10、月
「…悪いな、大まかに話しすぎたようだ」
「あっ、いえ……」
正直、まだ、頭が理解しきれていなかった。
私にはおばちゃんとの記憶はない。
小さい頃、亡くなった、と両親に言われただけだった。
けど、おばあちゃんは、私に……。
「これから話すのは、お前が来たばかりの頃のこの世界とこれからのこの世界についての話だ」
これからの、世界……?
櫻紗己を封印し、柴江が死んだあと、全ての責任は、99代目の、青竜、白虎、玄武、麒麟の四神に負わされた。当然、私も罰は受けたが、彼らほど辛いものではなかった。四人の受けた罰ーー、それは、死、だった。見せしめにされ、吊り上げられ、私の目の前で死んだ。私は我を失い、泣き叫んだ。『やめろ』と。しかし、彼らは私より若いのに、最後まで誇り高く、堂々としていた。そして、笑っていったんだ、『謹さん、あとは頼んだぞ』と。その時に流れた涙と、悔しさが、今でも頭から離れない。だから私は決めたんだ。絶対に血の流れぬ時代をつくる、と。しかし、それは困難なことだった。まず、片親になってしまった百代目の青竜と白虎、玄武をこの屋敷の近くに母親と住ませた。そして、青竜と白虎が12に、玄武が13になったときに、この話をし、青竜と白虎の屋敷を、それから玄武の屋敷をつくった。そして今、朱雀までが揃ったこの時、夜暗並組は焦り、南から勢力を広めようとしている。それで、最近、ここらも治安が悪いのだ。しかし、四人揃った今の四神は最強だ。今は誰にも負けはしない。それに百代目だ。力は前代たちよりもはるかに強いものとされている。
……夜暗並組が、勢力を広めようとしている。だから禰霧はさっき、そのようなことを言ったんだ。だから、私は……。
「……一つ聞いていいですか?」
「どうした」
「………私が、私が、産まれてこなければ、この世界に来なければ戦争をしたり、人が死にませんでしたか?」
「っ!」
セイが短く息を飲む音がする。
「だって、そうでしょ?私が産まれてこなければ、おばあちゃんは死なないですんだ。99代目の四神は死なないですんだ。戦争は起きなかった。人々が悲しむこともなかった」
「朱雀……」
自分に対しての嫌悪感が止まらない。
どうして私は産まれてきてしまったんだろう。
「それはちがう」
っ!!
「確かにそうかもしれない。けど、朱雀が産まれてこなければ、橘の子が朱雀となり、夜暗並組に支配されていただろう。だから、儂はお前を救世主だと思ってる。これは、避けられない事態だったのだ。それから、お前が現れたことも悔やむ必要がない。お前によって、止まっていた時が再び動き出したのだから」
救世主……。
悔やむ、必要がない……。
「私は、本当にっ………」
一筋の涙に続いて、いく筋もの涙が頬の上を滑り落ちていった。しかし、心がその言葉によって軽くなった気がした。
「朱雀、落ち着いたか?」
セイが真っ赤に目を腫らした私に、気を遣うように声をかけた。
「あ、うん。ごめん」
「いや、謝る必要はない」
湯飲みを私に手渡すと、セイは隣に座った。
月が美しい上弦の夜。
私とセイ、それから禰霧は麒麟様の屋敷に泊まることになった。
私は縁側に座って、月を眺めていた。
「……そんなに、辛かったのか?」
囁くように言うセイ。
私は、え?と声を漏らした。
「いや、あれだ。俺は生まれた頃から神として育てられてきたからよくわからないんだ。お前の気持ちが」
そっか……。
と、心のなかで呟く。
でも、そう考えると私はセイやハクトを傷つけていたのかもしれない。
「ごめん、セイ」
「なにがだ?」
「その、初めて神って言われて私は、逃げてそしてあの事件があったとき、二人は私を助けてくれた。ためらいなく、ひどい態度をとったのに。物事が起きるが速すぎて、いままでこんなこと考える暇もなかったんだけど、私、セイやハクトを傷つけてちたなって思って。逃げるなんて、しちゃダメだったんだ。堂々と立ち向かうべきだったんだ」
「朱雀……」
そんな声と共に、大きなセイの手が頭に乗る。
「お前は珍しい奴だ。普通、自分が悪いとなんて思わない。まあ、俺だって腹をたてたが、よく考えたら、お前を怯えさせたと思った。だから、お前は悪くない」
「でもっ……」
いいかけると、大きな手が頭を優しく撫でた。
「悪くないといっているだろう。悪くないと言ったら悪くないのだ」
温かい言葉と手に、膝をぎゅっと抱え込んだ。
「朱雀。まだ、存在、について悩んでいるのか……?」
「……う、ん」
麒麟さまは救世主だと言ってくれた。
けど。まだ全てがそんな風に思えていなくて。
百パーセントそう納得できなくて。 時間がたてばたつほど、不安は大きくなるばったりだった。
「……朱雀は自分がいない世界を想像したことあるか?」
「自分のいない、世界?」
「ああ。俺が想像する世界は、朱雀がいないせいで鮮やかではなくなる。面白くなくなる。……朱雀、お前がいなかったらどれだけの人が悲しむと思う」
「悲しむ人?」
「ああ。いない、と思うかも知れないな。だけど、これだけは誓って言える」
セイが真剣に私の瞳を覗きこんだ。
「俺の人生にはお前が必要だ、朱雀」
そんな言葉に、ごちゃごちゃと考えていたことが全て吹き飛んだ。
「お前がいないつまらない世界に、俺はいたいと思わない。だから、お前は存在すべき人間なのだ」
「っ…………うん。わかった。ありがとう」
何よりも温かくて、嬉しいその言葉がすっと胸に入ってきて、心が落ち着いた。
ゆっくり深呼吸すると、冷たい空気が鼻腔に入り込む。
「いや、別に。礼をいわれるようなことはしていない」
美しい星たちが、その時は何故か、よりいっそう美しく見えた。




