地に落ちた鳥
子供の頃、青いインコを飼っていた。
名前はチルといってとても可愛がっていた。
だけど、鳥かごに入れられたチルは窮屈そうにみえた。
「こら、山神!ぼーっとしてないで手を動かして!」
目の前にはスリープ状態のパソコン。
隣にはこっちをにらんでいる先輩の姿があった。
「あ…」
「あ…じゃないわよ。どうしたのよ」
「すいません、寝てました」
あははと笑いながら謝った。
いけない、いけない。
今は仕事中だ。集中しなきゃ。
「あんたねぇ」
あきれられながら、ファイルを手渡された。
「ごめん、これコピー取ってきてくれない?20づつ」
雑用か。
「わかりました。代わりに私の仕事終わらなかったら手伝ってくださいねー」
軽口をたたきながら席をたった。
コピー機の前にくると、慣れた手つきでコピーにとりかかる。
「ふぅ」
別に雑用はいい。
仕事も嫌いじゃない。
同期とも上司ともうまくいってないわけじゃないし…。
ただ、ぱっとしない。
「なーに、ため息つてんだ?」
ポンと方を丸められた資料で叩かれた。
「進藤くん…」
同期の中で一番の営業業績をもつ男がいた。
「幸せ逃げるぞ」
「んじゃ、幸せわけてよ」
「今度の日曜な」
「はーい」
彼はわたしのあげたネクタイを指差した。
「これのお礼だ」
「うん」
付き合い初めて一年たった。
喧嘩もするけれど、それなりにうまくやってきている。
きっと、このままずっとこの人と付き合っていくんだろうと思っていた。
そう、このときまではつまらないなりに平和だったのだ。
日曜日
今更、特別におしゃれをすることもなく、待ち合わせ場所で進藤くんを待っていた。
「久しぶりだなぁ」
ここのところお互い忙しくてデートなんてしていなかった。
たぶん最後のデートは一ヶ月前だ。
といっても、会社で毎日のように顔を会わせているわけだし寂しいとかは思わない。
「ごめん、待った?」
ようやく彼がきた。
「うんん。さ、行こっか」
さっそく映画館へとむかった。
「これ、見たかったんだってな」
「うん」
映画館で彼が私の分のチケットも買ってくれた。
やっぱり、いい人だ。
正直、私にはもったいない。
かっこいいし、性格も明るいし、皆から好かれてる。
告白されたときだって、しばらくは信じられなかったくらいだ。
「昔、インコ飼ってたんだっけ?」
今日見る映画にも鳥がでてくる。
だから、そんな話になった。
「うん。だけどさ、チルがいついなくなったかあまり覚えてないんだよね」
そのあたりの記憶があまりない。
小さい頃とはいえ、それくらい覚えていてもいいものだとはおもうのだけど。
「だから寂しいとかあまりないんだよねー」
苦笑いをしていた。
ところが、それを今まで見たことのない複雑な表情で私を進藤くんは見た。
「何?」
「いや、別に」
さぁ、映画みようと、手を引かれて劇場の中に入っていった。
映画をみたあとは、ショッピングをして、ディナーを食べにレストランに寄った。
「おいしかったー!」
レストランを出て、夜道を散歩していた。
「だろ?」
「うん」
レストランは進藤くんが選んでいてくれた。
こんな彼女なのにやっぱり優しい人だ。
「千沙、あっちいってみようぜ」
彼に手を引かれて、小さな公園の方へとむかった。
夏もおわり、少し肌寒く感じる空気の中で彼の手もどこか冷たかった。
「ここ、覚えてるか?」
小さな公園のブランコの前で進藤くんは立ち止まり私の手を離した。
「あ…うん」
ここは、彼が私に告白した場所だ。
「大事な話がある」
彼は真剣な顔で私をみた。
「…何?」
もしかして、プロポーズかな。
確かにお互い結婚適齢期ではあるし、何もおかしいことじゃない。
だけど、彼の口から出たのは思ってもいない言葉だった。
「別れよう」
別れの言葉だった。
冗談でしょ?
と言おうとして止めた。
これは本気だってわかったから。
「えっと…」
さすがにいきなりすぎるからどう反応していいかわからない。
「別れるの…ね」
「そう」
「進藤くんは私と別れたい…ということね」
何を確かめているのだろう私は。
「そうだ」
彼は強い声で言った。
「ん、わかった」
彼が本気なら仕方ない。
別れたいと思う相手に無理させてまで付き合おうとなんか思わない。
「え?」
「えってなによ」
目を丸くして進藤くんは私を見ていた。
「別れるんでしょ?」
「そうだけど…」
それなら、私はこういうしかないじゃない。
「今まで楽しかったよ。ありがとね」
私は彼から少しだけ離れた。
「じゃあ、帰ろっか」
これでいい。
何も問題ない。
別れたからってなんだ。
結婚?
そんなのどうでもいいよ。
私と進藤くんが別れたことはすぐに広まった。
進藤くんが人気者だったせいかすぐに彼へのアプローチが始まっていた。
「千沙ー、進藤くんのこと本当にいいの?」
「うん」
同期女子、彼氏もちの弓佳はよくそう聞いてきた。
「私の生活壊れたわけじゃないしね。デートも月に1、2回。友達みたいな関係だったし」
もう…いい。
「それより、さっさと仕事終わらせて飲みにいこ!」
別にいいんだ。
彼氏とかどうでもいいんだ。
「あ…」
そんな事を考えていると、たまたま通りかかった進藤くんと目が合った。
「お疲れ様」
「お、お疲れ様…」
進藤くんは目を背け逃げるように速く歩いていった。
「まったく、あっちが振ったのになんて態度よ」
私より、彼の方が気まずそうにしているのだ。
「でも、あんたもあんたよ」
呆れた顔で弓佳は私を見た。
「あっさりしすぎよ」
その通りだと思った。
「いーじゃん。いつまでもうじうじしてるの嫌いなのよ」
そう誤魔化して仕事に戻った。
終業時間になって、周りは帰る準備をした。
「千沙、じゃあ私ら先に行ってるね」
弓佳含む同期の女子で飲み会の予定なのだ。
しかし、仕事が終わってない私は残業。
「すぐ終わらせるから」
「はーい」
そして、1人残された。
それから仕事が終わったのは一時間後のことだ。
「終わったぁ」
外を見るともう暗い。
急いで合流しよう。
そう思ってさっさと荷物をまとめた。
電気を消してエレベーターの前でエレベーターが来るのを待っていた。
「きたきた」
人がいないせいかいつもよりはやい。
そして、エレベーターに乗ってドアを閉めようとするとバタバタと足音が聞こえてきた。
「待って下さい!」
声の主は叫んで滑り込もうとした。
「あ…」
私の顔をみた瞬間彼は止まった。
「千沙…」
進藤くんは途端にエレベーターに乗るのを諦めようとしていた。
「乗ったら?」
「いや…」
「誰もいないわよ。さっさと乗って」
しぶしぶ彼は乗った。
「今まで残業?」
「あぁ…」
「営業の成績また上がったらしいじゃない」
「そうだな…」
そっけない返事だ。
それに心なしか私から離れている。
目だって会わせようとすらしない。
「はぁ」
ため息がでる。
仕方ない、すぐに一階につくから会話は諦めよう。
そんなことを考えているとガタンと大きな音がなった。
ガタンッ
「え?」
「何だ?」
2人とも思わず上をみた。
2階の表示がでていた明かりが消え、そして、真っ暗になった。
「停電!?」
「明かりが…」
そして、何も機械の音がしなくなった。