4、萠埜雪、再来
《朱雀》
『意味もないのに、力を使わないでほしい。意味もないのに、訓練とか、しないでほしい』
ハクトの言葉が胸に突き刺さって、抜けない。
意味……、か。本当に、なんで私は力をつけているんだろ。
自分を守るため?
他の人を守るため?
私は……。
その時、
「イヤッーー!!」
という、夢の悲鳴が聞こえた。
「夢!?」
私は俯けていた顔を、素早く上げた。
【その、数分前】
《夢》
「どうしたんですか?榎本先生」
私は前をまっすぐどこかに進む、榎本先生を見上げた。
スラリとした体型に、知性のある目。
いつみても美人だな。
「あのね、坂本さん。今日は、相談があって」 相談?
「私に……ですか?」
去年、特別、先生と仲良かったわけじゃないのに……、どうして?
「ええ……。今、忙しい?嫌なら、いいんだけれど……」
「あ、いえ、別に嫌とかじゃなくて。分かりました。私でいいなら」
「本当?ありがとう!坂本さん!……そしたら、私についてきてまらえるかしら?二人きりになりたいの」
「はい」
私は榎本先生の後に続いて教室を出た。
「あっ……」
ある人物が目に入ってきて思わず足を止める。
「ん?どうかした?」
「あっ、いえ」
振り返った榎本先生に小走りで追い付く。
ある人物……、朱雀はなんで、一人でいたんだろう。ハクト君はどこに行ったのかな。
あ、あと、セイ君と裕太君も。
まあ、それはいいとして。
「……榎本先生、なんか、雰囲気変わりましたね」
その言葉に、僅かに、本当に僅かに榎本先生の目が見開かれた。
「……そうかしら?」
「はい。なんか、大人の冷静さを感じる雰囲気になったというか、あ、悪い意味じゃなくて。ほら、前は、もっとほんわかしていたじゃないですか」
「そうね……」
榎本先生は少し、目を伏せた。
それによって、榎本先生がかけている眼鏡のレンズがキラリと光った。
「……まあ、当たり前かしら」
「え……?」
当たり前……?
榎本先生はにっこりと笑った。
それって、どういう……。
聞く前に、二の腕を強く捕まれて、近くにあった、空き教室に、素早く連れ込まれた。ドアが素早くしまる音が背後から聞こえる。
「え、先生?これは……」
頭が上手く働かない。な、なに?これは?
「動くな」
耳元で囁かれ、私は出しかけた足を止めた。
「くっ!!」
首をドアに押さえつけられ、私は呼吸が苦しくなる。
「なっ……っはっ!!……あっ、あなた、はっ……」
「私か?」
首を押さえつけていた、榎本先生、いや、榎本先生のふりをしている人が言った。
「私はな」
その人はにやりと笑った。そして、その目の色が、じわじわと紫色に染まっていった。
「妖狐じゃ」
妖……狐……?それって……!!
私の目の前でその妖狐の姿が変わっていった。
着ていたブラウスとスカートは水色がかった白い着物になり、髪もずいぶん伸びて、白く光っていた。
顔立ちも、つり上がりぎみの美しい目、まっすぐな鼻筋、艶のある唇へと変わっていった。
「なぜ……私を……」
息が詰まりそうになりながら、私は尋ねた。
「なぜかって?」
ニヤリと口角が上げられて、ギラリと犬歯が光った。
「お前は囮だ」
囮!?それって、やっぱり、朱雀ををおびき寄せるための……!!
「……そんなんでっ、朱雀はっ……、来るかしらっ……!!」
私は怯えながらも、挑発的に、その妖狐を睨んだ。
「来ないよ朱雀は。だから……」
「うっ……!!」
喉に爪をたてられ、背中がぞくりと、寒くなった。
「だから、少し、傷つけさせてもらおうか」
「っ!!」
その妖狐の目が、獲物を見つけたハイアナのように、楽しげに細められた。そして、その妖狐が長く鋭い爪をもつ手を振り上げた。
「イヤーーッ!!」
喉が切り裂けてしまいそうな声が、私の身体を貫いた。喉により深く妖狐の爪が食い込んだ。
やめて、やめて!!それを降り下げないで!!怖い!!痛い!!嫌だ!!
色々な恐怖が心の中を占めた。
「……夢ーーー!!!!」
ドアが勢いよく開いて、聞き馴染みのある声が、私の耳に入った。
《朱雀》
「夢ーーー!!!!」
その部屋を見つけると、私は力一杯叫んだ。
「夢っ!!萠埜雪!?」
なんでっ!?なんで萠埜雪が!?
「久しぶりじゃな、朱雀」
萠埜雪は私の姿を確認すると、夢に爪を立てていた手を下ろした。苦しげに息をついていた夢が、息を荒げながら呼吸をした。
「なにをしてるの!?なんで夢を!?なんでここにいるの!?」
私は一気にまくしたてた。
夢を傷つけようとした奴は、どんな奴でも許さない!!
「朱雀……、その萠埜雪って妖狐、榎本先生に化けてたの。それから、私をおと……」
「それ以上いうと殺すぞ」
萠埜雪のその低い声に、夢は直ぐに口をつぐんだ。その瞳には恐怖の色が浮かんでいる。
「私の目的は、おぬしを殺すことだけじゃ、朱雀」
っ!!なに、それ!!
「……どうしてっ!?どうしてそんなに私を殺したがるの!?」
暗姫の命令?でも、それなら殺す必要がないはず。それならどうして。
「……それは、それは……!!」
萠埜雪は何かを我慢しているように拳を握って、唇を噛んだ。
「おぬしの!!アイツが!!あのやつが!!」
私の……なに?
アイツって?
「アイツさえいなければ!!アイツのせいで!!私も!!あの子も!!不幸になってしまったんじゃ!!ああ、この手で潰してやりたい!!おぬしも、アイツも!!そしたら!!わっちらは!!わっちらは!!」
萠埜雪さんの口から出る、『黒い、言葉』。
潰したいとか、アイツのせいだとか。
けど、どうして?
どうして、そんなに泣きそうな顔をしているの……?
「……わっちとしたことが。取り乱してしまった。朱雀、おぬしを殺してやりたい理由はいえない。暗姫の命令じゃ」
そんなに、大切なこと……。一体なんだろう。
「けどな、朱雀。アイツは死んだ。殺されたのじゃ」
ズキリと心臓が痛んだ。死んだ……?
ぜんぜん誰だか、わからないその人。
なのに……。
どうしてこんなに切なくなるの?
どうして、心臓がキュゥッと縛られた感じがするの?
「……つまり、今、わっちのターゲットはおぬしだけなのじゃっ」
その言葉に嫌な予感がして、私は顔を上げた。
「朱雀!!逃げて!!」
夢の声が聞こえて、私は慌てて後ろに飛び退いた。
今まで立っていたところに、毒針が数本刺さっていた。
「ふん。のろまな。まだ神になれておらんな」
萠埜雪は、机の上にひらりと降り立つと、にやりと笑った。
私はそっと、手を握った。
『神解放!!』
心の中で叫ぶと、腕の赤い印がカッと熱くなった。体に力が溢れだす。
「ほお。力を使うか。それならわっちも力を使わせてもらうわっ!!」
ボワッと、萠埜雪を包んでいた空気が変わった。 濃い青色の光が萠埜雪を包む。
「冷結冬乱!!」
萠埜雪がそう叫ぶと、辺りの空気が萠埜雪の手に集まった。
「裂!!」
その瞬間、たくさんの氷の線が、私目掛けて飛んできた。
「防包断激!!」
負けじと叫ぶと、私の手から、赤い、光が出て、その氷を押し止めた。
「ほお。弱いな朱雀」
「くっ……!!」
圧迫されて、氷がじわじわと攻めてくる。
「もしや、朱雀。おぬし、まだ決め字が決まっていないのじゃな」
「っは……!!」
そう、私は、まだ決め字がない。
決め字とは、得意術と共に決まる、大切な文字で、術の仕上げとして、力を纏めたり、増したりするものだ。萠埜雪のは、『裂』なのだろう。
「朱雀、よく聞け」
静かな、落ち着いた声が私の耳に流れ込む。
「今日、私がここにきた理由は、残念なことに、おぬしを殺すことじゃない。暗姫の命令できた。命令はこうだ。『朱雀の囮を捕まえろ。また、それと引き換えに、あの薬を青龍か白虎に飲ませろ。ただし、途中で、誰かに他言したりしたら、即、囮を殺す。もし、どちらも嫌だというなら、十五の夜、一人で、並榎橋までこい』」
っ……!?な、なにそれ……!!
「暗姫は力を貰えるなら誰でもよいようじゃ」
「っでもっ!!そんなこと、できるわけっ!!」
「それなら、坂本夢を殺すぞ、朱雀」
「っ!!」
「わっち的には、お前が一人でくるのが、おすすめだかな」
そうか!一人でこれば、誰も傷つかない!!
「それはやめて!!朱雀!!朱雀が傷ついちゃうよ!?」
夢が、術の熱さによって、辛そうに眉をしかめながら、言った。
「それでも!!私のようなどうでもいい人がいなくなるほうがっ……!!」
「ほれ。薬じゃ。一様、渡しておく」
透明な液体が入った瓶が飛んできて、私は思わず、術を止め、それを受け取った。
「よくかんがえておくのじゃ、朱雀」
「うっ!」
萠埜雪が夢の首の付け根を容赦なく掴んだ。
「夢!」
私は、弾丸のように夢に突進した。
「フッ。朱雀。また会う日まで」
「待てっ!」
叫ぶも、むなしく、
「夢!」
二人の姿は私の前から姿を消した。
「……すぐ助けにいくから。夢。待ってて」
絶対に、助ける。
大きな決意が、私の心に火を灯した。




