番外編①セイは、何故か、彼女に惹かれた。
《セイ》
人の世界からきたという彼女は、あまりにも無防備で、あまりにも幼かった。
いや、年齢は同じぐらいだろう。しかし、彼女はこちら側のあやかしの世界を、憎しみと欲望で溢れるこの世界を、知らなすぎたのだ。それだから、彼女は簡単に口車に乗せられ、そして、傷ついた。
彼女の名前は、武井朱雀といった。
真っ直ぐに輝く薄い色彩の瞳。小さな、真っ直ぐな鼻となにかの果実のような唇。長い睫毛と、優しげな目元。豊かな茶色の髪の毛に、色気のある首元。
可愛らしい、まだ、人間である少女だった。
だが、今はもう、神になった。いや、違う。神であることを認めたのだ。日々の訓練と実戦で、彼女がメキメキと強くなっていくのを感じた。
まだ弱々しかったときのこと………。初めてであったあの日のことを、俺は無意識に思い返していた。
あの日は麒麟様に助言をいただく日だった。
ハクトと二人で麒麟様の屋敷で案内された畳間に座ると、麒麟様はすぐに口を開いた。
余程、緊急なものらしい、と、二人とも身を硬くした。
「……今宵、朱雀が現れる。注意して捜し出せ。あいつらも、目を皿にして捜しにくるだろう。アイツは予言者を通して知っているだろう」
あいつらとは、暗姫が頂点にたつ、夜暗並組だ。
暗姫は、少し前まで、莫大な力を持っていた。しかし、あの事件で、麒麟様によって、力を封印された。いまや、予言もできなくなってしまった。
「あと、もうすぐ、アイツの力が暴れ始めそうだ。儂の力に抵抗してきている。用心しろ、青龍、白虎。奴はすぐ近くにいる」
もう少しで、あの力が暗姫に戻る。
恐ろしい話に俺たちは身を震わせた。
「……話はこれだけだ。もういってよい」
「はっ」
俺たちは短く返事をすると、深く頭を下げてから、麒麟様の屋敷を後にした。
「本当に恐いよね。暗姫の力が戻ってくるなんて」
「ああ」
あの事件が起きたのは6年前。まだ、力のコントロールが出来なかったときのことだった。
「けどさあ、朱雀ちゃんって、どういう人だろう?可愛いかな」
にこにこと足を動かしながら、ハクトがくだらないことを訊いてきた。
「さあな。なんだっていいだろう。第一、まだ女か男か、幼児か、熟年かも分からないんだ」
「確かにね。でも、僕は女の子だと思うよ?」
俺はセイの妙に自信満々な答えに眉を潜めた。
「どこからそんなに強い確信が生まれるんだ」
「んー」
あきれがおの俺をちらりとみると、ハクトは、可愛らしく口に手をあてた。
「僕の感、かな?」
はっ。女たらしめ。
俺は心の中で、小さく笑った。
ハクトの可愛らしい顔立ちは、昔からまったくといってよいほど、変わらない。 そんな綺麗な顔立ちが嫌だというハクトは、いつもなからわがままだと思う。
「今日の晩飯、なんだろうな〜」
「焼き魚じゃないか?昨晩は、煮魚だったからな」
「う〜ん。あれ食べたいな、あれ。えっと、なんだっけ。ぬらりひょんがいっていた、人の世界にある、『米』って国が作った、ほら、ありえないぐらい美味しいっていってたやつ。えっと………」
「『はんばーがー』とやらか?」
「そうそう。それでさ……」
ぐたぐたとくだらない会話が続いた、その時。
「やめてーーーー!!!」
澄んだ女の声が近くで聞こえた。
近くにあるのは、電拓通り。あっちのほうだろう。
俺は、人技にはみえない、超人的な速さでそこに向かった。
「セイ!!どうした!!」
それだけで、ハクトがなにをいいたいのか、だいたい掴めた。
つまりは、いつもは外では滅多に、争い事の時以外、神の力を使わないのに、なにも言わずに使っていたことを不審に思ったのだ。
「しらぬ!!なにか、感が働くんだ!!俺たちは助けなきゃいけない運命なんだ!!」
「……感が働くのはどっちだよ」
未練たらしくいうハクトの言葉を、俺は軽く無視した。
「ふん。だれも助けにきてはくれんわい」
憎たらしい、身に覚えのある敵の声がした。
やはり、夜暗並組はもう動いていたか。
無意識にチッと、軽く舌打ちをした。
そして、俺はその少女をみた。一目で、この人が朱雀だということが分かった。
俺は考えるまもなく、背後から雪目を襲った。
「ぎゃんっ!!」
無防備だった雪目が小さく叫んで倒れた。
「大丈夫かっ!?」
俺は朱雀にかけよった。体がふらふらと揺れていたからである。俺は慌てて朱雀を抱え込んだ。
俺の腕の中で、朱雀はぷっつりと目を閉じた。
「大丈夫?その子」
セイが心配そうに朱雀の顔をのぞきこんだ。
「ああ。気絶したみたいだ」
「あ〜、その調子じゃあ、神だってこと伝えるのは、後々の方がいいかもね」
「そうだな。しばらくは様子をみるか。まあ、本人が望んだら話すことにしよう。」
「わかった」
俺たちは、月が光る家路をゆっくり歩いた。
「いやでもさ、やっぱり、可愛い女の子だったね」
俺は朱雀の寝顔をみた。頬に触れそうな長い睫毛に、林檎のような頬……。
「……さあな」
俺は小さく呟くと、月に負けないぐらい輝いている星たちを見上げた。
「……星、綺麗だね」
一緒に見上げたハクトが、感心したように囁いた。
「……ああ。綺麗だ」
堂々と輝く星たちはまるでひとつひとつが太陽のようで。
あの方もあそこにいるんだよな。
と、俺は心の中で呟いた。