能力と理解
「た、助けて!」
少し小太りな男が息を切らしながら走ってくる。
「おい、どうし…!?」
その男の後ろには、狼に良く似た生き物が数体、どれも殺気と言う ものを醸し出していた。
何かが重く鋭く突き刺さるような感覚を覚える。
「これは…洒落にならんぞ」
しかし、小太りの男は今にも躓いて転びそうな走り方だった。
もしここで俺が逃げればどうなるか、それは一目瞭然なのは確かだ。
だが、考える時間もない。
「やってみるしかないか」
俺は近くにあった丁度いい木の棒を拾い、強く握る。
狼もどきは、こちらに意識を飛ばしてきた。
しかし、餌が増えた以外に思うことは無いようだった。
「ひい゛!」
小太りの男が俺の横を通り抜けた時、狼もどきもこちらに向かって きた。
(やっぱ無理かも…)
俺のどこかに[恐怖]が漂う。
その時、俺の持っていた木の棒が黒く染まっていった。
「なんだ?これは」
木の棒は黒くなるに止まらず、不規則に揺れる緑の靄を纏う。
俺は強いぞ、そう言わんばかりだった。
「ガァアウ!」
狼もどきが一匹、小手調べに噛みついてくる。
俺は人間の力、脊髄反射に従い、狼もどきへ木の棒を振るう。
木の棒が狼もどきに当たる、普通ならこの程度では止まらぬ筈の噛 みつき。
向こうもそれは予想していたのだろう、余裕が伺える。
木の棒が相手に当たったとき、それは起きた。
「アガガアア!」
狼もどきは、身をよじらせながら地に墜つ。
木の棒が当たった場所は黒く焦げていた、生き物が焦げるとどの様 な臭いがするか。
それは容易に想像出来るだろう。
「う…」
思わず腕で顔を覆う。
そうすると今まで真っ黒だった木の棒が濃紫に変わっていた。
その事に困惑しているうちに、仲間の無惨な姿を見た狼もどき達は 何処かへ逃げていった。
焦げた奴も足を引きずり行ってしまったようだ。
「終わったのか?」
俺は手に持った木の棒を落とした。
それは元の色に戻りながら、周りの地面を溶かしていった。 少しめり込んでいる。
「そうだ、あいつは…っ」
その時、俺の額に石が当たる。
幸い小さい物だったが、小さいが故に額の傷を生むことになった。
「ば、バケモノだ。助けて!」
鼻水やら何やらでグシャグシャになった顔でそう叫ぶ。
「てめぇ、恩人になんてことを」
怒りなのか呆れなのか、様々な感情が入り乱れ呂律が良く回らない。
「ひぃい!」
それほどに俺の顔がアレだったのか、ダイエット中だったのかはわか らないが、小太りは走っていってしまった。
「…くそ」
先程からの事で疲れがたまっていく。 少し休もうか、そう思ったとき更に厄介事が降りかかる。
「うわあぁぁぁあ!!やめろおおぉお」
離れた所から、さっきの小太りの叫び声が聞こえた。
それが止んだ後、狼もどきの物ではない声、勿論人の物ではない。
「…妖怪か?そうだ、ここは」
幻想郷、とても美しく残酷な場所[セカイ]。