2、たどり着いた場所
「……っ!」
頭に鋭い痛みが走って、私は思わず顔をしかめる。
背中に感じる風、生暖かい空気。
そして痛みが薄くなったとき、私は思いきって瞼をあけた。
「わ!」
その景色に私は驚いた。辺り一面、草で覆われていて、少し遠くに朱色の鳥居がいくつも連なり、提灯が灯った屋台がたくさん出ていて、その熱気がここまで伝わってきそうだった。その先には、お屋敷や民家がポツポツとあり、畑もちらほらみえた。私は不思議な空気が流れる小さな丘の上にたっていた。鮮やかな緑色の葉が、風でフサフサと揺れている。
「………それで?」
それで、ここはどこ?私はどこにいるの?なにここ。絶対、日本じゃない。強いていうなら……江戸だ。 ………………………。
「えええっ!?」
なんで?!映画セットのなかに入っちゃったとか!?私はどこに来たの?どうしよう。これからどうすればいいの?私はふと、鮮やかな朱色の鳥居が目についた。
「……取り合えず、人に訊いてみるか」
私は小さく呟くと、ザクザクと丘を下った。だんだんと声が大きくなり、太鼓や笛の音も聞こえてくる。人影も見えてきて私はほっと安心した。
誰に話しかけようと迷いながら歩いていくと私はあることに気づいた。
「え……」
私の目の前を歩いているのは、頭に白い皿を乗せた河童だった。慌ててほっぺをつねってみるけど、痛かった。
夢ではないらしい。次に通ったのは、黒い大きな岩石、ぬりかべ。
その次は……。
「って……」
つまり、私がいるところは……。
「妖怪の世界っ?!」
嘘だっ!!な、なんで、こんなところに?!あ、あり得ない!!
「……お前さん、さっきから何をしてるの?」
ひっ!!前から声をかけられる。そこにいるのは、茶毛の狐さんだった。珍しいものでもみるように目を細めている。って、狐が話してるの?
「本当に大丈夫かしら?」
狐さんが優しく声をかけてくれた。ほ……。悪い方ではないみたい。
「あの、ここはどこですか?」
私が恐る恐る尋ねると、狐さんはケケケと笑った。
「おぬし、面白いこというわね。ここはどこかって?さあね。わらわでも分からないわ。ただ、あやかしの世界と言われているわ」
あやかしの世界?うう、いろいろと意味が分からない。
「次はわらわの質問よ。わらわ、人間を探しているのだけど……、おぬし名はなんていうの?」
名前?
「私は武井朱雀。高校一年生で……」
「朱雀?」
キラリと、狐さんの目が光った。
「あのお、私の名前がどうしたんですか?」
「おぬし、朱雀、で間違えはないの?」
「え……?あ、はい」
なんだろ、急に。にやりと狐さんは笑った。
「ふふふ。予言は外れなかったみたいね。どうやら、わらわが一番のようだしわ……朱雀?おぬしはね、わらわの……」
ぎらりと、狐さんの瞳が光る。
「敵よ!!」
へ、敵!?
意味が分からない。狐さんは鋭い爪を突き出すと、私に飛びかかってきた。
「わっ、どうしたん……、いたっ!」
腕が熱くなり、見てみると、一筋の血が流れていた。ただならぬ窮地にたたされていることを知る。
「いたい!やめて!」
狐さんは、私の叫び声に耳も貸さずにただ、私を傷つけていた。腕や足に血筋が増えていく。
「話し合いましょう!!な、なんかの間違えですよ!!」
「間違え?そんなわけあるものか。あの方は生きてつれてこいと言ったから、命だけは助けてあげるわ。けど……」
狐さんは手を振り上げた。
「仕上げをさせてもらうわっ!!」
振りかざされる手。
憎しみのこもった目。
「やめてーーーっ!!」
私は無我夢中で叫んだ。喉が潰れるほどに叫んだ。
なぜ襲われているのか分からなかったけど、恐ろしいもの、に巻き込まれているのは分かっていた。
「ふん。誰も助けに来てくれんわい」
嘲るように笑う狐さん。異様なほど高まる鼓動。背中から吹き出る汗。
恐怖で一杯な心。
狐さんが首筋に爪を立てたとき。
「わっ」
青い光がさっと私たちの間を通った。鋭い風が、私たちの間を吹き抜けていった、その瞬間、
「ぎゃんっ!!」
と、狐さんが後ろに吹っ飛んだ。私は安堵の息をついた。そして目眩や頭痛、吐き気を感じた。
「大丈夫かっ?!」
誰かが近づいてきて、私を抱えあげた。目をあけていられなくなり、私はたまらず目を閉じた。
そして、薄れていく意識の中感じていたのは、背中にまわされた大きい手の温かいぬくもりだけだった。