【第2部】1、学校祭のはじまり
『泣かないで、朱雀』
温かい手が優しく私の頬を撫でた。
『うっ……、でもっ……』
私は何故か泣きじゃくっていた。
『朱雀、それならおまじないを教えましょう』
『おま……じない?』
私はその言葉にやっと顔をあげた。
『そう。おまじない』
その人はいたずらっぽく笑うと、私の耳に口を寄せた。
『おまじないはね、○○○○○、よ』
『○○○○○……?』
『そう』
その人はそっと微笑んだ。
『うん!!』
つられて私も向日葵のような笑顔を浮かべたーーー。
「……わっ」
私は慌てて布団を撥ね飛ばした。
もう窓から朝日が差していて、目覚ましがしつこく音を鳴らしていた。
「っ……、もう朝か……」
寝ぼけた頭で、私は今、なにを必死になっていたのか、考えた。
そうだ……、夢、をみていたんだ。
聞き覚えのある優しい声、馴染みのある柔らかい手。そして……、なにかのおまじない。
はあ……。思い出せない……。
ここ1週間ぐらいみている同じ夢は、いつも、この夢で話している人と、そのおまじないを思い出せなかった。
「なんなんだろ……」
温かい夢。優しい夢。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
「……準備するか」
勢いをつけて、ベットから下りると、壁にかかっている制服に手を伸ばした。
そのとなりには、朱色の着物がハンガーにかかっている。
「……よしっ」
一つ、気合いをいれると、ブラウスをハンガーから外した。
あの日のことから、私は休みや放課後になると、あやかしの世界へいって、セイとハクトに戦いかたを教わった。
おもに、術のやり方だ。どうやら、技一つ一つに決まった術があるらしい。また、ひとりひとつは得意術があり、セイとハクトは自分で編み出したものだ。
私はまだみつかっていなかった。
けど……、あの夢が、なにか、関係している気がしてならない。
「……気のせいかなぁ〜」
考えすぎなのかもしれない。
「あっ!朱雀!!おっはよ!!」
声をかけられて顔をあげると、夢と裕太が私を待っていてくれていた。
「おはよ。裕太、夢」
「はよ」
「おはよ。ところでさあ、朱雀。調子はどうなの?あの、えっと、あっちの」
あっち?ああ、力のことか。
「それがね、得意術がまだ、分かっていなくて……。遅いのかなぁ」
「いいんじゃないか?焦んなくて」
「そうだよ。ゆっくりゆっくり」
優しい二人の幼なじみは私を励ましてくれた。
「うん。ありがと。それよりもさ、学校祭、楽しみだね」
そう。そろそろ、学校祭の季節なのだ。
「あ〜、なにをするんだっけ」
「え〜、覚えていないの?執事、メイド喫茶でしょ?」
「頑張ってね、裕太。執事姿、楽しみにしてるから」
「おまっ、他人事だと思いやがって!!」
「だって、私はやらないもーん」
今回、私は裏方で、料理を作る係になったため、メイド服をきる必要性はない。かなり、やれと言われたけど、私は頑として首をたてにふらなかった。
その代わり、裕太と夢はそれぞれ、メイドと執事になることになった。
「……みてみたいな」
「あ?」
裕太が顔を私のほうに動かした。
「似合うだろうね、裕太なら」
「はっ……、べ、別に。当たり前だろっ、似合うのな、なんて。だって、この俺さ……」
「メイド服」
うんうん、似合いそう。みてみたい。
「お、ま、え〜!!」
「へあ!?」
バシンと、頭を叩かれる。
「なに、なんで叩くの!?」
「こっちの身にもなってみろ、アホ!!」
「はあ〜?」
なに、コイツ!やっぱ、ムカつく!!
「まあ、二人とも、そこらへんでね」
おろおろと夢が止めに入るが、私たちは喧嘩をやめなかった。
「ほんとになんなの!?この、猪!!」
「猪だあ!?うるせえ、山猿!!」
「山猿だと……」
「……ねえ、二人とも?」
背後で、恐ろしい声がして、私たちは恐々と振り返った。
「喧嘩、そろそろやめよっか」
黒い笑みを浮かべて、夢はぼきぼきと指をならした。
「「………はい。ごめんなさい」」
揃って頭を下げる私たち。
夢を怒らせてはいけない、ということは、私たちが5歳の頃からの鉄則であるのだった。
「………それで、朱雀たちのクラスは『しつじ、めいどきっさ』というやつをやるのか?」
「うん!そうなんだよー!」
学校が終わって、訓練に一区切りがついたところで、私はセイと縁側に座って雑談をはじめた。
「朱雀は着ないのか?その、『めいど』の服」
「着ないよ〜」
恥ずかしくて、着れるわけがない。
「……そうか。みてみたいけどな。その『めいど』の服をきている朱雀を」
「え……」
みて、みたい?
「朱雀が制服や着物を着ているところ以外、みたことがないから、よくわからないけど、似合うだろ。朱雀なら」
「なっ、なんで、そんなに断言できるの」
頬が熱くなって、私はそっぽを向いた。
「朱雀は……、可愛いおなごだから。なんでもあうだろ」
え……。か、可愛いおなご……?
「な、なにいってるの。ま、まったく!」
「本当のことだろ」
………ああ、ズルい。
私はそう思った。
そういうことを、さらりと言っちゃうんだもん、私だって、照れるよ。
「……行ってみるか、その、学校祭とやらに」
「へ!?」
「これないことはない。自由に行き来できるからな」
く、来るの!?
「いっていいか?」
えー……。
「だめ、じゃないけど……」
「じゃあ、行く」
こうして、二人が学校祭に来ることが、正式に決定されてしまったのだった。
そして、当日。
「えーーー!!!!」
望んでもいない、ハプニングが、私に舞い降りてきてしまったのだった。