「王種降臨」part6
一二三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
勇者さんに見送られて
意気揚々と出発する結界処理班
完全に姿が見えなくなる前に子狸が振り返って
不自然に身体をねじりながら前足を交差させた
ひそかに考案したブロックサインらしいが
一人で完結してしまったので
狐娘が翻訳でもしない限り伝わることはない
勇者「さっさと行きなさい」
もちろん叱られた
ところが、子狸はよく見えなかったのだろうと判断したらしい
子狸にとっては重要なことなのだろう
その場で飛び上がって同じポーズをとる
そして空中でバランスを崩して、肩から落ちた
地味ににぶい音がした
子狸「……ぐふっ」
勇者「…………」
早くも負傷した子狸を
羽のひとが念動力で引きずっていく……
一二二、管理人だよ
ちっ……しばらく右腕は使いものにならねーな……
羽のひと、離してくれ!
巫女さんに危機が迫っている……
勇者さんに伝えなくては!
一二二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
うおっ!? 珍しくついてきてる!
一二三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
さぁっ! 盛り上がってまいりました!
ここで子狸さんに問題です!
一二四、管理人だよ
おっと、その手には乗らないよ
いつまでも同じ手口が通用すると思ったら大間違いだ!
一二五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
なんだ、逃げるのか?
まあ、子狸には少し難しい問題かもしれんね
一二六、管理人だよ
おれは逃げも隠れもしないよ!
いつ何時、誰の挑戦でも受けるっ!
ばっち来ぉーい!
一二七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ふふん、その心意気は買ってやるぜ
行くぞ!
古文からの出題です
王国暦53年に旧魔都の跡地から出土した魔物たちの手記
題名『ハイリスク・ハイリターン』
魔物たちの反省文をまとめたものとされてますが……
第零章、方舟の黙示録に収録されている
魔王をぶん殴った編者の台詞は何でしょう?
一二八、管理人だよ
そんなの簡単だよ
バーニング! だろ
一二九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
おやおや? 即答ですか? ずいぶんと自信があるんですね~
本当に?
一回だけなら変えてもいいですよ?
一三0、管理人だよ
いや……いや! 待て……少し考える……
一三一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ポンポコぉぉっ! シンキィィング! タァァァイム!
ミュージック! スタートぉっ……
一三二、海底洞窟のとるにたらない不定形生物さん
ちゃっちゃっちゃらっら~
ヘイ! オーゥ!
一三三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
しゃかしゃかしゃかしゃか
ヘイ! ワーオ!
一三四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
はい! ありがとうございました!
それでは、子狸さん回答をどうぞ!
一三五、管理人だよ
ぐぬぬ……
ええいっままよ!
バーニングでお願いします!
一三六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
…………
……!?
…………
正解(にこっ
一三七、管理人だよ
ひゅー! さすがおれ! さすがおれと言わざるを得ない!
一三八、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
子狸さん1ポイント獲得!
おっと、ここでさらに……!?
どん! ボーナスチャンス!
バスケットカウント、ワンスロー!
羽のひと、お願いします!
一三九、管理人だよ
羽のひと……!
一四0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おう。任せとけ
すぅ……ふっ
……ちぇすと!
一四一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ボールが手元を離れた瞬間――
羽のひとの口元に確信の笑みが浮かんだ
フリースローラインからのジャンプシュート
……完璧なフォームだった
着地と同時に天を指差し
ぴっと振り下ろす
放物線を描いてリングに吸い込まれていくボールが
まるで神聖な約束を果たそうとしているかのようだ
結果は見るまでもないと
くるりとリングに背を向けた羽のひとが
今度は子狸を指差して、ぱちりと片目をつぶった
そう、約束は果たされたのだ――
喝采を上げて駆け寄る子狸に
羽のひとは肩をすくめた
彼女は、こう言っているのだ
たんに自分は仕事をこなしただけである
いつもなら、もっとスマートに決める……
今日はちょっと調子が悪いよ、と……
一四二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ところで子狸さん
何の話でしたっけ?
一四二、管理人だよ
え? なにが?
一四三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、いいんだ。気にしないでくれ
一四四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸で遊んでると、不可能なことなんて何もないと錯覚してしまうのが難点だな……
結界処理班に遅れて、残った面々も出発する
巫女一味に合わせてか、勇者さんも徒歩で進むようだ
巫女さんは最後まで子狸と羽のひとの身を案じていた
巫女「本当に二人で大丈夫かなぁ……」
まさかフリースローしてるとは思うまい
二人が消えていった方角をちらちらと見ている巫女さんに
勇者さんがぴしゃりと言った
勇者「気を散らさないで。二人のことよりも、あなたは自分の身を心配なさい」
巫女さんはむっとして、となりを歩く勇者さんを見る
巫女「リシアちゃんは二人が心配じゃないの? 仲間なんでしょ?」
しごく真っ当なことを言っている
が、しかしそうではない。論点が違う
アリア家の人間は、自分自身を駒の一つとして扱う
それはとても悲しいことなのだが、彼らが自覚することはない
そして巫女さんは、勇者さんの本名を知らされていないから
勇者さんに人間らしい感情の働きを求める
そうではないのだと勇者さんは言う
勇者「わからないの? 魔物に狙われているのは、あなたよ」
う……!
一四五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
うぐ……!
一四六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ぐぬっ、バレてる……!
一四七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
勇者さんが青いのんの薄汚い罠を看破した一方その頃……
子狸「ぬう……」
子狸は前足を組んでうなっていた
勇者さんの手前、あの場では結界の規模を特定する必要があるとは言ったものの
そんなものは、このおれに掛かればスキップできる工程だ
そして結界を張るだけなら
勇者さんの目が届かない範囲まで移動するだけでいい
手間を省いたぶん浮いた時間を
おれは子狸の特訓にあてようと思う
つまり子狸よ、結界はお前が張るんだ
というわけである
一四八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
無理だろ
一四九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いや、いけるって
ジェット・フェアリー号でさぁ
こいつ、勇者さんの声を再現してたじゃん
あれができて、結界ができない道理はないだろ
むしろ魔属性と豊穣属性があるぶん
他の人間たちよりは適性があるはず
一五0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まあ、そうね
それに結界が使えるようになれば
特訓の効率がぐんと上がる
さんざん教えてきたのに一向に覚えないから
諦めかけてたんだけど……
お、動きはじめたぞ
イメージがまとまったみたいだ
ぐぐっと前足を硬く握りしめた子狸が
腰を落としてこぶしを突き上げる
入り方からしておかしいが
集中力を高める方法はひとそれぞれだ
とやかく言うことはすまい
子狸「パル・アルダ!」
突き上げた前足を、光と闇がとりまく
子狸「ゴル・レゴ!」
さらに火と雪をブレンド
地面をにらみ、こぶしを構える
子狸「イズ・ポーラレイぃぃぃっ」
入魂の前足を
裂ぱくの気合と共に大地へと打ち込んだ
子狸「ドミニオン!」
複数の属性魔法を融合して
世界を再構成するのが結界の基本である
おれたちは、土魔法を除いた六つの属性で結界を作る
羽のひとに至っては、そこからさらに発電魔法を除外した五属性だ
子狸は七属性
もちろん融合する属性は多ければ多いほど簡単になる
発電魔法以外で微弱な刺激を再現するのは難しいし
土魔法以外で歩行感覚を補うのは難しいからだ
ためしに子狸の魔法に感覚を委ねてみると
次の瞬間、おれたちは宇宙にいた
一瞬で呼吸困難に陥った子狸に酸素を供給してやりながら
星を眺めよう
わーきれいだー
一五一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
わーきれいだー
一五二、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん
わーきれいだー
一五三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
お前らがポンポコ空間を遊泳している一方その頃……
勇者さんの発言を受けて
周囲を固める側近たちが一斉に警戒心を高めた
これが熟練の騎士たちだったなら
内心はどうあれリラックスした様子を保ち続けただろう
持久戦は分が悪いと知っているからだ
膠着した状況を打ち破ろうとするなら
狙撃を誘うのがいちばんの近道だ
少なくとも勇者さんはそのつもりだったのだろう
巫女「え? わたし?」
しかし見ての通り、巫女さんには危機感が欠如していた
目を丸くしている彼女に
勇者さんは淡々と告げる
勇者「自分で考えなさいと言いたいところだけど……時間がないわ。よく聞いてね」
その口調は優しげですらある
巫女さんが貴族だったなら突き放したかもしれない
しかし彼女はれっきとした平民だ
まして巫女一座は争いごとを生業とする集団ではない
おのずと求めるものが違ってくるのだろう
勇者さんが口を開く
一五五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
火口の! のんびり聞いてる場合じゃねーぞ!
一五四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
くそっ、手の内を見せすぎたか……!
レクイエム! 毒針ぃっ……
一五五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
待て! あ~……
一五六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そう、このタイミングしかなかった
もしも原種が本気なら
わざわざ結界を用いて自分の存在を示唆するようなへまはしない
だから勇者さんは
おそらく原種は参戦に対して消極的で
毒持ちにお願いでもされて戦力の分散だけを承諾したと読んだのだろう
数ある秘術の中から結界をチョイスしたのは
狙撃に邪魔な羽のひとと子狸を排除したかったからだ
火口のんは
状況的に狙撃を強要されたことで
射角とタイミングを誘導された
乱暴に巫女さんを引きずり倒した勇者さんが
飛来した触手を片手で掴みとった
異常な退魔力に晒された触手が
即座に霧散した
巫女「ひゃあんっ!」
掴みやすい袖だったものだから
いきなり引っ張られて生肩を露出した巫女さんが妙な声を上げた
勇者さんは意に介さない
勇者「盾! 足元にも気を配りなさい!」
いそいそと肌を隠しているお色気担当の
いちばん近くにいるのは生贄さんだ
生贄「ディレイ! エリア・ラルド!」
続いて側近AとBが巫女さんの左右を固め
CとDは反撃に回ろうとするが
素早く森の中を行き来する火口のんに
標的をしぼれずにいる
一五七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ぐぬぬ
さすがに子狸のようにはいかんか……
土魔法が面倒くせえ
しかし、この距離だ。近づかなければどうということはない!
巫女どもの前では聖☆剣も使えまい!
一五八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ところがどっこい、ここで死霊魔哭斬ですよ
一五九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
ひゃあんっ!
あ、あぶなかった……
一六0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
ちっ……
ま、そうだよね。必要とあらば使うだろうさ
でも、巫女さんたちびっくりしたんじゃない?
一六一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いや、びっくりするひまを勇者さんが与えなかった
勇者「距離は!?」
巫女「えっ! あ、うん。届くよ。でも速すぎる」
やっぱり巫女さんは、勇者さんが聖☆剣を持ってるところを見てたんだな
一瞬のことだったから確信が持てなかったのか?
それでも心の準備はできていたから、勇者さんの質問の意図を汲めるくらい冷静だ
かろうじて投射魔法の射程内ではあるが、捉えきれないということだ
一方、火口のんの狙撃は正確だ
圧縮弾でけん制している側近CとDを狙い撃ちし
釘付けにすることで分断を図っている
とっさに二人組で動けるあたり
巫女一座の錬度は思いのほか高いのかもしれない
いまのところは盾魔法でしのいでいるが
どちらかがミスをした時点で二人脱落だ
狐娘「わたしが……!」
狐娘には、とにかく前に出ようとする癖がある
もともとそうした傾向はあったが
いつも近くに悪い見本がいるせいで一向に改善されない
彼女の暴挙を見逃す勇者さんではない
勇者「コニタ! わたしのそばにいなさい」
狐娘「もっと優しく」
良貨は悪貨に駆逐される運命にあるというのか
子狸みたいなことを言いはじめた
勇者さんは迷わず言い切る
勇者「わたしと一緒にいて」
狐娘「うん!」
良い返事だ
ここしばらく元気がなかった狐娘が
調子を取り戻しつつあった
狐娘「アレイシアンさま。リンカーは役立つ。呼ぼうか?」
勇者「だめ。毒持ちは最低でも二体いる」
羽のひとのスピードなら、呼べばすぐにでも駆けつけることができる
ただしその場合、子狸は置き去りだ
じりじりと押されつつある側近二名が心配でならないのだろう
巫女さんが悲鳴を上げている
同志というだけあって、意外と部下思いなのだ
巫女「リシアちゃん、何とかして~!」
生贄「泣いてる場合ですか! おちついて! 立ち上がるな、ばか!」
たいていの人間は、巫女さんに浮世離れした印象を受ける
しかし深く関わるにつれて、そうではないことに気が付く
一座の人間は、口を揃えて「ふつうの女の子だ」と言うだろう
おれたちもそう思う
事実そうなのだろう
巫女さんはふつうの女の子だ
あれだけの才能に恵まれ、爆破魔とか呼ばれてるのに
演じるでもなく、歪むこともなく、ほどほどに理不尽で
ふつうなのだ
魔女――と宰相が呼んでいるのを聞いたことがある
巫女「ぐすっ、同志ぽんぽこ~!」
困ったときの子狸である
一六二、住所不定のどこにでもいるてふてふさん
子狸「むっ……!」
そして子狸は、巫女さんの悲痛な叫び声に共鳴するのだ
じつに奇妙な関係である