11、朱雀の苦しみ
「これから第29回大運動会を始めます!」
とうとう始まってしまった運動会。あの日以来、優音ちゃんとはなんの関わりもなく、私の秘密が公表されることもなかった。しかし、安心できる場ではない。『人ではない』という、文福茶釜の声が頭に響く。あの日以来、文福茶釜は優音ちゃんについての話をまったくしてくれなかった。
「あ、ねえねえ、朱雀ちゃん!ちょっと、いい?」
パタパタと私に近づく足音がして、私はそっちのほうをみた。 っ!優音ちゃん……。
「そんな警戒しないでよぉー」
ころころと優音ちゃんは笑った。
「あのね……、少し、でいいんだけど、話がしたいの。……いいかなぁ?」
ふわりと笑った優音ちゃんに、なぜか、寒気がした。そして、その有無を言わせない迫力に負けて、私は軽く頷いてあとをついていった。嫌な感じ私たちは賑やかな歓声から離れていった。
文福茶釜は水を飲みに、水道の方に行ってから、まだ帰ってきていなかった。
なんで、肝心な時にいないの……!
と、少し、文福茶釜を恨めしく思う。
優音ちゃんは人気のない、裏校舎につくと、足を止めた。
「今日言いたいのはね………」
優音ちゃんは女の子らしく、もじもじした。
それに対して、私は怖くてかすかに震えていた。ギュッと強く、拳を握る。
「実は、私…………裕太君、が好きなの」
…………………へ?
……好き……?裕太が……?
「協力してくれないかなぁ〜?」
も、もちろん。と言おうとして、私は口を止めた。
「私は……夢を応援してるから……」
既に応援している人がいるから、優音ちゃんのことは無理……。
「………………ふ〜ん?そんなこと、言っちゃうんだ〜♪」
黒い、笑みで優音ちゃんは私の顔をのぞきこんだ。
「そしたらぁ、悪いけどぉ〜、あのこと、言っちゃうかも〜」
っ!
そんなっ!
優音ちゃんは私の周りをゆっくりとまわった。
『………存在を消せ』
頭の中で、鳴り響く、声。
「ど〜するのお?自分をまもる?それとも………たぁ〜いせつな、お友達を裏切る?」
私はその時、初めて優音ちゃんに怒りを感じてしまった。
『存在を消せ。そして、皆から、こやつがいた記憶も消せ。そうすれば、お前は助かる』
何をいっているの?やめて、やめて!嫌だ、そんなことしない!そして、私は気がついた。………なにか、が体を、心を、蝕んでいる。うまいうまいと歓喜な声をあげながら笑っている……!
「ふふふッ!朱雀ちゃん、どうしたのぉ〜?」
『やれ、殺れ!』
い、嫌………。
私は、必死で、なにか、に抵抗した。私は、なにか、と戦っていた。しかし、着実に、頭の中になにか、黒、が広がっていっていた。じわじわと腕を通って、首を通って、足を通って指や爪先まで黒に染まっていく。抵抗のしようがなかった。麻痺したように感覚が失われていく。
体の力がなくなって、心が乗っ取られていく。
「ど〜するのお?」
『さあ!!殺るんだ!!』
ニヤリと笑う、優音ちゃんが目にはいった。頭の声が、勢いをつけていった。
私の心にあったのは、『憎しみ』ただ、それだけだった。体が私のものじゃないようで、憎しみに突き動かされていた。そして……。その瞬間。最後の砦だった私の心にも黒いなにか、が押しはいった。
その時、
私は、
『黒』に、染った。
「ぅあああっ!」
吠えるように叫んで、私は手を振り上げた。感情なんてなかった。ただ、本命に基づいて生きる、獣のようになった。
そして……。
「キャーーーーーーッッ」
……手を、降り下ろした。
手から、赤い光が出て、優音ちゃんの体はゆっくりと、倒れた。
ドサリと、いう音がする。
「あ、れ……?わた、し……」
手から力が抜けるのと同時に、心が、すっと、軽くなった。
「優音、ちゃん………?」
少し先で倒れて動かない彼女の体。
「優音ちゃん!!」
悲鳴のような声をあげると、私は優音ちゃんにかけよった。
「しっかりして!!」
声をかけるも、彼女の瞼はピクリとも動かなかった。
次第に冷たくなっていく指先。
認めたくなくて、私は必死でその指先に自分の指先を絡めて温めた。
しかし、意に反して、体はどんどん冷たくなっていっていた。
首に触れるも温かい鼓動を感じられなかった。
「私、私……」
視界が歪んで、足の力もぬけていって、私はゆっくりと、しゃがんだ。
「う……あ……」
ポトリと、熱いものが、手のひらに落ちる。そして、全てを理解した。
「うああああっ!!」
私、私は!!!
優音ちゃんを、殺してしまった!!
なんで!なんで!!
「こんな力、いらない!必要ない!」
私は拳で自分の太股を殴った。全ては、この力のせい。
「いらないいらない!!いらない!!」
涙が、滝のように流れた。
「ああああ……っ」
悲しさと、苦しさと、後悔が、えぐるように私の心に刺さった。
止まらない涙は、頬を伝っては、地面に落ちていった。
「……ああ。やってやってしまったのか」
ヒヤリとした声に、ビクリ、と体が反応した。
顔を上げると、美しい女性が優音ちゃんを軽々しくかかえて、立っていた。
無表情で、無機質にその女性は話した。
「力を、捨てたいのか?」
見下しながらいった言葉に、私は頷いた。
「そうか。ならば、ついてこい。その力を消してあげよう」
っ……!
消せるの……!
「さあ、早く」
私はふらふらと立ち上がって、その女性についていった。
嫌な予感、を振り払って、必死についていった。
《文福茶釜》
嫌な予感がする。
俺は、走って、朱雀の元へ戻った。しかし、そこには誰もいなかった。
「っ!くっそ!」
俺は精神を統一した。
今、朱雀は……!
「……稲荷神社の大木の前だ!!」
俺は風を斬るようにして走った。
「…………っはっ!す、朱雀!」
神社につくと、小さな2つの人影をみた。
朱雀と……。あれは、もしや……っ!!
俺は思わず足が止まった。
そうしているうちに、……二人の人影は風と共に消えていった。
「っ!くっそ!」
俺は叫ぶと、唱えた。
「あやかしの世界の青龍と白虎の元へ!」
風が俺を包んで、あやかしの世界へ連れていった。
「青龍!白虎!」
俺は青龍と白虎の姿を見た瞬間、そう叫んだ。
「どうしたんだ、文福茶釜」 二人は丁度、それぞれの武器の手入れをしていた。
「朱雀が!大変なことになっている!」
「朱雀ちゃんが!?」
白虎が驚いて、目を見開いた。
「『あの方』のもとへ、つれていかれた。力を消すもくろみだ」
「まさか!」
「本当なのか!」
青龍も動転して、武器を取り落とした。
「ああ。多分、転校生の女となにかもめたのだろう」
さっき、朱雀の隣にいたやつを見れば、すぐにその女が関わっていたのが分かった。
「その転校生とは、何者なのだ」
青龍が俺に尋ねた。
「アイツは……」
俺は目をふせた。
「雪目、だ」
青龍と白虎は表情に、驚きの色を浮かべた。




