ストーカーは犯罪です。
――それから約二十分後。
青年と私はなぜかずっと見つめあっていた。
というか、この変な人が一方的にガンを飛ばしてくる。
視線がめっちゃ痛い。視線で人の体に穴を開けることができたら、多分私の体は穴だらけだろう。
そのくらい見てくる。
え?何?
何か用ですか?
用があるなら、早く何か言えよ。
さっきまで勢いよくしゃべってたじゃん!
よく人のこと二十分も飽きもせずに見てられるな!
さっきまで自分の方こそ青年の顔面を食い入るように見つめていたことは棚に上げて、私は青年にメンチを切ろうとして…やめた。とても怖かったのです。
それでも沈黙と暑さには耐えきれず、平和的に解決する、つまり話し合うことにした。
「あの、上着改めてありがとうございます。助かりました。…濡らしてしまってすいません。」
「……別に、いい。気にするな。」
私が声を掛けると、青年はハッとして我に帰り、わざとらしく咳払いをした後に答えた。
照れているのだろうか。少し赤くなった顔がかわいく見えないこともない。
私は初めて意志疎通ができたことに力を得て――さっきの一方的に叱られたのはノーカン――先ずは自己紹介をする事にした。
「は、初めまして。東 霧野といいます。特技は―――」
「…知ってる。」
「え?」
「君のことは全部知ってるから、自己紹介はしなくていい。」
テンパった私が入学式のような自己紹介をしようとすると、それを遮った青年はさらりと爆弾発言を放った。
―――えぇぇぇぇぇ!!?
今の何!?
普通に会話しようとしただけなのに、まさかのストーキング発言頂いちゃったよ!?
「全部知ってる」ってどこまでが全部!?
と、とにかく、落ち着け私!!
「――あの、ではあなたは誰ですか?」
「覚えて無いのか?」
「へ?」
―――いや、いくら私でも、こんなイケメン様は一回でも見たら忘れませんよ?
「まぁ、知らないならいい。――俺の名は黒栖 流藍という。この川の河伯だ。」
「カハク?」
「ああ。ようするにこの川の守り神ということだな。」
――守り神?
この人、本気で言ってんの!?
ストーカー発言の次はオカシイ人発言ですか?
この暑さのせいで頭のネジが緩んじゃったのか?
「えーと、つまり黒栖さんは神様ということですか?」
「神様ではなく、守り神だな。……あと、“黒栖さん”という呼び方はやめろ。流藍でいい。」
――いやいや、初対面の人をいきなり名前呼びとか、できませんから!!
でもなぁ、この人怒らせると怖いしなぁ。
とりあえず、ここは大人しく相手の言うことを聞いておこう。
それよりも今は訊きたいことがある。
「流藍さんはさっき私のことを知ってるって言ってましたけど、どういうことですか?」
流藍さんは私の質問には答えず、ここは暑いから話す場所を変えようと言い出した。
あれ?私の質問聞こえませんでしたか?
もしかしなくても、話そらされてる?
しかし、私もいい加減熱中症になりそうだったし、服も着替えたかったのでその提案に素直に頷いた。
流藍さんが私の手を引いて歩いて来たのは私の家だった。
つーか、何で家の場所知ってるんだ!!
どうせ寄るつもりだったからいいけどね!
玄関で呼び鈴を鳴らしてみたが、家の中からは全く人の声がしない。
どうやら、お母さんは出掛けているようだ。
それにほっとしつつ鍵を使って家に入る。
後ろを振り返ると流藍さんはなぜか呼び鈴に興味津々だ。
そんな流藍さんを玄関に残して急いで足拭きようのタオルを差し出すと、不思議そうな顔をされた。
「川にいて、足濡れませんでしたか?ショートブーツだから、水が入ったでしょう。」
「ショートブーツ?なんだ、それは?」
「いや、今あなたが履いてるものでしょう?」
「そうなのか?」
えぇ!?自分が履いてるものの名前も知らないなんておかしくない!?
それとも、これは神様設定のための演技ですか?
とにかく靴を脱いでもらったが、靴も靴下も全然濡れてなかった。
ついでにいうと、私がお借りしたジャケットもだ。
肌触りは普通の布なのに。
ジャケットと直接接触してたTシャツはまだべちゃべちゃなのに。
流藍さんを居間に通して麦茶とお茶うけとしてプッ〇ンプリンを振る舞うと、着替える為に脱衣所に向かった。
さっき散々服装について怒られたので、膝丈より少し長めのワンピースという比較的おとなしめのものにした。
タオルで髪の水気を拭い取っていると、洗面所の鏡に自分が映る。
鏡に映る自分は鼻の頭を日焼けで真っ赤にしていた。
――うわー。川に入っちゃったから、日焼け止めが取れちゃったのか。
後で痛まないといいけど。
私は色素が他の人よりもずいぶんと薄いらしく、髪も瞳も薄い茶色で肌も他の人よりも白い。
流藍さん程じゃないけど。
そのせいか、日焼けしても赤くなるだけで黒くならないのだ。
髪は肩くらいまでの長さだ。
友達は染めなくてもいいのが羨ましいとか言ってたけど、とんでもない。
クラスが替わるごとに先生に異装届けを提出しなくちゃいけないし、悪目立ちしてしまう。
ここはド田舎だから小学校、中学校、高校はそれぞれ一つずつしかなく、怖い先輩に目をつけられるということもない。
しかし、もし都会だったら、オネエサマ方に校舎裏に呼び出されてあわわわわ…。
急いで妄想を振り払うと、居間に戻った。
流藍さんは麦茶は飲んでくれたようだが、プリンは手付かずだ。
しかも睨んでいる。
嫌いなのだろうか。
「あの、プリン嫌いなら食べなくていいですよ。」
すると、流藍さんは顔を上げて大真面目で言った。
「匂いで食べ物であることは分かるのだが、食べ方が分からない。」
――そうですか…。
しょうがないのでプリンの上蓋をめくってやり、ついでにスプーンの持ち方も直してやる。
自称神様の美形青年が危なっかしそうにプリンを食べるのを見て、不覚にもキュンとしてしまった。
自分で自分の萌えポイントが分からない。
流藍さんがプリンを食べ終わるのを待ってから、話の続きをすることにした。
いろいろと訊きたいことも増えたし。