接触
気が付くと初老の男は膝をついて頭を下げていた。
もしかすると、この人には俺のように彼女が見えていないのかもしれない。
しかし、ただ単に人望が厚く慕われ崇められているのかもしれない。
そう思いながらも、続いて頭を下げる。
「このーーーー?」
洩矢諏訪子が何か問いかける、イントネーションで多少なりとも分かるが、全ての意図を読み取るまでにはいたらなかった。
「このーーーーのーー、ーーーーーーーーいるーー」
初老の男性が答える。
抑揚をできる限り抑えた喋り方は、神の前に堂々としている理由を垣間見せる。
「あー、ーーーーーーーーーーうで」
付け足したかのように、続きを話す。
所々、聞き取るもののあまり意味はないようだった。
「何かーーはなーー」
気が付くと、洩矢諏訪子の方を向いていた。
これが人の上に立っているという力なのだろうか。
というか、俺に話しかけている訳だ、大分聞き取れたが何かを話してみろということなのだろうか。
「こ、こんにちは」
「こんにちは?」
なかなか体験できないだろう、神と挨拶を交わすことは。
「やーー、こーーはちーーーにーーーーーーーーー」
一人でぶつぶつと話しているようだ、やはり大半聞き取れない。
どうすればいいものか、検討がつかない。
「ーー、こーーーここーーーーーーー」
初老の男性がピクリと動く。
「ーーーーーーーーー」
少し驚いたようだ、そんなに突拍子もないことなのだろうか。
と、気がつくと、洩矢諏訪子は俺の前にいた。
「よろしく」
手を差し出してくる、はっきりと聞き取れた。
「よろしく」
なかなか体験できないだろう、神と握手など。
その後、男性に連れられ寝室と書斎を担う質素な部屋に案内された。
置き去りにした家も心残りだが、空いた時間にでも見に行こう、そう遠くはない。
とりあえず横になり考えようと、布団らしき植物を編んで作られている物に横になる。
敷布団は毛皮を編んである物だった。
ということは俺があの部屋で見た毛皮そのものは、金持ちのインテリアと同じような物だったのか、と少し感心しつつ妄想に耽る。
多分、弥生時代前半で稲作がまだ行われていない、と思われる。
しかし、ここで引っかかることが一つある、この社自体のアンバランスさだった。
縦穴式住居に毛が生えた程度の建築能力で、床が傾いてもなく、柱が真っ直ぐ均等に立っており、雨漏りなど無いことが見るだけで分かるがっちりとした屋根である。
こんなものが作れるだろうか、俺なら無理だと神様相手でも断る事だろう。
ならば可能性は一つ、神様自身、洩矢諏訪子自身が作ったということだ。
その手の知識があったのか、知識などに頼らずとも立てることがあったのか。
少なくとも、この発見は言語の壁を張り倒す足掛かりになるだろう。
と、ここまで悶々と考えていた為か、ああ見えて緊張していた為か 、眠気に襲われる。
質素な布団に意識と体を預け、深い黒に落ちていった。




