5、禰霧
《セイ》
振り上げられる、拳。
管野裕太は俺を殴るつもりなのだろう。
俺はその拳をじっと見つめた。
こういうのには……。慣れていた。殴られることに慣れるとは、変な話だが、実際、俺はその振り上げられた拳を見ても、怯えないぐらい、慣れていた。
「……運命って、なんだよ」
俺が怯えないことを悟った管野裕太は、弱々しく手を下ろした。
「昔……。といっても、10年ほど前に決まっていたんだ、朱雀の運命は」
「ふざけんなよ!!誰が決めたんだよ、そんなの!!」
「それは……麒麟様と……」
いっていいのか、あの事を。
朱雀の、ただの、幼馴染みである、というだけで。
「麒麟様と……、なんだよ」「いや……。言えない。俺の口からは」
「はあっ!?じゃあ、誰ならいっていいんだよっ!!」
「麒麟様か……。朱雀本人からだ」
「でも、朱雀はまだ、知らないのだろ?」
「ああ」
言ってはいけない。まだ、朱雀が知るには早すぎる。そして……。今の朱雀には耐えられないだろう。いかに、自分が重大な人か知らない今の朱雀には。
「……まあ、なんかがあったとしても。そこに、朱雀の意思はあるのか?」
意思……?
「朱雀は戦うことを望んでるのか?
「それ、は……」
っ……!!そう考えてみれば、あのとき。
朱雀が力を暗姫に取られそうになったとき。もしかしたら、朱雀は自ら力を失いたくて、行ったのかもしれない。
朱雀は……。
戦うことを望んでいないに違いない。
今も、目的なく訓練してるに違いない。
訓練はスポーツじゃない。だからゴールは、ない。
今は、言われてるからやっていのだ。
もっと言えば、朱雀は、あやかしの世界に来ている理由すらないのかもしれない。
「……よく考えろよ。朱雀のこと」
管野裕太は俺の肩に拳を叩きつけると、暗い表情で広い廊下に歩き出ていった。
「………意思」
考えたこともなかった。 聞いたこともなかった。 やはり、朱雀は……。
「……はぁ。人間に一枚やられたな」
俺は深くため息をついた。
そして、壁に寄りかかると、もう一度深くため息をついた。
《朱雀》
これなら、どうしよう。約束の日は金曜日。まだ時間はある。なら、訓練を積むべき?でも、決め字と得意術を見つけるほうが優先だよね。けど、それより……。
「夢……」
今頃、なにを感じてるのだろう。なにを思ってるだろう。
嫌な思いをしていないかな。辛い思いをしていないかな。
傷つけられていない?
苦しめられていない?
いち早く行かなきゃ、夢のもとに。夢を一人にする時間を少しでも短くしなきゃ。
私は早く、早く……。
「……あっ。朱雀!!探してたぞ……って……。お前……」
「え……。裕太……?どうしたの……?」
なぜか、駆け寄ってきた裕太が、私をみて、目を見張った。
「お前……。なんで……。泣いてるんだよ」
「え……」
泣いて……いる……?
恐る恐る手を頬にのばすと、湿った涙が手に滑り落ちた。
「なにかあったのか?なにか、ハクトにされたのか?夢は?」
「夢……」
どうして泣いているの、私は……。
「夢がどうしたんだよ。朱雀。泣くほど辛い思いをしたのか?」
辛……い……。
「うわあああぁぁぁあっっっ!!」
「っおい!朱雀!?」
我慢しきれずに、私は裕太に泣きついた。
「夢がっ……!!夢が!!私……!目の前で……!!夢を……!」
目の前で夢を連れ去られたときの虚しさ。
まだまだ弱い自分への悔しさ。
夢を、あやかしの世界に関係のない夢を巻き込んでしまった愚かさ。
そんな気持ちが一気に押し寄せてきて、涙が止まらなかった。
「朱雀……」
そっと背中にまわされた、裕太の大きな手。
そのまま、体をきつく抱き締められる。
私もそんな裕太の優しさに甘えて、よりいっそう泣いた。
「大丈夫だ、朱雀。お前には俺がいる。俺が味方だからな」
耳元で囁かれる温かい声に、私はただただ頷いた。
《セイ》
「っ……」
管野裕太に抱きつく朱雀。小さく肩を揺らしている。
泣いているのか?いや、俺は管野裕太と朱雀が抱き合っていることを直視したくなくて、理由をつけたくないだけだ。
管野裕太と朱雀が……。 恋仲である……。
認めたくない。認められない。嘘だよな、嘘に決まってる。
でも、あの姿が、恋仲であることを物語っている。
胸が痛くなった。苦しくなった。
そして、俺はその気持ちの正体を知っていた。
『嫉妬』だ。
管野裕太が羨ましくて、けど、憎くて。ただ、嫌で嫌で。見たくなくて……。
俺は目を逸らすと、身を翻した。
「ハクト」
いつのまにか、後ろにハクトがいたようだ。
しかし、ハクトは冷たく硬い表情で、目に静かな炎を燃やしてた。
「……楽しそうだね、朱雀ちゃん」
低く、暗すぎるその声に、俺は目を見開いた。
「ハクト、お前!正気に戻れ!!発作が起きそうだぞ!!」
「発作?病気みたいに言わないでおくれよ。僕はただ、怒ってるだけだよ。朱雀があやかしの世界で起こってる危機を知らなすぎて。いままで、訓練中だったから、必死に外から守ってきたけど……あれはふざけてるよね」
ハハッ、と、ハクトは嘲るように笑った。
「分かってる。だが、駄目だ。出てくるな。お前は、朱雀を傷つけてはいけない」
「傷つけてはいけない?出てくるな?」 今度は、本当に可笑しそうにハクトは笑った。
「戻れ!!お前はハクトだ!!この体はハクトのものだ!!」
「フフっ」
ハクトは白い髪をかきあげた。
「もうおっそいよっ。セイ!ははッ、禰霧、登場♪」
そういったハクト、いや、禰霧の瞳が、深い藍色になった瞳が楽しそうに俺を見た。
《???》
「禰霧……。やっと現れてくれたのね……」
嬉しくてたまらない。溢れる嬉しさと、『憎しみ』。
「フフっ♪」
あーあ。ほんっとに、面白い♪
今回も楽しませてね、朱雀ちゃん♪




