幼友達と書いて腐れ縁と読みます。
「そういえば、もう夏休みだけど受験勉強はどう?私は暇だし、分かんない所があったら教えるよ。」
「大丈夫だよ。僕が分からない所は霧ちゃんに訊いても分かんないだろうから。」
樹は微笑みながらさらりと毒を吐いた。
――怒ってるよ。間違いなく怒ってるよ…。
十五にもなったから少しは大人になったかな、とか淡い期待を抱いていたけど全然性格変わってないよ…。
昔っから可愛い顔に似合わずひどいことを言うけど、久しぶりだとさすがに堪えるわ……。
いきなりな暴言に私が顔を引つらせていると、お母さんがうんうんと肯いてさらに追い打ちをかけた。
「昔から霧野よりも樹ちゃんの方が勉強ができるものねえ。時には樹ちゃんが霧野に教えることがあったくらいだし。」
「人にはそれぞれ得手不得手がありますから。霧ちゃんはたまたま僕よりも勉強ができなかったというだけですよ。あ、運動もか。」
「万年学年一位の奴に勝てるわけないでしょがぁっっ!!!凡人を馬鹿にするなっ!!お前の能力がチートなだけだわ!!」
「こら、霧野!!樹ちゃんになんて口のきき方をするのっ!!ちょっとは樹ちゃんを見習いなさい!」
――お母さん!言葉の暴力という点では断然ヤツのほうがひどいですよ!しかも、先制攻撃だし!
しかし、これ以上は何を言っても逆効果だと悟った私は口をつぐみ、お茶を飲むフリをして樹をきつく睨みつけてやった。
しかし樹はそんな私など意に介さず、にこやかにお母さんの相手をしている。
時々こちらに視線をよこしては楽しそうに笑った。
――何で私はあんな奴の顔を見たいと思ったんだろう。てか、何で私はあんなのの友達になったんだろう。
出そうになるため息をお菓子を食べることで押し殺しながら、私は二人の会話を聞き流していた。
「――今日はとても楽しかったです。すごくいい息抜きになりました。」
「こちらこそ。私も樹ちゃんの元気そうな顔が見られて本当に嬉しかったわぁ。受験勉強頑張ってね!」
お母さんが樹を解放したのは六時頃だった。やっと樹が受験生だということを思い出したらしい。
これでやっとリラックスできると安堵して私が自分の部屋に帰ろうとすると、後ろから襟首を掴まれた。
「ぐえっ――――ちょ、お母さん!?いきなり何すんの!」
振り返ると玄関にはお母さんと樹がまだいた。二人とも私の方を向いて笑っている。
正確にはお母さんはニコニコ、樹はニヤニヤとだが。
「もう六時だし、危ないから樹ちゃんを送ってあげなさい。」
――いや、いろいろとおかしくないか?六時っていったって夏だからまだ明るいし、樹の家はお隣さんなんだから、五十メートルなんて送り届けるほどの距離じゃないだろう。
つーか、普通は逆だろうっ!!!何でか弱い女の子の私が、運動も勉強もできるチート野郎の樹を送り届けにゃならんのだっ!!
あ、これは別に僻んでるわけじゃありませんからね!一般常識から抗議してるだけですからね!
私が慌てて反論しようとすると、樹にいきなり口をふさがれた。
「―――ふがっ」
「いろいろと気を使って頂いてすいません。お菓子美味しかったです。お邪魔しました。」
「また来て頂戴ね。霧野の予定は気にしなくていいから。」
――気にしてくれよ。それから、お母さんが言うことじゃないからな!!
しかし樹に口をふさがれているせいで言いたいことは何も言えず、樹を送り届けることになった。
本当に私は押しに弱いな……。
「ぷくっ…ぷははははは!あはははははは!!!最高!!僕と霧ちゃんのお母さんにやり込められた時の顔っていったら……。あはっ、最っ高に良かったよ!」
樹は私と二人っきりになった途端に笑い転げた。服に土が付くのもお構いなしに、地面の上をゴロゴロと転がっている。
「本当にお前な、人のことおちょくって楽しむのもいい加減にしなさいよ!!それに、洗濯が大変になるからさっさと起き上がりなよ。いっちゃんのお母さんになんて説明するの。」
「まず洗濯の心配って何かズれてない?」
「いっちゃんよりはまともだよ。」
「そうかな……。まぁ、説明なら霧ちゃんに襲われかけたとでも言っておくよ。」
「おまっ、ふざけんなよ!!私にショタコンの気はないぞっ!!!おばさんが誤解するでしょがっ!」
「ひどいこと言うなぁ。もしかしてさっきの会話のこと怒ってるの?」
「当たり前でしょ!あんだけボロクソに言われて怒んない人の方が少ないわ!!一遍謝れ。」
「えぇ~~。あれくらいいいじゃん。僕の愛情表現だよ。僕は霧ちゃんの笑顔よりも怒った顔や困った顔、恥ずかしそうな顔の方が見たかったんだよ。」
「誰がいるか。そんな屈折した愛情。……それから顔が近い。離れなさい。」
いつの間にか樹の女の子よりもよっぽど整った顔が至近距離にあり、慣れているはずなのに顔が赤くなってしまった。
そんな私を見て樹は満足気に笑う。……本当にムカつくなコイツ。
「そういえば霧ちゃんさぁ、今日は珍しくお洒落してるね。お出かけでもしたの?」
「そう?お洒落してる?」
そう答えて私は自分の格好を見下ろした。流藍さんに説教されてからはあまり不精ったい格好はしないように心がけているが、だからといって気合を入れているわけじゃない。今だってごく普通の服装だ。
ハイネックの黒のノースリーブのシャツに、大きめのチェックのキュロットスカートで別におかしいところはない。足元が古びたサンダルなのは、急な外出だったので、まぁご愛嬌だ。
顔だって日焼け止めしか付けてないし、髪も別にいじってない。…何がお洒落してるといえるんだ?
「だって霧ちゃんは今までダルダルのTシャツに短パンみたいな普通以下の格好ばっかしてたからさ、今みたいな普通の服装でもお洒落してるように見えるんだよね。」
「何だとっ!?お前、本当に言いたい放題だな!!……別に外出はしたけど川原に行っただけだよ。それから、私が普通の格好してたらおかしいか!?」
「ううん、全然。ただ、地味だなって思っただけ。……ふーん、川原ねぇ……。」
樹の言葉にショックを受けていた私は、最後に呟いた言葉を聞き取ることができなかった。
樹の家の前で別れると、私は急いで家に帰った。
樹の言葉がグサッと突き刺さり、クローゼットを整理しながら落ち込んでいたことは樹には内緒だ。