飛ばない鳥
子供の頃飼っていた青いインコのチルは飛び立っていった。
そして…。
思い出した。
チルは数日後帰ってきたのだ。
自由になれたはずなのに、そうとう翼を痛めて帰ってきた。
結局は自由になりきれなかったのだ。
どうしてかわからなかった。
「チルだって自由になれなかった。それは自由が怖かった。私も怖いのよ!」
怖い、自由は怖い。
「変に夢見て、頑張って、挫けるくらいなら私は何もなくていい。
今が幸せならばそれだけでいいの!」
「それでも、チルは一度飛んだんだろ」
「それの何が意味があるのよ!」
もういいじゃない。
これ以上、話して何の意味があるのかわからない。
「結局傷ついておわるだけじゃない。何も興味をもたない、入れ込まないことが、私を守ってくれるのよ!」
すると、進藤くんは低い声で聞いてきた。
「興味をもたない…そう、興味を持ってない。誰に対しても。千沙は弓佳たちも俺も信用してないよな」
「はぁ?」
また、話題が変わる。
「付き合っていた時も、それまでも同じだ。千沙は表面的にしか俺のことを信用していない。浮気前提で話きいてくるし、ドタキャンしても聞き入れる」
何なんだ、この人。
何でそこまで気がつくの…?
「そうだよ…信用していないよ。誰1人信用していないわよ」
「何で?」
「怖いからに決まってるでしょ!」
「何が怖いんだよ」
「裏切られることが怖いの!」
結局、全部恐怖心が私を支配しているのだ。
「最初から裏切られても大丈夫って、全部を信用しなければ、納得できるじゃない。心の逃げ道があるじゃない!」
苦しいよ。
「何で裏切られることが前提なんだよ!そうとは限らないだろ」
「そうよ!だけど万が一の対応ができなくなる!第一、あんただって私を裏切った…!!」
あの日のことを思い出す。
「裏切ったって何のことだよ。俺は浮気なんかしてないぞ」
「でも、別れようって言った!!」
「え?」
進藤くんの勢いが止まるが私は止まれなかった。
「本当はいきなり別れようなんて言われて納得できるわけないじゃない。好きな人に、恋人に…急に別れ話言われて動揺しないわけがない!あれから私は…まともに眠れもしないってのに!」
「千沙…?」
「全てを信じてたらああいう時に取り乱すのわかってるから、逃げ道のために信用しきらないことが何が悪いのよ!取り乱して、そのあとに影響が出るのも嫌だっていうのにどうしろっていうのよ!」
いっていることがまとまらない。
「毎日、平気な顔してあんたに会うことだって苦しいのに、なんで攻められなきゃいけないのよ!」
はぁ、はぁ、と息切れがする。
「私が何をしたっていうのよ…!」
涙が出てきた。
「何も迷惑…かけてないじゃない…!」
自分が逃げても、相手に迷惑がかからないようにするためにはこうするしかない。
「現状維持の何が…いけないの?」
教えてよ。
私は強くない。今を壊してまで手に入れたいものなんてない。
「やっと…見つけた」
「え?」
彼は今までとは違う優しい声を出した。
「それを聞きたかったんだ」
納得している気配がする。
「俺は、あの話をしたときそれを言ってほしかったよ」
「何でよ…雰囲気悪くなるだけじゃない…」
「だけど、もっと仲良くなれる」
その断言する声が響いた。
「もっと意見ぶつけて、仲良くなりたかった」
それだけだ、と言う。
「千沙は怖いって言ったよな」
「うん…」
「皆、怖いんだよ。人間関係でも、環境を変えることも」
「…」
「だけど、現状維持もいいけど前に進むことを諦めたくないんだ」
「何で…」
「それでもっと強くなれるって思うから」
「…それができるのはもともと強い人よ」
私は…弱い。
「そうじゃない。弱いから強がって、強くなりたくて頑張るんだよ。信じるんだよ」
「……」
「チルだってきっとそうだ」
またチルが出てきた。
「一度飛んだ。自由になって、大空に飛び出した」
「だけど戻ってきた」
「うん。でも、そうじゃないかもしれない」
「え?」
彼は想像だけど、と言って続けた。
「千沙の隣を選んだんじゃないかな」
「えら…んだ…?」
「飛び出して、学んで、思い出して千沙のところに戻ってきた。傷だらけになっても千沙と一緒にいたかったんだよ」
チルが帰ってきたあの日、私をみて鳴いたことを思い出した。
「自由になれなかったことなんかない。千沙を選んだ時点でもう自由だよ」
そんな風に考えたことなんかない。
「だから、千沙も一度飛び出してみろよ」
「それが怖いって…言ってるでしょ…」
「いいじゃん。まだまだ若いんだし、思いきって何か動いてみろよ」
彼の言葉は私の心に染み込んでいく。
「千沙は現状に満足してないって感じだ。思いきり一歩踏み出して、挑戦してみるといい」
「……それで失敗したらどうすんの?きっと立ち直れないよ…」
すると彼は思いもよらないことを言った。
「俺のところに帰って来るといい。立ち直れなくなったら俺が支えてやる。その時は結婚しようか」
「…え…?」
「お前の唯一の逃げ道になってやるよ。俺は今でも千沙のことが好きだし、千沙も俺のことを想ってくれてるのなら、結婚しよう」
こんな状況でプロポーズなんて…。
「ばっかじゃないの」
「本気だぞ」
だけど、その究極の逃げ道に笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんだよ」
「絶対…だからね」
「ん?」
「責任とりなさいよ!」
「まかせろ」
暗闇で彼の表情は見えないけれど笑っている気がした。
そして、丁度その時、ゴンゴンとエレベーターのドアが叩かれる音がした。