無くなった物
次の日、多少の睡眠をとった俺は、奴が来る前にここを出ることにした。
が、しかし。
「何処へ、行くのかしら人間さん?」
さながら、蜘蛛の巣に掛かった哀れな蝶を、見に来た蜘蛛のように奴が来た。
「……散歩だよ」
奴の目がすぅーと細くなる。
「あら。この森は意外と人間の天敵が多いわよ? 犬相手に手こずってた貴方じゃ、幾分か無理があるんじゃないかしら」
ぐうの音も出ない。
「……まあいいわ。連れ行ってあげる、博麗神社へ」
やっぱり見透かされていたか、と思うと同時に違和感を感じる。
連れて行く? 奴に何のメリットがあるんだ?
「何故だ? お前は得をしないだろう」
「愛しい存在を守るのは当然だわ。わざわざ見殺しなんて勿体ない」
奴は本当に俺を守ろうとしているのだろうか。
妖怪と人の価値観は天と地ほど違う、がここまでの物なのだろうか。
まあ、今は信じてやってもいいと思う。
「難しい顔してないで、ほら着いたわよ」
気づけば、俺達は神社の境界内に立っていた。
どういうことなのかは分からず、ただ唖然と彼女が語るのを待つ。
「フフ、驚いたかしら。これは私の能力」
そう。
「移動させる程度の能力よ」
移動させる能力。
この能力の恐ろしい所は、能力が漠然としているところだろうか。
つまりは大体のことは出来るというわけだ、流石に直ぐには使いこなせなかったと思うが。
そこは妖怪、その果てしない寿命と生命力でここまでに完成させたのだろう。
「ちょっと、またあんた? その能力は禍々しくなるからここで使わないで」
赤と白で完成している、脇がない巫女服を来た少女。
そう博麗霊夢である。
「禍々しいなんてひどいわ。私は哀れで愛しい人間を助けているだけよ」
いつもの雰囲気を崩さず反論する彼女。
博麗霊夢は、男をチラリと、まるで洗い物が溜まった流し台のように見た。
「そう言って、今月は五人目かしら。で、また人里を説得してくれって言うの?」
ニヤリと笑う。
「いいえ、用件は彼が話すわ」
俺は少し戸惑いながらも話す。
「昨日、ここに来たんだが。ここでなら外の世界へ出れるんじゃないかと思ってな。頼めないか巫女さん」
博麗霊夢はジト目で眉間にシワを寄せた。
「あー、あのね。私の勘なんだけど。あんた能力持ってないかしら?」
流石、この世界を任されるだけあり、勘もかなり鋭いようだ。
しかし、今そんなことは関係がない。
「あ、あぁ。確かに持っているらしいが、それがどうしたんだ?」
博麗霊夢はため息を着いた、まるで憐れみと諦めとが吐き出されたようだ。
「あんたも趣味が悪いわね。毎日が楽しそうで何より」
ケラケラと彼女は笑った。
もしや、もしかして。
「私に皮肉を言うなんて、犬に論語を語るより不毛よ。もとより、彼を完全に諦めさせる為でもあるんだから、自分の快楽だけではないわ」
俺はついに我慢できなくなり、口を出した。
「おい、まさか、帰れないなんて抜かすわけじゃないだろう?今日にでも帰りたいんだ」
ケラケラ、また笑った。
「あー、凄く言いづらい事なんだけど。能力持ちは外へは出れないわ、たとえそれが外の人間でもね」
能力が持っていった物は、俺自身だけでは無かったようだ。