12、誘惑
「……わっちの手を握れ」
気がついたら私たちは大きな木の下に立っていた。
そして、あの、綺麗な女性が右肩に優音ちゃんを担ぎながら無機質に私に話しかけた。
「え……?あ、はい……」
訳がわからないが、私はそっとその女性の手を握った。 ひんやりとした冷たい手だった。
私は思わず、その女性を見上げた。
改めてみると、とてつもなく美人だ。
美しい銀色の髪。凛とした、品のある瞳。
そして……。
誰かに似ていた。
「……なんじゃ。じろじろと見回して」
「あっ……いえ、すみません」
私は目を伏せた。
自然と私の左手が視界に入った。
忌々しい手。憎たらしい手。
私は、ギュッと、拳を握った。
その美しい女性はそっと大木に触れた。
「………おぬしは本当に力を消すのか?」
美しい女性は銀髪をなびかせながら振り返った。そして、私はその言葉にドキリとした。
その表情が、なんとも悲しく、辛そうだったからだ。
「………はい」
私はゆっくり頷いた。
そう。もう、私には必要ないのだ。
「……そうか」
女性は再び大木と向かい合った。
「おぬしは……、愚かじゃ」
………え………。
その、憎しみがこもった口調と言葉に私は呆然とした。
「……××の××の×××××」
女性はなにかを呟いた。そして、勢いのある風が吹いた。
「お、教えてください!」
私はその女性に向かって、叫んだ。
風が私の言葉をかき消していく。
「お名前は、なんといわれるのですかッ!?」
どうしてもあんな表情をしていて、放っておけない。
「…………萠埜雪」
聞こえないぐらい小さな声で、萠埜雪さんはそう答えた。
「……っ。ここは?」
私たちがついたのは、とてつもなく広い畳間。
薄暗く、ついているのはただ、1本の蝋燭。
「………来たか」
突如、重みのある声が聞こえた。
「はっ。つれて参りました」
萠埜雪さんは、深く頭を下げた。
っ!あれ?優音ちゃんは?
「そうか。それじゃあ、やつを余の元へ」
「はっ」
萠埜雪さんは再び頭を下げると、私の背中を押した。
「行け」
私は軽く頷くと、前に進んだ。
見えてきたのは、一人の女性と、たくさんの妖怪たちだった。
っ!こんなにいたんだ……!
恐怖を感じる。
「ほお。恐いか。おもしろいのお」
女性がケタケタと笑って、私は女性と向き合った。
「まあ、そう硬くなるな」
「……あなたの名前は、なんとおっしゃるのですか?」
「ふん!そんな簡単に名前を言うものか。まあ、呼び名だけなら教えてやろう。『暗姫』じゃ」
暗姫……。
「あの、私の力は、本当になくなるのでしょうか」
「ああ。もちろんじゃ、朱雀。まあ、正確に言えば、余が吸いとってあげるのじゃ」
え……。どうやって……?
「薬を使うのじゃ」
暗姫は隣に控えていた、鯰のような生き物になにか、命じた。
「はっ」
鯰のような生き物は深く暗姫に頭を下げると、私に小瓶を差し出した。
「その中身を飲むだけで、力を消すことができる」
これを、飲むだけで……。
私は手が震えるのを感じた。
「さあ、飲みなされ。それで、そちは解放されるのじゃ」
私は暗姫に向かって、頷いた。そして、瓶の蓋を開けた。
「さあ、飲むのじゃ」
促されて、瓶に唇をつけたとき、
「やめろ!!」
聞き覚えのある声が、私の耳に入ってきた。