14、セイとハクトの救出
《セイ》
「やめろろぉぉお!!」
俺は喉が張り裂けるぐらい叫んだ。
しかし、朱雀は……。
中身を飲み干してしまった。
ぐらりと傾いて、どさりと倒れる朱雀の体。
「あのっ……ばか野郎!」
なにをやっているんだ、アイツは!!
怒りが込み上げて、俺は冷静さを失った。
「セイ!!」
ハクトが叫ぶのを聞いて、俺は襲い掛かってきた毒針を避けた。
「……ふっ。これでこやつの力は余のものじゃ。萠埜雪、もうよい。争いは終わった」
暗姫が含み笑いでいい、萠埜雪もはいと返事して、攻撃していた手を止めた。
「ふふふ。これで、余は、余はアイツに負けることはない!!」
暗姫はニヤリと笑うと、ぐったりしている、朱雀の体を抱えた。
「ふふふ、ははは。ふははははははっっ!!」
高笑いをする暗姫は、まるで、なにも、周りを見れていなかった。
そう。俺たちが小さく目配せをしたことも、俺が懐からだした小瓶の中身を口に含んだことも、気がつかなかった。
そして、俺たちは、あの作戦を、もしものためのあれを、実行することにした。
ーーーダンッ!!
俺は突如、床を蹴って飛び出した。
「なっ!?」
暗姫が驚きの声をあげる。
「なにをする気だ!!」
背後から萠埜雪の焦った声がして、身を伏せると、すぐ上を何本もの毒針が飛んでいった。
「お前の相手は僕だっ!!萠埜雪!!」
セイが勢いよく萠埜雪に闘いを挑んだ。
助かる、ハクト!
俺は心の中でハクトに礼を言った。
そして、俺は心の中で、『溌剌白雲』と唱えた。つまり、白い雲で辺りを覆って、周りの目を隠すという呪文だ。
発生した白い噴煙に、萠埜雪と暗姫はごほごほとむせた。
そして、俺はその間に……。
朱雀の唇に自分の唇を押し付けた。
舌を使って、朱雀の閉じた唇をこじ開け、口に含んでいた液体を朱雀にうつす。
柔らかい朱雀の唇を離したぐらいに、朱雀は喉に詰まった液体を喉に通した。
「……っ!!おぬし、一体なにをしたのじゃ!!」
暗姫が鬼の形相で俺に詰め寄り、萠埜雪は俺に毒針を向けた。萠埜雪が毒針を投げつけないのは、今投げたら、暗姫にも刺さりかねないからだ。
しかし、その目が、なにかやったらすぐに投げると語っていた。
俺は口元を袖で拭うと、懐から小瓶を取り出した。
「……これ、なんだか知ってるか?」
静かに問いかけると、暗姫と萠埜雪はまじまじとそれを見て、それから驚きの表情になった。
「そっ、それは、まさか……っ!!」
「ああ。麒麟様、自ら作ってくださった、万能の解毒剤だ」
「おまっ……。なんで、そのようなものを……!お前のような下のやつが、戴ける代物ではない!!」
動揺した萠埜雪が、うろたえながらいう。
「ああ。しかし、数日前、麒麟様の使いがこれを届けにきた。『何かあったら、この万能の解毒剤を使え』と文をつけて。麒麟様は、なにが起こるか、知っておられたのだ」
「そんな……っ!!」
暗姫が絶句する。
「というわけで、俺らの勝利だ」
俺がそう告げて、朱雀を抱え込むためにしゃがむと、またもや、頭のすぐ上を毒針が飛んでいった。
「そやつをそれ以上動かしたら、お前を殺す」
ピタリと狙いを定められて、ピンと緊張感が張り巡らされる。
「………それなら、僕はこの人を殺す」
静かな声の主はハクトだった。
そして、暗姫の喉元に短剣を突きつけていた。暗姫は魚のように口をパクパクと動かした。
「なっ……!!」
「……今すぐその毒針を懐にしまえ」
ハクトが冷ややかな目で萠埜雪を見ると、
「っ!!くっそ!!」
と萠埜雪は声を荒げて、毒針をしまった。
「セイ、今のうちだ」
ハクトの声に俺は頷くと、朱雀を抱え込んで、心の中で呪文を唱えた。
『庵帰即実』
つまり、一瞬にして家に帰る呪文。
体が浮くのを感じてから、俺は下界をみた。
そして、暗姫と目があった。
憎しみの目、苦しみの目、嫉妬の目、歪んだ目。そして、その口は言っていた。
『コ、ロ、ス』
俺はその口から視線を外して、空を見上げた。
光輝く月が俺たちを嘲笑うように、歪んでいた。そう俺には見えた。
《???》
「……あら?お母様、逃げられてしまったのですか?」
1つの妖が、背の高い女の格好をした妖に聞いた。
「…………ああ。そうみたいだな」
無機質、無表情で、その背の高い妖は言った。
「残念。わらわの出る幕もなかったようね」
娘の言葉を無視して、その妖は、拳を強く握った。
「次行くときはわらわも連れていって下さいな♪」
甘えるように、娘は母親の肩に頭を乗せた。そして、自分の母親が震えるほど苛立っているのを感じると、ニヤリと笑った。「……ああ。約束しよう」
そう言って、母親は頷いた。
「なにに誓って?」
更に娘は甘えた声をだした。
「……わっち、萠埜雪の命にかけて」
無機質に言うと、萠埜雪は、更に強く拳を握った。
その細く、美しい手からは……。
真っ赤な血が滲みでていた。