20、銀
「え……。おばあ、ちゃん?」
この方が、柴江さん、私の、おばあちゃん……。
この方が、柴江、さん……?
「えっ……、どうして、ここに?」
「……それは」
柴江さんが言葉を濁す。
そしてそっと目を伏せた。
「……ここが、冥土、だから」
っ……!!
……うん、やっぱり……。
やっぱり、私は……っ、私は死んでしまったんだ。
どこか、心のどこかで、まだ生きているよねって思ってた……。
でも、違うんだ。
私はもう、………死んでいるんだ。
なんか……、ショックが大きくて……。
私は……。
「ふふふっ」
不意に柴江さんが笑う。
「冥土なんて、冗談よ」
え……?
「ここはあなたの夢の中。かろうじてあなたは生きているのよ」
っ……!
「本当ですか!?」
「ええ。私はあなたに大切なことを教えるために現れたの」
柴江さんがそっと私の頬を撫でる。
「…………本当にごめんなさいね。私のせいで、沢山あなたに苦しい思いや辛い経験をさせてしまったわ」
そんなこと……!
「確かに辛いことは沢山ありました!何度も泣きました……。でも、それは柴江さんのせいじゃないです!私は、柴江さんに感謝をしています。あなたが命がけでこの世界を守ってくださったため、多くの命が救われました。大切な仲間に出会えました。自分に向き合ってみようって思えるようになりました。だから、今度は……」
私の思いが伝わるように、真っ直ぐに柴江さんの目を見る。
「100代目朱雀神、このご恩を必ず返します」
柴江さんの目が驚きに見開かれる。
「私は弱い、器の小さい人間です。ですが、こんな私にもできることはあるはずです。ですから……」
「朱雀……っ」
優しい花の香りが鼻腔をくすぐった。
頬に感じる柴江さんの灰色の髪の毛。
肩に感じる雫。
背中にまわされた柴江さんの腕が細く震える。
「……っ、ありがとう……っ、ありがとう……っ!」
柴江さんの声が震える。
「本当は、もっとはやくに、現れる予定だった……っ。でも、会える資格なんて、ないように思えて……っ。怖かった……怖かった……。あなたに嫌われるのが……っ」
柴江さんは……、いったいどれだけの苦しみを抱えていたのだろう。
私なんかの苦しみとは、比べようにならないぐらい大きな苦しみ。
それを死んでも抱えていたんだ……っ。
「…………っ。嫌えるわけ、ないじゃないですかぁっ……っ」
溢れてくる涙。
次々と頬を滑り落ちていき、柴江さんの肩を濡らす。
「命がけで守ってくれた人、嫌えるわけないじゃないですか……!ずっと……っ、会いたかった……っ!だってあ私の……、私の……っ」
私は柴江さんをさらに強く抱きしめた。
「大切な、おばあちゃんなんですから……っ!」
止めようとしても、やっぱり涙は止まらなくて。
次から次へと溢れてくる。
ぽたぽたと落ちていった涙は時折、首筋を伝って流れていった。
「……………朱雀、ありがとう。でもね、そろそろ目を覚まさなくちゃいけないわ」
っ!そんな……っ!
「それは……っ、柴江さんと、お別れ、ってことですか……?」
「………………ええ」
柴江さんがそっと顔を伏せる。
「嫌っ!嫌ですっ!そんなの!会えたばっかりなのに!やっと会えたのに!」
柴江さんの腕を掴む私の手震える。
「朱雀、これは、絶対なの」
「嫌です!!!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!」
そんな我儘が口からこぼれていく。
叫び声と化したそれは真っ直ぐに柴江さんにぶつかっていった。
「朱雀っ!」
柴江さんが鋭く言った。
「しっかりしなさい!」
真っ直ぐにその言葉が胸に響く。
「私だって嫌よ。ずっとここにいて、二人で話をしたい。けど!」
柴江さんは真っ直ぐに私の目をみた。
瞳の奥に、強い光を見つけた。
「あなたは100代目朱雀神。今の世界はあなたが必要だわ」
っ!
……そうだよ、私は朱雀神。
神様だ。みんなをまとめなければならないんだ。
それに、まだ現代でやらなければならないことが沢山あるんだっ!
「柴江さん。私、帰ります!後悔したくないです!まだやらなければならないことが沢山あるんです!」
「そう、よかったわ。あなたなら、朱雀神を安心して任せられそうだわ」
柴江さんはそう言うと、そっと私の頭に手を乗せた。
「朱雀。何があっても信念を曲げちゃだめよ。そして、常に強く、たくましく、そして美しくいなさい。私はずっとあなたを見守っているから」
柴江さん……っ。
私が首を縦にふると柴江さんはそっと微笑んで目を閉じた。
「……雪よ、この子をあやかしの世界へ連れて」
真っ白で沈黙を保っていた銀色が、一斉に舞い上がった。
そして、ふわりと私の周りに風となった。
「………朱雀。最後に一つ、教えたいことがあるの」
視界が霞む頃、柴江さんはそっといった。
「朱雀神に伝わる言葉。……『花弁の開いた花の喜びのように、風に吹き乱される桑の木のように、美しく、強くなりなさい。私たち四神の名にかけて、富を守り、平和を創る言葉。それは』…………」
風で声がかき消された。
轟々という音だけが耳に入る。
けど、私はその言葉の続きを知っていた。
小さい頃聞いた言葉。
子守唄の代わりに誰かが歌っていた言葉。
……おばあちゃんが唄ってくれた言葉。
『花弁の開いた花の喜びのように、風に吹き乱される桑の木のように、美しく、強くなりなさい。私たち四神の名にかけて、富を守り、平和を創る言葉。それは……』
「『蓬矢凰乱、舞』」
呟くように言った言葉に合わせて、柴江さんの微笑みが完全に見えなくなった。




