16、冠授祭
『ドン』
「冠授祭の始まりー』
そんな声に再び体が強ばる。
この幕の裏側には、大勢の人が待っていることが分かった。
けど、私はそんな声援に応えられない。
親友を夜暗並組に渡してしまうようなだめな朱雀神だから。
私はずっと考えていたことをやっと決意した。
それは、夢が無事に帰ってきたら、朱雀神をやめること。
やめれるものか分からない。家筋的なものもあるから、やめれないかもしれない。
けど、こんな私に朱雀神を続ける資格なんかない。こんな私が続けていたら、妖の世界は酷いことになって、苦しむ人や悲しむ人が増えるかもしれない。
だから、やめる。
「……、朱雀、大丈夫か?苦しそうな顔をしていたぞ」
……っ。セイ……。
セイにも、沢山迷惑をかけた。もう、迷惑をかけたくない。
それに、朱雀神をやめたら、セイとも離ればなれだから。
別れたくないって、心の中の何かが叫んでるのがわかる。でも、そんな甘えはしちゃいけない。
私がいると、迷惑ばっかり。
そして、怖いんだ。人に嫌われるのが。
だから、 もう……。
「朱雀?」
伸ばされる、手。
「いやっ」
思わず、私は思わずその手を払ってしまった。バチリと音が響く。
「あ……」
どうしよう……。私、やっちゃった……。
困惑するセイ。驚くほど静寂な空気。
嫌だ。嫌わないで。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だっ。
「……ごめんなさい……っ」
私はそう言って、その場から……、逃げた。
頭にあるのは、あの、記憶。
中学生の頃の、記憶。
『朱雀ちゃん!』
中学は夢と裕太とは違う中学校に通っていた。その時、一番仲が良かったのが、美帆。
優しくて、朗らかな、可愛らしい子だった。
『美帆、おはよう!今日の腕の調子は?』
『いつも通り、元気ですよーっ』
ある日の弓道部の朝練でのことだった。
『朱雀、ちょっといい?』
私に声をかけたのは、弓道部エースの、松本匠だった。
『うん、どうした?松つん』
弓道部員は皆、愛称で匠のことを、松つんと呼んでいた。
『おお、松つん。私の朱雀をもっていくきかい?』
美帆と松つんは小学校からずっと一緒だった。
そのせいか、兄弟のように仲がいい。
『ああ、悪いな。ちょっと借りるわ』
返しが、いつもより硬い。
私はそう思った。
『朱雀』
『あ、うん』
私は美帆に軽く手を振って、松つんについていった。
それは、唐突だった。
『朱雀。ずっと前から好きだった。付き合って』
『え……』
これって、告白?
『あ、えっと、す、少し考えさせて』
私はそれだけ言って、松つんの前から逃げた。
『あーー、朱雀、なんだったの?松つん』
『えっと……、こ、告白された』
美帆は、松つんのことを好きじゃないって言ってたから、大丈夫だと思っていってしまった。
『ふーん。良かったね』
美帆の目に、暗闇があったことをその時に気付いていれば。
とすごく後悔している。
少したったある日。
『朱雀、うざいんだよね』
教室から聞こえた、美帆の声。
『本当。最悪だよねー』
『うんうん』
賛同の声。
どくりと胸がなって、息が荒くなる。
どうして……。親友だと思ってたのに……。
信用してたのに!大好きだったのに!
崩れていく、美帆への気持ち。
でも、私は弱虫だった。
だから、美帆と何もなかったように『友達』をした。
美帆が裏で、悪口をいっていたのも分かった。
けど、私は、隠れて、逃げた。
逃げてしまった。
後になって考えてみたら、美帆は松つんのことが好きだったのかもしれない。
だから、私のことを裏切ったのかもしれない。
「はあ……、嫌なこと思い出しちゃった……」
なんで、このタイミングで……。
嫌な感触。苦しい。
こんな記憶、消えればいいのに……。
「…………朱雀ちゃん」
突然声をかけられ、振り向く。
まるで冬景色のような着物をきた少女が立っていた。
「…………雪目」
「ふふふ。そんな怖い顔しないでちょうだいな。お迎えにきたのよ、決戦のね」
雪目はそう言うと、ニヤリと笑った。




