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8、罪

「……朱雀。ここからはシュウと呼ぶ」

「あ、うん」

賑わっている電拓通りに近づくと、セイは小声でいった。

久しぶりにシュウと呼ばれる。

電拓通りは相変わらず晴れやかで、あちこちであらゆる妖怪が商売をしていた。

初めて鬼と争ったときのことが思い忍ばれる。

「……あら?セイくんとハクトくん、それからおシュウちゃん?」

のれんから見せた、可愛らしい猫の耳。

「小絵己さん!!」

久しぶりにみる小絵己さんは、変わらず美人さんだった。

打ち水をしようとしていたのか、桶としゃくを持っている。

「小絵己……?」

隣で禰霧が恐る恐る、小絵己さんに手を伸ばした。

「小絵己なのか……?小絵己だな……?!」

「っ……!!もしかして、貴方、ハクトくんじゃなくて……」

禰霧は小絵己さんの肩に優しく手をおいた。

「禰霧、……なの?」

「ああ……!」

この感動の再会は、なに?小絵己さんと禰霧は、どんな関係なの?

「禰霧、ねぇ……」

あれ……?小絵己さんの雲行きが怪しくなってき、た?

「そうだよ!!小絵己!!!!」

禰霧、危ないんじゃ……!!

「『そうだよ!!小絵己!!!!』じゃないわよ!!!!」

どストレートなパンチが禰霧の頬にのめり込んで、禰霧は「ぐほっ」と叫びながら1メートルほどさきにぶっ飛んでいった。

「なんなのいきなり!!急に戻ってきて!!しかも、ハクトくんにとりついた状態で!!」

「いや、いいじゃないか!!感動の再会、だよ!!」

慌てて取り繕うも、禰霧は更に墓穴を掘った。

「馬鹿言わないで!!」

押し付けるような声に、禰霧は閉口した。

「……貴方が居なくなってから、私がどんなに苦労したと思ってるの?はぁ……。いいわ、いままのことを教えてあげる。……7年前、初めて会ったとき、私たちはすぐに恋に落ちたわね。ええ、お互い一目惚れだった。私たちは幸せだったわ。けど、貴方は五年前、私の前から忽然と姿を消した。私は必死に探したわ。……けど、煙のように貴方の姿は見当たらなかった。そしてようやく貴方の消息が掴めのは3年前の春だったわ。私は急いでそこに駆けつけた。けど、貴方の姿はなかった。その屋敷にいたのは、セイくんとハクトくんの二人だった。ハクトくんが貴方の弟であることを聞いて、貴方はずっとここに身を隠していたんだ、と思ったの。だから、ハクトくんに聞いたの。どうして彼は私に姿を見せないのって。そしたら、何て言われたと思う?」

ポタポタと、雫が2つ小絵己さんの手に落ち、流れ落ちた。

「……兄貴は、兵役で戦争に行きましたって」

……っ!!戦争!?

「兄貴は貴方が悲しむところを見たくなかったそうです。だから姿を消しました。知らせが来るまでここに居させてくれ、と言われましたって」

小絵己さんの目から流れた涙が、地面の石を濡らしていった。

セイが辛そうに小絵己さんから視線を外した。

「……酷いのは、その後よ」

しなやかで柔らかい小絵己さんの手が、禰霧の手を包み込んだ。

「ハクトくんは、まだ言葉を続けたの。そして、言った。『兄貴は、戦争で死にました』って」

禰霧は、戦争で………っ!?

「私はその事実を受け入れた。いくら叫んでも、泣いても、憎んでも、貴方は帰らないことを知っていたから。それに……。ハクトくんの悲しみかた、異常だったから」

苦笑した小絵己さんの表情に、禰霧は疑問を抱いたかのように小首を傾げた。

「……抜け殻のハクトくんは、とてもじゃないけど、見てられなかった。分かる?この私や、ハクトくん、それから周りの皆の苦しみ。ハクトくんはそれからずっと、ほとんど食事も手につけずに、ただ、縁側に座っていた。表情なんて、変わらなかった。そして、私がお世話して回復してきた。それから、おシュウちゃんが来てくれたの」

私……?

「ハクトくん、以前より明るくなったわ。私がお世話するより、おシュウちゃんが笑うほうが効果があったんじゃないかしら?」

小絵己さんはいたずらっぽく笑った。

「おシュウちゃんもいい子で、治安も大分落ち着いてきて。けど、そんなとき、ハクトくんが変な行動をするってセイくんから聞いて。それって禰霧がとりついたってことだったのね。……それで、禰霧。いまさらなにをしたくてハクトくんにとりついているの?」

「俺は……」

禰霧は少し迷い、私を睨み付けた。

その突き刺すような視線がそっくりそのまま胸に刺さった気がした。

「コイツに復讐をしたくて。だってそうだろ?コイツさえ産まれてこなければ、戦争は起きなかったし、俺は小絵己と幸せになれたんだ!」

私が、産まれてこなければ、戦争は起きなかった……?

どういう意味なの?

「おシュウちゃんは悪くないわ」

「いや、コイツのせいだ!!」

「おシュウちゃんのせいじゃないって言っているでしょ?おシュウちゃんはまだ産まれて間もなかった。おシュウちゃんにはなにも出来なかったのよ!」

「それじゃあ……!!」

禰霧の声が電拓通りに響いた。

「コイツは産まれてきたことが罪なんだ!!」

っ!!産まれてきたことが罪……!?

私は……。

なぜかわからない。

悲しいのか、怒っているのか分からない。

なのに。

一筋、涙が目からこぼれた。

「禰霧っ……!!!!」

『ガンッ』

え……。

いま…………。

今起きたことを私は即座に理解できなかった。

「なにすんだよ!!」

倒れた禰霧が、食ってかかるようにセイを睨んだ。

今……、セイ、禰霧を殴った……?

「当たり前のことをしただけだ」

「当たり前だぁっ!?」

怒りに任せて禰霧が拳をあげた。

「ああ、当たり前だ」

パシリと、セイは冷たい瞳で禰霧の拳を手で止めた。

「産まれてきたこと、が罪だ?お前にそんな権利があるのか?それに……」

ギロリと睨んだセイは、いままでみたことがないぐらい冷ややかで人を寄せ付けないような瞳をしていた。

「昔の俺をみているようで胸糞が悪い」

昔の、セイ?

どういう意味?

「っ!!は、はあっ!?意味わかんね……」

「…それぐらいにしておきなさい」

背後から、聞いたことのない、男の人の声がした。

「っ!!麒麟様!!」

麒麟様……!?

白く立派な髭に、知的な瞳。75歳ぐらいに見える。

「悪霊、神をなんだと思っている。青竜の言ったことはもっともだ」

「く……っ!!も、申し訳ございませでんした」

「うむ。青竜、あまりにも遅いから様子をみにきたのだが、町の中央で騒ぎをおこすな」

「申し訳ありません」

かなりの長寿であるのに麒麟様は年に比例せず、なぜか、若々しかった。そして、有無を言わさない、圧倒的な気迫があった。

「それから、朱雀」「は、はいっ!!」

私は慌てて立ち上がった。

「これから儂の屋敷で話をしよう。これに乗りなさい」

指差されたのはとても立派な車だった。

その両脇にずらりと仕えの人がならんでいる。

「しかし、朱雀は柴江ににているな」

少しだけ微笑んだ麒麟様の言葉に、私は違和感を感じた。

「あの、柴江さんって……。私の身内なのですか?」

「なにを言っている」

クスリと笑うと、麒麟様は車に乗り込んだ。

「お前の祖母だろ?」

え……?

おばあ、ちゃん……?

どこか遠くから、蝉の声がした。


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