13、塩の味
宙に浮いたと感じた途端、体に重力が戻って私は床に膝をついた。が、運悪く、体勢を崩し前かがみによろめく。
「え、わっ」
「ひゃっ」
力強い腕に受け止められ、私はホッと力を抜いた。柔らかい木の匂いが鼻をくすぐる。
「す、朱雀」
力強い腕の主、セイが困惑した瞳を覗かせた。それでようやく、自分が何をしているのか気がつく。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
私が慌ててセイから離れて座ると、気まずい沈黙が流れた。
「……朱雀、どうしてここに」
セイが落ち着いた声で聞いた。
「実は……」
悠太にひどいこと言っちゃったんだ、と私は言葉を続けようとした。
しかし、それは出来なかった。
悠太とのことを言うと、夢のことも言わなくちゃならなくなる。
それは絶対にできない。
あのことは自分で解決するって決めたんだ。セイたちを巻き込んではいけないのだ。
「……朱雀?」
「あ、ううん!」
私はとっさに作り笑顔を浮かべた。
「なんか、来たいなーって思ってね、ははは……」
「………」
セイはじとりと私を見つめた。
「ほ、本当に!何もないから!」
「………」
うう、絶対に嘘だってバレている。あのじとりとした目は絶対疑ってる!
「朱雀」
「は、はい」
セイの低い声に私は思わず姿勢を正した。
「……お前に、その笑顔は似合わない」
「へ?」
笑顔?
「作り物の笑顔のことだ。それは心からの笑みじゃない。それに……」
セイはぐっと私に身を寄せた。そして、片手で腰を、片手で顎を持ち上げる。
な、なんでこんな展開に!?
「泣いただろ」
う……。え……。
「な、泣いてません、よ?」
「いや、泣いた」
「いえいえ、泣いてないですっ」
「……」
セイがぐっと目を細める。
「……一目瞭然だ。目が赤くなっている。それに……」
セイは私の頬を親指でそっと撫でると、顔を近づけ……。
するりと私の頬に唇をつけた。
「……塩。塩の味がする。やはり泣いただろ」
私はセイの言葉も耳に入らず、ただ、赤面になった。 鼓動がどんどん速くなっていく。
だ、だって、今、セ、セイ、わ、私の頬に、キ、キ……。
『ガラっ』
「セイくん、まだ……って、おシュウちゃん?」
突如現れた小絵巳さんに私もセイも固まる。
「……あ、あー、そういうことね。ごめんなさい、おばさん邪魔しちゃったわね、今出るわね、ほほほ……」
「ち、違います!」
誤解をしたまま部屋を出ようとした小絵巳さんを慌てて呼び止める。
「違いますから!別にこんな関係なわけじゃ……」
「違くないだろっ!」
小さいが高い声のツッコミが入り、私は思わずあたりを見渡した。
「あー、ここだここ!」
「……ん?」
よく見ると、小絵巳さんの肩に小さな鼠が乗っていた。真っ白な毛並みに生意気そうな瞳が光る。喋っていたのはおそらくこれだろう。
「あの、小絵巳さん、これは一体……」
「これはね……」
ふふふと、小絵巳さんは笑った。