15、仲間
「…………………ん」
目が覚めたのは、多分、明け方だと思う。明るい太陽が部屋を照らして、外で鳥の、おそらく雀の鳴き声が聞こえた。
そして、その部屋には、畳間には見覚えがあった。
……ここ、セイとハクトのお屋敷?
なんで、私はこんなところにいるんだろう。
確か、萠埜雪さんについていって、暗姫にあって、セイとハクトと萠埜雪さんが争っていて………。
あっ。そうだ!私は力を消す薬を飲んだんだ!
じゃあ、もう力は使えないの……?
私はそっと手を上げると、心の中で唱えた。
ーーー私の力がまだあるのか、ないのか、証明されますように。
私はそっと目をつぶった。
………………………………………………………………シーン…………。
やっぱり、なにも起こらない。本当になくなっちゃったんだ。
少しだけ、それを寂しく思う。
私はため息をついてから、目を開けた。
すると…………。
「………あれ?」
目の前に、小さな白い花がぷかぷかと浮いていた。
「な、なにこれ」
そっとつかんでみると、花は嬉しそうに、身を震わせた。
……………え、ちょっと待って。意味が分からない。力は消したはずなのに。
これはどういう…………。
私がパニックになっていると……。
『バンッ』
勢いよく、障子が開いた。
「あ、セイ」
目があって、私はかける言葉に悩んだ。
しかし、セイはそんな私の意に反して、つかつかと近寄ってきた。
怒られる……!
恐くなって、ギュッと目を瞑ったとき、
ふわりとなにかが、私の体を包んだ。
「え」
目を開けると、頬をなにか、固い藍色の布に、セイの着物によく似た布に押し付けられていた。
そして、何故か、柔らかい上品なセイの香りがした………。
って、この状態……!わ、私、セ、セイに、だ、抱きしめられている!?
「え、あの、これはっ、どういう……」
どうしよう。頭が完全にフリーズしている。
慌ててもぞもぞと体を動かすと、セイは更に腕の力を強めた。
心臓が早鐘を打って、身体中の熱が全部顔に集まった気がする。
それに反して、頭は真っ白だった。
「……おぬし、なぜあんな馬鹿なことをしたんだ」
低く、セイが耳元で呟いた。私は一息つくと、腹を括った。
「……私ね、ある人を殺してしまったの」
「殺してしまったのか……」
「うん。美人で人気者の転校生。その転校生がね、私の力のことを知ってしまって、それを弱味にどうしても引き受けられないことをして、って頼まれた。そして、その時、頭の中のなにかが、私に囁いていたの。『そいつを殺せ』って。嫌だ嫌だと抵抗してたんだけど、最後は負けちゃって……。手をあげちゃった。そのときに、力なんかいらない、消してやるって思った。そしたら、萠埜雪さんが現れて、力を消してやるって言ったから、ついていったの」
忌々しい私の力はまだ、私のなかに残っている。そう思うと、心に苦しみが広がった。
「……おぬしが自分の力を消したところで、その殺したやつの償いになるのか?」
っ!!それ、は。
「むしろ、その力を世に役立つことに使う方が償いになると、俺は思う。朱雀、それは自己満足だ」
自己満足………!なにかが、プツリと切れた。
「だって、私だって、世に役立つことに使おうと思ったよ!?けど、出来なかった!!欲望に負けたの!!」
悔しくなって、涙が目に滲んだ。
「……悪い。自己満足は言い過ぎた。しかし、朱雀。それはお前の欲望ではない」
え……。どういうこと……?
「まず、暗姫は昔から我々、神の力を喉から手が出るほど欲しがっていた。いや、昔からではない。ある事件からだ」
ある事件……?
「そのことについては、俺からは言えない。麒麟様しか、話す資格はない。それで、その暗姫が隙はないかと目を光らせているときに、まだ弱々しい、おぬしがちょうどよく現れた。暗姫は喜んで、前々から考えていた作戦を実行させた。噂によれば、かなり、本気だったらしい」
「作戦……?」
「ああ。まず、おぬしの頭に鬼をいれた。囁いていた生き物はそれだ。そうしたことで、おぬしが誘惑に負けやすくしていたんだろう。そして、鬼はどんどんおぬしの心を蝕んで行った。
次に完璧な転校生。それは、おぬしを窮地にたたせるための役だ。そして、そいつは、雪目だ」
嘘………!!雪目だったの………?
「つまり、殺したいという考えは、おぬしのものではなく、鬼のものなのだ。そして、全ては暗姫の策略だ」
そう、だったんだ………。
「雪目はまだ死んでいない。あれは死んだフリだ。お前は殺していない。だから、朱雀。この力を手放すなんて、考えないでくれ。このおぬしの力を操る資格があるのは、おぬしだけなんだ。この力をいい方に使って行けば、きっと、世のためにもなるし、おぬしのためにもなる」
私は、やり直せるのかな……。
もし、またやってしまったら、どうしよう。
「朱雀。おぬしには、俺やハクトがいる。小絵巳さんもいるし、まだあっていないが、麒麟様も、玄武さんもいるのだぞ。大丈夫だ。俺たちはお前を見放したりしない」
「本当に……?」
「ああ。なにがあっても、俺たちはおぬしの側にいる。だから、俺たちと共に、この力を上手く使っていかないか?」
その言葉は、あまりにも優しく、朱雀はほろりと、温かい涙がでた。
「…………うん!!」
えへへと朱雀が笑うと、セイは優しく朱雀の頭を撫でた。
「あれ?でも、私、毒薬を飲んだのに、なんで助かったんだろう」
その言葉を聞くと、セイはビクリと反応した。
そして、急いで体を離すと、深く頭を下げた。
「俺、解毒剤を持っていたんだ。それで、それを俺が、その、朱雀に、移した、というか…………」
え、それって……。
「悪い!!」
く、口移ししたってこと!?
ボンッと、急に頬が熱帯びた。
「本当に悪い!!」
セイは何度も謝った。
「あの、勝手なことをしたのは、私だから!!あ、頭をあげてください!!セイは悪くないから!!」
おそるおそるセイが顔をあげると、朱雀はぷっと吹き出した。
「な、なんだ」
「だって、顔真っ赤なんだもん」
林檎のように赤くなった頬を、見せまいとそっぽを向いた。
「あ〜、まったく!」
セイは照れ隠しに髪をかきあげた。
私も、顔をあわせずらくなって、少し俯いた。
気まずい、けど、なんだか温かい沈黙がながれたとき。
「……あーあ」
という不機嫌そうな声が畳間に響いた。
「わっ!」
「ハ、ハクト!!」
慌てたようにセイがハクトに詰めよった。
「突然現れるな!!」
「だって〜、二人してそんな真っ赤になってるし、さっきまで仲良さそうに抱き合ってたし〜」
「「なっ」」
私とセイの声がタイミングよく重なる。
「まったく。俺のこと、爪弾きにして」
べ、別に、そんなつもりはっ!!
「言っとくけど、僕、だって、朱雀ちゃんを助けたんだから。……だから、これくらいは許してよね……」
ハクトはそういうと……。
「ひゃ」
「なっ!!」
私の体を抱き締めた。
意外と男らしい体を直に感じた。
「なっ、おまっ、ハクト!!は、離れろっ!!」
「ふふん、どーしよっかな」
「いいい、いやあの!!ハ、ハクトっ!?」
ハクトの言葉に、思わず声をあげる。
「しょーがないな。離すよ、もう」
拗ねた声と共に、ハクトの体が離れる。
「お前、もう、すんなよっ!?そ、そういうこと!!」
珍しく顔を赤らめて怒鳴るセイに、
「さあどうかな〜。全く、セイは女の子になれてないんだから〜」
と、ハクトが素知らぬ顔をする。
「ハクト!」
「はいはい、分かったよ。ってことで、これからもよろしくね。朱雀ちゃん」
「……っ!!うん。よろしく!」
私は笑顔で返事をした。これからもよろしく、と言われたことが、心から嬉しかった。
「俺からも……、よろしくな」
セイが、少し微笑みながら言った。
「うん!」
なんか、嬉しいな。幸せ、だな。
温かい日光が、私たちの笑顔を、より、輝かせていた。
でも、このとき、私たちは、まだ、気がついていなかった。
背後から忍び寄る、あの人の恐怖に。




