かごの中の鳥
真っ暗な闇のなかお互いの息づかいだけが聞こえる。
動く気配もなく彼も私もじっとその場にいた。
「はぁ…動かないなー」
先に口を開いたのは私だった。
沈黙に耐えられなかったのだ。
「……」
しかし、彼は一向に喋ろうとしない。
無理もないだろうけど。
携帯を開くと少しその場だけが明るくなった。
「助けよばなきゃね」
非常用の電話も使い物にならなそうだし、携帯あってよかった。
しかし、電話での答えはしばらくこれないとのことだった。
他のビルでも同じようなことがおこり、順番に回るので遅くなるのだとか。
「だってさ」
そのことを説明すると進藤くんはやっと声を出した。
「そうか…」
小さいけれど確かに言った。
「最悪だ…」
と。
それはエレベーターに閉じ込められた状況、そして私といることだろう。
「待つしかないかな」
彼の言葉を聞かなかったふりをして床に座った。
「……お前、本当に冷静だな」
ようやく私の方をみた気がした。
「え?だって、立ってても疲れるだけじゃん。助け来るってわかってるし」
「そうだな」
彼も座ったようだ。
そして、ようやく暗闇にも目がなれてきて少しだけ相手が見えるようになった。
「だけど…もう少し焦るものじゃないか?」
「焦ってても仕方ないし」
「やっぱりな…」
「え?」
「別にこっちの話だ」
どうやら会話をしてくれる気は少しはあるようだ。
「今まで何してたんだ?」
「仕事に決まってるでしょ」
「女子会って聞いてたけど」
どこからか聞いていたのだろう。
「このあと合流しようって思ってたのよ」
この状態ではいけないだろうけど。
「……最近どう?」
話も一段落ついたところできいてみた。
あれ以来まともに話してないから。
「え?」
「仕事とか、休みとか」
「…そんなこと聞いてどうするんだよ」
少し機嫌が悪そうだ。
「まぁ、ただの興味よ。フラれたからって進藤くんのこと嫌いになったわけじゃないし」
「…」
「同じ会社だしね、仲良くしようよ」
「何で………い……だよ」
あまりにも小さい声で言うから聞こえなかった。
「何?」
「いや、いい」
はぁ、と彼は大きく息を吐いた。
「あのさぁ、何であんたが気まずいわけ?私らは別に喧嘩別れとかじゃないんだからさー」
と思ったことを伝えた。
「俺ら…別れたんだぞ?」
「フラれたの私だし。私がいいっていってるんだから」
「…お前おかしいよ…」
彼がうずくまっていた。
「おかしいって…こんななのに動揺しないし、別れた相手に躊躇なく話しかけるし、意味わかんねぇ」
見えないけれど彼は少なくともこの状態に動揺しているのだろう。
「まーね」
自分の性格は自覚してるつもりだ。
「だけど、そんなの付き合う前から知ってたでしょ?」
「ああ、知ってたよ」
少し彼の声が強くなった。
「知ってて付き合ったんだ。だけど…何で…」
そして、初めて何度も彼が言おうとしている言葉をいった。
「何で別れたのか聞かないんだよ!」
叫ぶようにいい、沈黙が流れた。
「進藤くんが言いたかったのはそれ…?」
本気の声だとわかったから。
「普通聞くだろ。理由くらい聞くだろ!結果が問題じゃない、その過程が気にならないのかよ!」
「……」
そう、私はあの時も、それからも一度も彼に聞いていない。
「理由聞いたからって…どうすることもできないじゃん」
「はぁ?」
「進藤くんが別れたいと思ったのなら、付き合い続けることはできないと思っただけ」
「俺と別れてもいいと思ったわけ?」
「違う!私は…」
といきおいでいいそうになって一度呼吸を整えた。
「私はそんなつもりなかったよ。あの時だって本当にびっくりしたんだから」
「それなら聞けよ!」
「……もし、理由聞いて、好きな人が他にできた、とか、私を嫌いになったとか言われても止めようがないじゃない。私はちゃんと進藤くんのことを考えて…」
と言おうとしたところで、彼は壁を強く叩いた。
「な、なによ」
「なんでそんな簡単に諦められるんだよ!受け入れられるんだよ!だから俺は別れようっていったんだ」
意味がわからない。
「だからってどういうことよ。………わかった、別れた理由は何?」
時間はある。もう、聞くしかない。
「それだ。執着心もない、諦める、関心がない、何考えてるかわからない」
「…」
「それでも、最初は特別になりたくて千沙に告白したんだ」
1年前の話だ。
「好きな人が他にできたとかじゃないの…?」
なにそれ。
私が悪いってこと?
「私の性格に問題あるなら言えばいいじゃない」
「言ったところでなおるかよ。どうせ、笑ってごまかすだけだ」
そういわれればそうかもしれない。
「第一、お前感情あるのかよ」
「あるわよ」
「ねぇよ」
断定されてしまった。
「あるけど、ないよ。怒ったところみたことない。悔しくてつらいところなんかみたことない。泣いたとこもみたことない。いつもへらへら笑って誤魔化して…」
「喧嘩したわよね、私達」
「ああ、喧嘩もしたよ。だけど、千沙がさっさとひいた。途中で諦めんなよ」
「だって喧嘩長引くの嫌だもの」
「だからって、なんでっ!」
正直彼の言っていることは理解できる。
そうやって生きてるのは自覚してるから。
「俺はな、正直、今でも千沙のこと好きだ」
「え?」
声を和らげてそう彼は言った。
「結婚だって考えたこともあるよ」
そんな話知らない…。
「あの日も最後まで、言うか言わないか迷ってた。でも、これから付き合い続けるのも嫌だったんだ。本音を言ってくれないなんて嫌なんだ」
「進藤くん…」
「別れ話くらい食いついてくれるかと思ったのに…」
私は素直に聞いた、いや、聞きすぎた。
「女々しいこといってるのはわかってる。だけど、俺は2人でいたかった。千沙とは1人と1人で2人ににはなれなかった」
「…ごめん…」
「馴れ馴れしいのに、絶対にどこか一線引いてて、悲しいことなのに、冗談で誤魔化して…」
ああ、彼は私というものを見すぎてしまったのだ。
「寂しすぎるよ…」
私のことを案じて、ため息をつく。
「雑用おしつけられても、文句いわない。悪口聞いても、同意はしない。人の悪口は絶対に言わない。誰に対しても優しい。優しすぎるけど、自分のことには厳しい。どんなにけなされても笑ってるし、別れ話すら反論を言わない。お前はどこにいるんだ?」
よく優しいなんて言われるけれど…ここまで言われたのは初めてだ。
全て見透かされている感じがした。
「………違うよ」
私は言う。
こうなれば…言うしかない…言わないといけないと思った。
「何が違うんだよ」
エレベーターの中は真っ暗で私も彼も表情が見えないから…つい言葉がでていた。
「私はそんな考えてないよ。何も考えてないよ。私なんて……単純すぎるんだよ」
私の冷めた声に彼が息を飲む音がした。