9、霜月 優音
「えー、今日は体育祭について話し合いをしてもらう。じゃ、クラス委員よろしく」
次の日の七時間目、ロングホームルームで、先生はそれだけ告げて、教室を出ていってしまった。その間にクラス委員が教卓に立つ。
「えー、ということで。まず、体育委員を決めます。やりたい人いますか?」
「………」
……だよね、みんなやりたくないだろうな。私も、なるべくやりたくないな……。部活に支障がでるようなことはしたくないし、ただでさえ、今、ごたごたしてるのにそんなこと引き受けられない……。
「あっ、じゃあ、私やりますよー?」
スラリと手をあげたのは、霜月優音だった。
「え、でも、霜月さん、来たばっかりで、まだ、なにをすればいいかわからないんじゃ……」
「私、転校してきた分皆と一緒にいる時間が少ないでしょ?だから、こういうことをたくさんして、皆とたくさん交流をしたいの……」
霜月優音は眉を八の字にして、皆を上目遣いでみた。そのひたむきな思いに、皆、胸を打たれた。けど………。
私には、それが、演技にしかみえなかった。
皆に甘える演技。困ったように訴える演技。
何故だろう。なんでこんなに嫌な感じに捉えてしまうんだろう。
『彼女が嫌だろう』
頭の中で、なにか、の声がした。聞き間違えだろうと思う。
『転校一日目で、あんなに好かれて、羨ましかろう』
……っ!
やっぱり、聞き間違えじゃない……!!
頭のなかに、なにか、がいる!!
『慕われて人気者になって。美人で人当たりがよくて。羨ましかろう。憎かろう』
なにを……。そんなこと、私が考えてると思ったの?
『苦しめてみたいだろう。自らの手で、あの綺麗な顔に傷をつけてみたいだろう』
意味がわからない。そんな訳ないでしょ?
『お主は神だ。ただ願えば叶うのだ。さあ、願え。あいつの顔に傷をつけたいと願え。苦しめてやりたいと願え』
やめて!そんなこと、願わないから!
『憎しみを覚えろ』
憎しみを覚えろ?
あなたはなに?なんなの?
『全ては御方様のために』
それだけ呟くと、なにか、はすうっと消えていった。
頭がまだ混乱している。あれは、何?なんだったの?私の体に何が入ったの?私が、霜月優音ちゃんを恨めしく思ってると考えたの?そんなわけないじゃん。そんなこと、思うわけないじゃん。
……けど、なんだろう。この心に広がる、真っ黒い思い。黒い感情。
私は……………、どうしてしまったのだろう。
「……………ということで。これで話し合いを終わります」
いつの間にか話し合いは終わってしまったみたいだった。私は黒板の中に自分の名前を探した。
「……っ!」
名前を見つけた瞬間、私は息を飲んだ。
「あ、よろしくね♪朱雀ちゃん」
霜月優音ちゃんがニコリと私に笑いかけた。
『二人三脚 霜月優音・武井朱雀』
私の心の中にジワリと黒いものが広がった。
ある日の体育の時間。この日は体育祭の練習をする日だった。
「……朱雀ちゃん!早く行こっ!」
「あ、うん」
『嫌な感じ』が相変わらずする。
「……ねえねえ、朱雀ちゃん。本当に朱雀ちゃんって、可愛いね!」
へ?
「そ、そんなことないよ」
「ううん。お肌とか綺麗だし、目、ぱっちりしてるじゃん」
「ないない。霜月さんこそ美人じゃん」
「それこそないー。私、美人なんかじゃないよ。あと、私のこと、霜月さんじゃなくて、優音って呼んで」
「え……。じゃあ、優音ちゃん」
「うん!ありがと!」
優音ちゃんはにっこりと笑った。
……案外、悪い人じゃないかも。
こんなに『嫌な感じ』がするから、もっと怖い人かと思ったけど、全然嫌な人じゃない。すごくいい人。
私、どうして演技だなんて思ったんだろう。
私、なんで傷つけたいと思ったんだろう。
「朱雀ちゃん、はい。この紐、右足につけて」
「うん!」
私はきつく右足に紐をつけた。
そして、私たちは肩をくんだ。
「せーの。いちに!さんし!……きゃーっ!」
「あっ、う、わっ!」
一歩、二歩と進んだとき、息が合わずに私たちは前のめりになった。肩から落ちそうになって踏ん張ろうとしたら、逆に砂ぼこりがたち、視界が遮られた。
ぶつかる!あ、危ないっ!
地面が近くになって、目をつぶった瞬間。
ふわりと風が起こって、私たちは体勢を立て直すことができた。
…………………………………もしかして、私、力を使っちゃった?どうしよう。優音ちゃんの前でやっちゃった!!
「わっ、なに今の!すごーい!ね、朱雀ちゃん!」
「う、うん……」
心臓がドクドクとなる。バレて……ない?
「……あ、もしかして朱雀がやった、とか?」
ドク……ッ!
『嫌な気持ち』が一気に押し寄せてくる。
「そっ、そんな訳ないじゃん!」
「……んーー」
優音ちゃんは唇に指をおいた。
「私、実は力っていうか、普通人に見えないモノがみえるんだよねー」
っ!!嘘っ!
「だから、朱雀ちゃんから力を感じるっていうか?なんかぁ……」
そんな……。バレちゃってたの!?
「……お、お願い。秘密にしておいて」
私は声を絞り出した。
「もちろん!」
にこりと笑って優音ちゃんは言った。
「私たち、友達、だからね♪」
可愛らしいその姿に、なぜか、ドクリと再び心臓がなった。
友達……?
頭のなかに、なにか、の笑い声が響いた。