ん、できた」
へ?
意味が分からす、首をかしげると、
『シャラン』
耳元で綺麗な音がする。 も、もしかして……。
「かんざし?」
「ああ。欲しそうに見てたからな」
ええ?!バレてた?
「あ、あの、ごめんなさ……」
謝ろうとした私をセイは手で制した。
「やめろ。ありがとうの方が嬉しい」
「っ、あっ、ありがと……っ」
「ん」
耳元でなる綺麗な音が心地よい。意外と優しい人なのかも、とセイを見上げながら思う。
「…………しっ」
ぶらぶらと歩いていると、ふいにハクトが厳しい表情をした。
「……聴こえるか?セイ」
「……ああ」
へ?何が?
「……シュウよく聞け。『元の世界の自分の自宅へ』と言え。こっちに来る場合必要があれば『あやかしの世界の』の後にいきたい場所を言えばいい」
え、うん……。でも、どうして急に……。
「はやくっ!」
緊迫感を感じ、私は急いで口を開けた。
「元の世界の……」
そこまでいいかけたとき、急に周りが騒がしくなり、あちこちでなにかが光った。セイとハクトが身構える。
「私の自宅へ!!」
私が言い終わった瞬間、あたりがごおっと風が吹いた。そして、その風によって視界が曇った。
体が浮いた感じして、元の世界に戻っていく感じがしたとき、少し、風の隙間から、セイとハクトの様子が見えた。
「……っ!!セイっ!!ハクトっ!!」
私は必死で叫んだ。しかし、何度よびかけても返事は来なかった。
なぜか叫んだのかー。
セイとハクトが体格のよい何者かと斬り合っていたからだった。