番外編 セイ
【セイ】
俺の中に、父親の記憶はない。
俺が幼い頃、父親と母親は俺のことで喧嘩をし別居した。
普通の人間として生きて欲しい父親。
青竜神を引き継いで欲しい母親。
父親は青竜神であることの辛さを知っていた。
だからこそ、俺に継がせたくなかった。
母親は違った。
青竜神の母親。
その高い地位が欲しかったのだ。
母親の横暴さと息子への哀れみに耐えられなくなり、母親と喧嘩をした父親は家を出ていった。
そう、麒麟様から聞いた。
父親がいなくなり、母親は俺に暴力を振るうようになった。
俺に強くなれ、そう罵り、父親が出て行ったのはお前のせいだ、と泣いた。
母親の暴力により、その頃の俺には、全くと言っていいほど、『感情』がなかった。
そんな幼少期の最中、出会ったのが、ハクトと雪目だった。
真夏の暑い日、親に連れられ初めて会ったあの日、俺は初めて友達というものを知った。
優しいハクトと活発な雪目。
俺の中に感情を引き戻したのは、二人だと言っても過言ではない。
やがて、99代目の四神の中で、俺と母親を離した方が良いということになり、俺は99代目の麒麟様に引き取られることになった。
彼の名前は、「倻狗」といった。
彼は俺に武術を、学術を、全てを教えてくれた。
どんな時でも、俺を一番に考えてくれた。
優しく、時に厳しく、俺に向き合ってくれる倻狗が俺は大好きだった。
けどーー。
『倻狗、ボクのお父さんって、どんな人なの?』
そう尋ねると、
『………上手く、言い表せないな』
父親のことになると、彼はそうはぐらかした。
『セイ、お前に大切なことを教える』
倻狗は俺の頭を撫でながら優しく微笑んだ。
暖かい春の日、高い声で鳴く鳥がいた。
『もし、何かと、対立した時、争いになった時、お前はその何かを『敵』だと、思ってはいけない。『敵』ではなく、たまたま人生の中でぶつかってしまった、『同胞』『仲間』だと思いなさい』
『仲間……?どうして?』
『敵意で戦うのではなく、尊敬の気持ちで戦わなければならないからだ。一つ一つの死を、重く慎重に受け止めてほしいのだ。死を軽んじてはならない。もし、お前が一つ一つの死を正しく受け止めれば、きっと、誰よりも強い『青竜神』になれるぞ』
『慎重……?軽んじ……?』
幼い俺にはまだ難しいことだった。
『ははは、まだ、お前には難しい話だったな』
倻狗は快感に笑うと、俺を引き寄せた。
暖かい体温を感じた。
その時、倻狗の目に涙が浮かんでいるように見えた。
ある日突然、倻狗は消えた。
何も言わずに、何も残さずに。
俺は屋敷の者から倻狗がどこに行ったのか聞いた。
倻狗が突然消える訳がないと思いながら。
屋敷の者は言葉を濁した。
しつこく食い下がると、屋敷の者は一言、答えた。
『センソウよ』
センソウ…………、なんだか、分からなかった。
でも、俺は一度だけ、その言葉を聞いたことがあった。
数日前、倻狗と誰かがこっそりと話していた。
『倻狗は、センソウ、から、帰ってくる?』
俺がそう問うと、屋敷の者は静かに目を伏せ、何も言わずに去っていった。
屋敷の者の涙が畳に落ちた。
長い月日がたった。
戦争について、四神について、俺は多くのことを学んだ。
あの日は、街に出かける日だった。
街に出て、俺はいつもとは違う街の様子に気がついた。
戦争が終わり、復興が始まっていたその日、なぜか、熱気を帯びた街の者達はある場所へ向かっていた。
俺もそこへ、興味心で向かった。
ついたのは、街の中心の広場があったところだった。
多くのものが叫び、怒鳴っていた。
中心に向かって、人をかき分け、前に進む。
その時、俺はあるものを見た。
3人の男が手首を縛られ、うつ伏せになっていた。
俺はさらに前に進んだ。
怒りに燃えている街の者に押せれながらも、最前列に出た。
3人の男は静かに、怒りの声に耳を傾けていた。
『………………………倻狗……!?』
3人の男のうちの一人、黒髪の男、それは、ずっと会いたかった倻狗だった。
傷のついた倻狗の顔に驚きの表情が広がる。
『セ……イ……!どう……し……て……』
『どうしてじゃない!倻狗こそ、どうして!!』
倻狗は俺の質問に静かに首をふった。
『これ……は……。なん……でも……な……い……』
『ふざけるなよっ!!』
思わずこみ上げた涙をぐっと抑える。
『そうやっていっつもはぐらかしてばっかり!!!なんで!?なんでなにも言ってくれないんだよ!!そんなに俺のことが嫌いなのかよ!!』
自分で言って、悔しくなった。
『セイ……』
倻狗は静かに目を伏せた。
伏せた目には暗い色が映っていた。
誰も元に戻せないような……。
『……私は、大きな罪を、犯したのだ』
静かな告白。
うるさい群衆の中でも、俺の耳にはまっすぐと聞こえた。
『……戦争……を終わらせ……られなかった……』
周りがピタリと静まり、倻狗の声だけが聞こえた。
『そんなの、倻狗のせいじゃないだろ!!戦争を起こした奴が悪いんだろ!?』
周りがそっと顔を背ける。
悔しい、悔しい。
ただそれだけだった。
『……我々の、使命は……戦争を……止めること……だった。だが……沢山の犠牲を……出して、最悪……の形で終わらせてしまった……』
『だからってっ!』
もう我慢できなかった。
目から溢れた涙を止められなかった。
『なんでこんなことされなきゃいけないんだよ!!倻狗は!!倻狗は!!悪くなんか……!!!!』
どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか。
到底理解できなかった。
償いをさせてもらえないこの世の中は、なんと冷酷なものかと思い知らされた。
『待ってろよ!!今、全部取るからな!!今、全部……!!』
ガチャガチャとした鎖を力任せに引っ張った。
『そこの者!!何をしている!』
役所の者らしき妖怪が俺を取り押さえた。
周りが騒めく。
『うるせえ!!離せ!』
もはや涙など拭えない。
抵抗してもどうにもならないのは分かっていた。
でも、抵抗せずにはいられなかった。
倻狗に繋がれている痛々しい鎖を壊したかった。
『やめろっ!!離せ!!!!倻狗!』
『……セ……イ………』
くたびれた声。
そんな声、聞きたくなかった。
その時、一際大きな歓声があがった。
1人の妖怪が現れたのだ。
大きな釜を持った死神が。
『やめろ!!!!!!』
どうしようとしてるのかは瞬時に分かった。
役所の者たちの腕を払う。
だが払っても、また掴まれるだけだった。
『倻狗!!倻狗!!』
『セ……イ………』
倻狗はそっと微笑んだ。
死ぬと分かっていたくせに、微笑んだ。
『お前と……一緒に………いれて……、うれ……しかっ……た……』
『やめろ!!!!!!そんな……』
お別れみたいな言葉。
その言葉を言う勇気がなかった。
『お前と……一緒に……い……れて……、幸せ……だっ……た』
『嫌だっ!!嫌だ!倻狗!!倻狗!!!!』
歪んだ世界はぽろぽろと流れていく。
けれど、倻狗の微笑みは視界から消えてはくれなかった。
『お前を……ずっと…………』
『倻狗っ!!!!!』
喉が張り裂けそうだった。
すぐそこにいるのに。
やっと会えたのに。
それなのに……!!
『お前を……ずっと……』
穏やかな表情。
死を確信している表情。
そんな倻狗に飛びついて、助けたかった。
でも、できなかった。
救えなかった。
『愛し……て……る……………』
『っ倻狗ーーーーーーっっっっっっっ!!!!!!』
倻狗の命は、振るい下された死神の《牙》によって絶たれた。
『 拝啓
元気でやっているか。この手紙を読んでいる頃、セイはもう大きくなっていると思う。
セイが大きくなった時、そばにいれなくて悪かった。
私はどうしても、戦争に行かなければならないのだ。
四神として、行かなければならない。
起きてはならない戦争を、我々は引き起こした。
変えられぬ運命によって、私は明日、戦争に行く。
私はお前に伝えなければならないことがある。
直接伝えたかったのだが、私はきっと未来にはいないから、この手紙で伝えさせてもらう。
私はずっとお前に嘘をついていた。
自分を守るために、嘘突き通すためにお前をずっとはぐらかし続けた。
私はお前の父親だ。
私は99代目青竜神だ。
そして、赤子のお前を見捨てお前から逃げた最低の父親だ。
私はずっと怖かった。
全てを話してお前に嫌われることが。
お前が離れていってしまうことが。
それ程までにお前が愛おしかった。
私を恨んでもいい。
怒ってもいい。
だが、これだけは覚えていてほしい。
私はお前を愛していた。
そしてこれからも愛し続ける。
たった数年だったが、お前と時を過ごせて幸せだった。
もう一度だけ、お前の笑顔が見たいが、お前を抱きしめたいが、私はもう行かなければならない。
セイ、強く勇ましく優しい男になりなさい。
私はずっと、お前の味方だ。
悪を見出し善を尽くして、私に、我々にできなかった、平和な世の中を創り上げてくれ。
これからの世界をよろしく頼む。
愛しの息子 瀬潙へ
99代目青竜神 倻狗 』