6、百代目
「朱雀ちゃん」
唐突に声をかけられ、私は慌てて裕太から離れて、涙を拳で拭った。
「ハクト……」
ハクトの姿をみて、私は、謝らなくちゃ、と思った。
「ごめん。私、なにも考えないで訓練してた。だからね、これから探そうと思って。私が訓練をする理由。それでねっ……」
「……あのさあ」
いつもと違うハクトの雰囲気に私の肩がビクリとすくんだ。
「うざいんだけど。そういうの」
え……。
なんで……。
「これから理由を見つける?はあ?馬鹿じゃねえの?今見つかっていないんだろ?じゃあ、一生見つからねえよ。第一に、迷惑だよ、君」
迷惑……!!
ハクトは、そんな風に思ってたんだ。
「どんだけ苦労してると思ってんの?君を外から守るの。大体、神のことを全然知っていないよね。それにさ……」
「禰霧!!」
背後からセイが現れて、ハクトの肩を引いた。
禰霧……?
「ねえ、セイ。禰霧って……?」
「ああ、こいつは……。説明するのが俺には難しい。朱雀、まだ、麒麟様には会ったことないな。これから会いに行く。丁度、俺も麒麟様に用事があったから、そこで全て語ってもらえ」
麒麟様に、会いに行く……?
ドクリと心臓が音をたてた。
あの麒麟様に、遂に会えるの……!
「セイ、こんな小娘を麒麟様に会わせるのか?ふざけるなよ。あんなに尊い方をこんなやつに」
早速反論したハクト、いや、禰霧をセイは鋭く睨んだ。
「ふざけるなとはこっちの台詞だ、禰霧。お前こそ口を慎め。そして、身分をわきまえろ」
カチンと、場の空気が凍った。
「俺は青竜神で、こっちは朱雀神だ。ただの悪霊のお前が口のきく相手ではない」
「っ!!なんだとっ!!」
禰霧は一瞬にして目をつり上げセイに詰めよった。
「じゃあ、お前はコイツが一人だけ浮かれて、呑気に生きていくのを平気で見てられんのかよっ!?あり得ないだろ!?俺は耐えられない!!ふざけるな!!コイツは知らなすぎるんだよ!!神や自分のことについて!!それに……」
「口を慎めと言ったのだ、佐屋ノ馬禰霧」
セイの静かに、けど重みのある声に、禰霧は口を閉じた。
「……そりゃ、わかんねえよ。教えて貰えなくちゃ」
いままでずっと黙っていた裕太が口を挟んだ。
「フン。彼氏気取りかよ」
禰霧が馬鹿にしたようにいって、裕太は怒りで拳を震わせた。
「やめろ、禰霧。清浄紙を貼るぞ」
『清浄紙』と聞いたとたん、禰霧の目に恐怖の色が浮かんだ。
「行くぞ、朱雀。麒麟様のもとに」
「う、ん」
差し出されたセイの手を恐る恐る握る。
「朱雀っ!」
裕太の声に振り返って、私は少し息を飲んだ。
なぜかわからない。
けど。
裕太の目が行くな、と言っていた。
「……ごめん、裕太」
私の静かな声に、裕太は表情を堅くした。
「自分について、知りたい。自分が何者なのか、はっきりさせたい。だから、ごめん。行ってくるね」
知るのは怖い。けど、知らないでこれから生きていくほうが怖い。
「……行ってこい」
裕太は軽く頷いた。
「けどセイ。さっきの話、忘れるなよ」
さっきの話……?
「……分かっている」
少し伏せられた、セイの長い睫毛。
その瞳が、ほんの少しだけ苦しげに揺れた。
いったい、裕太と何があったのだろう。
「早くいこうよ」
禰霧に急かされ、セイはあやかしの世界にいくための呪文を唱えた。
「けど、あんまり調子乗るなよ、」
セイ越しに嫌な笑みを浮かべた禰霧が私の顔を覗く。
風が、耳元で勢いよく唸った。
「……『呪われた百代目』さん♪」
呪われた……百代目……?
それは、一体……。
体を冷たい風が貫いていった。