7、雪目と禰霧
あやかしの世界についた。いつも来ると気分が晴れやかになるのに今日はそうは慣れなかった。
『呪われた百代目』。これは、いったいなんなんだろう。
「あの、禰霧。さっき言ってた……」
我慢しきれずに聞くと、私の話を遮るように派手なキャピキャピとした声がした。
「キャーーーっ!!ね、む、くぅ〜〜ん!!」
どさりと美しい菊の咲く着物をきた人狐の妖怪が禰霧に抱きついた。ふさふさな尻尾が犬が喜ぶときのように振られている。
突然のことに、禰霧も目を見開いた。私も目を見開くことしかできなかった。
「っは?」
「もーね、ずっと会いたかったの!!とてもとても寂しくてぇ………」
すりすりと禰霧の胸に顔をうずくめる彼女の周りに、現実にはないが、小さな可愛い花が咲いているように見える。
「……おい」
スッと彼女の首筋に当てられた刀。彼女の動きがピクリと止まった。
「セイ……?」
一体、どうしたのだろう。
刀を首筋に突きつけているセイの表情には怒りが浮かんでいた。
「……どういうつもりだ、雪目」
っ……!!雪目っ!?
振り返った雪目の、澄んだ緑色の綺麗な瞳が、三日月のように細くなった。
「気づくのが早いのね、青竜」
睨むような瞳がセイの瞳を射ぬく。
「お久しぶり。朱雀ちゃん」
見つめられたその目に込められた憎しみと敵意に私はゾクリと寒気がした。
「あーあ、その目いいね。その、怯えた感じ。ほんっとに……」
「雪目。用件を言え。なぜ現れた」
雪目の首筋に突きつけている刀に力を入れると、セイは鋭い視線を雪目に送った。
「はん。毎度毎度、わらわの楽しみを潰してくれるねえ、青竜。まあ、今回は多目に見てやるわ。わらわが今日現れた理由は禰霧君に会うためと、朱雀ちゃんに伝言を伝えるためよ」
伝言……?
っ……!!まさか……!!
雪目はにやりと笑うと、私の耳に口を寄せた。
「……心配しないで頂戴。あの女人は生きているわ。わらわが伝えたいのは、暗姫が更にゲームを楽しむための追加条件よ。暗姫がそれだけじゃ、つまらないと言われていて」
追加条件……?
「それはね……」
耳元で囁かれた、その条件に、私は目を見開いた。
「そんなことっ……」
「ふふふ。どうするか、楽しみだわ」
出来るわけがない。けど……。選ばないという選択肢はない。
「朱雀。なにを言われた」
「ううん。たいしたことじゃないから……」
言えるわけがない。
セイの命もかかることだから。
「そうか」
セイは一様納得したけど、まだ、疑いの目をしていた。
「そ、れ、に、し、て、も〜〜!!」
雪目はピョンと跳ねて、禰霧に抱きついた。
「禰霧君〜!!また会えたわね〜!!」
また……?雪目と禰霧は昔からの知り合いだとか?
「あ、ああ。雪目」
けどそれは全部……」 涙を目尻に溜めて、雪目は私を睨んだ。
「この女のせいよ」
え……?私の、せい……?
「違う、雪目。朱雀は……」
「違わないわよっ!!セイッ!!」
いままで、青竜と呼んでいた雪目は、昔から、セイと何らかの関係があったみたいだった。
「いままで仲良かった私たち三人組を壊したのも、この女。禰霧君を殺したのもこの女。お母様を苦しめているのも………」
「違うといっているだろっ!!」
常に冷静なセイが声を荒げた。
私は、雪目や、セイ、ハクト、禰霧にも、一体、なにをしたの?
「違うんだ。全ては、麒麟様と……。柴江様がやられたことだ」
柴江……?
暖かくて、なんだか懐かしいその名前の主の顔を、私はどうしても思い出せなかった。
「どうして……?どうして禰霧君は死ななければならなかったの?死ななければ、私はこんな苦しまずにいれた。禰霧がわっちの手には入らないことは分かっていた。でも、死んでいるよりは、生きて、あの女と幸せになったほうがましよ!!それに、こんなこと、しないで済んだ!!」
はらはらと、雪目の目から、澄んだ涙がこぼれた。禰霧も辛そうに目を伏せた。
「……憎い。憎いわ。柴江も。麒麟も。あんたも」
強い憎しみが込められた目が真っ直ぐに私を見た。
「さっきいったこと、忘れないで頂戴ね、朱雀ちゃん」
雪目はそれだけいうと、身を翻して、姿を消した。
「雪目……」
せつなげなその禰霧の声から、二人は本当に愛し合っていたのだと思う。そして、それを壊したのは……、私……?
さっき言われた追加条件。それは……。
『もし、朱雀ちゃん一人で来たら、あの女人とあなたを殺す。けど、青竜か白虎に飲ませたら、死ぬのは青竜と白虎の二人になる。さあ、どっちにする?』




