始まりの続き
足も怖気ついていない。
膝も冷静さを取り戻している。
恐怖という陳腐な物は無くなった。
しかし、目の前には奴がいる。
気に入ったと抜かしているが、とても信用の行くことではない。
安心したところを、ぐしゃりとやられるかもしれない。
そう考えると奴のことが、忌むべき存在に思える。
そうか、これが人間か。
そうなれば、逃げる、泥の中這いずって、草の根わけても逃げよう。
やっと生きた心地がする、この人間と言うものを持って生き延びてやろう。
「それじゃあ、行きましょう、あっちよ」
奴が指を指す、後ろを向いて。
今しかない、全力で足に力を入れる、つま先で地を蹴る。
風が気持ちいい、罪悪感と背徳感と危機感とが混ざり、興奮というものになって熱を帯びる。
「……フフ、逃げられてしまったわ。よかった、まだ人間だったのね」
嬉しそうに笑う。
そして、無様に転び、捨て台詞を吐き、満身創痍で休んでいた。
これが人間だ、これでいいんだ。
そう思いながら、虚ろな目で何処でもなく睨む。
彼の体力は、正直に限界であった。
肉体疲労と精神的な苦痛により、思考は朧げだった。
こんな危機に対し、脳はこう命令する。
眠れと。
「くそ、眠い。意識が飛んじまう」
唇を千切れんばかりに噛む、眠気は強固でびくともしなかった。
「だめだ、限界だ。大丈夫、少しなら、大丈夫だ」
最後に自分に暗示をかけ、実に人間らしく力尽きた。
起きろ、起きろ。
誰とでもない、自分が言っている。
さあ起きろ、すぐ起きろ。
うざったい、黙っててくれ。
奴が、いるぞ。
俺は目覚めた、確かに目の前には奴がいた。
しかし、とてもにこやかに笑っていて、まさに愛しい存在を見守るようだった。
「目覚めたのね、私から逃げても行き倒れていたらざまあないわ」
少しきつめの言葉が飛んできた、俺の目付きはきっと鋭くなったはずだ。
「あら、恐い顔。ウフフ、かわいいわ、愛しいわ。けど、そんな良い顔されたら勢い余って壊しちゃうかも」
とぼけるように言いやがる。
「別に取って食べてしまおうなんて考えてないわ。犬ころと同じにしないで」
「へぇ、じゃ一生ここで愛でる気か? 冗談じゃない」
強がってみた、只それだけのことだ。
「それも考えたわ。けどそれじゃ面白くないわ、能力持ちさん」
次の言葉に俺は耳を疑った。
「貴方を、育ててあげるわ。その愛しい能力と人間らしさ。何処まで私を見せてくれるのかしら」