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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
ふむふむ……ほほう……by大きいひと
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「豊穣の巫女」part4

三一一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 巫女さんの一味にとって

 子狸を隔離するのはさして難しいことではない


 テントの中で踊っているポンポコは

 レベル2までしか魔法を使えないから

 レベル3の魔法で閉じ込めてしまえばいいのだ


 つまり裏を返せば

 いまこの場で開放レベル3に開眼すれば

 子狸は晴れて自由の身だ


子狸「ディレイ!」


 泥臭い動きでテントの中をごろごろと転がった子狸が

 盾魔法を足場に飛び上がると

 渾身のポンポコパンチをテントに叩きつけた


子狸「アバドン!」


 もちろん弾かれる


 素早く前足を引っ込めた子狸が

 ひざをたわめて着地の衝撃を軽減し

 今度は後方へと飛んで距離を置く


 二度、三度と小刻みに跳ねながら

 本命の詠唱をはじめる


子狸「レゴ・タク・ロッド・ブラウド・グノー!」


 くるりと回って前足を振り上げるが

 伝播魔法を連結した時点で不具合が発生した


 処理速度が急激に落ち込み

 イメージとの落差で立ち行かなくなる


子狸「っ……ドロー!」


 慌てて加速魔法で立ち直しを図るが

 あとの祭りだ

 

 雪の結晶が名残りを惜しむように舞う中

 子狸はひざをついて悔しげに地面を叩いた


子狸「くそっ……何がいけないんだ?」


 思ったよりも気にしていたらしい


 ポンポコウォッチングに興じていた勇者さんと狐娘が

 振り返って巫女さんを見た


 子狸にアドバイスできるとしたら

 それは彼女しかいない


 二人の視線に気付いた巫女さんは

 わざとらしく咳払いしてから

 配下の女性に目配せした

 出入り口を開放しろということだろう 


子狸「ばかめ!」


 ずっとこの機会をうかがっていたのだろう


 顔を上げた子狸が

 出入り口に向かってクラウチングスタートを切った


 とつぜんのことに硬直した巫女さんの脇を抜けて

 おれのボディブローに悶絶した


おれ「戻れ。おら」


 お前のためだというのがわからんのか


 おれは心を鬼にして

 ひざから崩れ落ちようとする子狸を念動力で固定し

 もう一度、今度はショートアッパー気味のボディブローを叩き込んだ


子狸「おふっ!」


 身体をくの字に曲げた子狸が

 よろよろとテントの中に戻っていく


 のたうち回る子狸に

 巫女さんが優しく声を掛けた


巫女「だいぶイイのが入ったけど……大丈夫?」


子狸「……十秒くれ」


 宣言どおり、十秒後にはぴんぴんしていた


子狸「ふっ、こぶしが軽いぜ」


おれ「急所は外したからな。次はないと思え」


 狐娘に続いてテントの中に入ってきた勇者さんが

 ぴっと人差し指を立てておれを叱る


勇者「リン。もう少し手加減なさい」


おれ「はい。ごめんなさい」


子狸「やーい。怒られてやんの~」


勇者「あなたも突拍子のない行動は慎みなさい」


子狸「はい。ごめんなさい」


勇者「よろしい。じゃあ仲直りの握手して」


おれ&子狸「はーい……」


 しぶしぶと歩み寄り

 おれと子狸はハイタッチした


 勇者さんの情操教育は順調に進んでいる


 おれたちのやりとりを眺めていた巫女さんが

 いまさらながら首を傾げて言った

 あとは寝るだけなので寝間着姿だ


巫女「同志ポンポコは、まだ上級魔法が使えないのか?」


子狸「ご覧の通りさ」


 虚勢を張る子狸に巫女さんが講釈を垂れる


巫女「上級魔法は少しイメージとずれる。それを計算に入れないとだめだぞ」


 人間たちの魔法は開放レベル3が限度である

 そのレベル3にしても無理やり使っているようなものなので

 レベル2と同じ感覚で使おうとすると齟齬をきたして作動しないのだ


 子狸には何度も教えてきたことだが

 こればかりはセンスの問題なのでいかんともしがたい


 子狸は大仰に肩をすくめた


子狸「ご覧の通りさ」


 念のために言っておくが誤植ではない


 このポンポコは魔法よりも

 まず国語を何とかするべきである


巫女「あ、このひと絶対に理解してない! リシアちゃん、何とか言ってやってよ~」


 巫女さんに泣きつかれて

 勇者さんは言葉を選んだ


勇者「……ひとには、向き不向きがあると思うの」


 無理にレベル3に手を出すと

 スランプに陥る可能性もある

 勇者さんは無理強いしなかった


 一方、狐娘は学校に興味があるようだ


狐娘「学校では習わないの?」


子狸「どうだろう? 中級とか上級とかややこしいんだよ」


 おそるべきことに

 呼称の段階でつまづいていた


子狸「コニタも大きくなればわかるよ」


狐娘「さわるな」


 狐娘の頭を撫でようとして払いのけられている



三一二、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 狐娘は勇者さんに依存しすぎじゃないか?



三一三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 勇者さんは狐娘に甘いからな


 ふつうは他人が近寄ってきたら多少は意識するもんだが

 勇者さんの場合はまったく身構える様子がない

 ちいさい頃からずっと一緒だったから慣れてるんだろう



三一四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 本人に甘やかしているという自覚がないんだろうな

 ごく自然に手をつないでるときがある


 さしもの子狸さんも嫉妬を禁じ得ないぜ


 ともあれ就寝時刻だ


 巫女さんが勇者一行と一緒に寝ると言い出したのは

 いささか警戒心が薄すぎる気もするが

 まあ妥当な判断だろう


 現地の住民でもないのに

 港から遠く離れた森の中で魔物の襲撃を受けていた一行だ


 監視下に置いておきたいだろうし

 もしかしたら巫女さんは勇者さんの正体に察しがついているのかもしれない


 魔王と勇者は表裏一体の存在だ


 魔王が復活したというなら

 どこかで勇者が誕生していたとしても不思議ではない


 そもそも、あのタイミングなら

 聖☆剣を見られていたとしてもおかしくないのだ


 三人娘をテントの外に連れ出そうとする巫女さんだったが


巫女さん「えっ、いつも一緒に寝てるの?」


 寂しそうに鳴く子狸を問いつめたところ

 これまで長らく同じ部屋で寝ていたことが発覚する


 巫女さんは声をひそめて子狸に尋ねた


巫女「……もしかしてコレっすか、ポンポコの旦那?」


 小指を立てて、ちらりと勇者さんを見る


子狸「よせよ、照れるじゃないか」


 子狸はまんざらでもない様子だ


 まあ……未婚の男女が同じ部屋で寝泊りしていたら

 恋仲を疑われても仕方がない


 これには狐娘が黙っていなかった


狐娘「アレイシアンさまは、そんなのと恋人になったりしない」


 そんなのが反論した


子狸「大切なのは本人の気持ちだと思う」


妖精「盛り上がってるのはお前だけですけどね」


 羽のひとのツッコミは容赦がない


 巫女さんは一般的な感性を持ち合わせているようで

 子狸と同じ屋根の下で眠ることに難色を示している


巫女「え~……本当に一緒に寝るの?」


子狸「だぶるだ」


 ダブったのはお前ですけどね


 ぴっと二本指を立ててキメる子狸に

 巫女さんは深いため息を吐く


巫女「わかったよぉ。寝顔とか見たら怒るからね!」


 そう言い残して、テントの中央を陣取っている三人娘と合流した


 子狸はひとり寂しくテントの端で丸まっている


子狸「……この仕打ちは何なんだろう」


 世の不条理を嘆いていた


 女三人で姦しいという言葉もあるが

 勇者一行の三人娘はあまり無駄話をするタイプではない


 子狸が枕を濡らしたのは

 彼女たちを巻き込んで巫女さんがガールズトークをはじめたからだ

 その輪から弾かれたポンポコの寂寥感たるや並大抵のものではない


 巫女さんと羽のひとが明るく場を盛り上げ

 狐娘が相槌を打ち

 ときおり勇者さんがつぶやく


妖精「たまに鋭い目をしてると思ったら、リシアさんのこと見てるんですよ~」


巫女「ふむ。あやつめ、成長しおったな……」


狐娘「アレイシアンさま、自分の身は自分で守らなくちゃだめです」


勇者「……聞こえてると思うけど」


 離れたところで

 おれと子狸は脳内トークだ


子狸「…………」



三一五、管理人だよ


 おれたちも負けてられないな


 お前ら、ボーイズトークしようぜ



三一六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 べつにボーイズでもないんだが……


 なに? 人型のひとたちを除いてってこと?



三一七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 おれは構わんが……


 傍目から見たら、お前が自分の話題に耐えきれず狸寝入りをしている現状に変わりはないぞ



三一八、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 そもそもボーイズトークってなんだよ



三一九、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 まあまあ……たまにはいいんじゃないか、こういうのも


 じゃあ、こんな感じで


 ※ 以降、海のひと、羽のひと、牛のひと、歩くひとは閲覧禁止


 ほい、スタート



三二0、管理人だよ


 わくわくしてきた


 むかし作った秘密基地を思い出さないか



三二一、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん


 凄惨な事件だったな……


 歩くひとに引きずり出された骨のひとの悲痛な叫び声が

 いまだ耳にこびりついて離れねえ……


 あの頃、子狸さんの土魔法は輝いて見えた



三二二、樹海在住の今をときめく亡霊さん


 やめよう、その話は……


 トラウマ以外のなにものでもない



三二三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 いや、待て

 ひとつだけ聞いておきたいことがある


 子狸よ、何故だ

 なぜ、おれたちを裏切った



三二四、管理人だよ


 え。よく覚えてないけど……


 女の子に逆らうとろくなことにならないと

 お前らが教えてくれた気がした……



三二五、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 ……そうか。そうだな


 ポンポコキャッスルは……


 不滅です……



三二六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 不滅です……



三二七、管理人だよ


 なんだよ! お前ら静かすぎるだろ!


 盛り上がっていこうぜ


 

三二八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 オチが見えるんだよ……


 見ろよ、いつも緑のひとに付きまとってる

 でっかいのがノータッチじゃねーか……


 あのひと、本当に……

 個人主義っていうか

 おれたちのこと平気で見捨てるよね


 そのわりには噛ませ犬というか……

 憎めないところがある



三二九、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 あれはあれで優しいところもあるんだよ


 で、子狸は勇者さんのことが好きなんだよな?


 うちのお魚さんみたいなひとのことは、もういいの? 初恋なんでしょ?



三三0、管理人だよ


 いやいや、初恋というか……


 べっ、べつに勇者さんのこと、そういう目で見てねーし!



三三一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 なにをいまさら照れてんだよ


 よくわからんやつだな……



三三二、管理人だよ


 そう言うお前らはどうなのさ?


 けっきょく誰が誰を好きなのか

 そろそろ、はっきりしてくれないか

 


三三三、樹海在住の今をときめく亡霊さん


 なんで恋愛感情が確定情報だよ


 まあ、べつにいいけど……


 じゃあ、おれたちが言ったらお前も言えよな



三三四、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん


 え? 四人のうちの誰かってこと?


 それなら、おれは海のひとかなぁ……



三三五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 おれも海のひとかなぁ……



三三六、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 おれも……


 というか選択の余地がないよね……



三三七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 だよなぁ……


 家庭内暴力は避けられないにしても

 せめて致命傷は避けたい……



三三八、管理人だよ


 えっ……お前ら全員そうなの?


 海のひと人気あるんだな……



三三九、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 おやおや? 子狸さん、動揺してます?


 にやにや



三四0、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 新しい恋に生きましょうよ~


 にやにや



三四一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 文字どおり生きる世界が違いますからね~


 にやにや



三四二、管理人だよ


 いやっ違うんだよ


 おれは勇者さん一筋なんだけど

 なんていうかね、うん

 ちょっと意外だなって思って……



三四三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 ふうん……



三四四、樹海在住の今をときめく亡霊さん


 もちろん羽のひとも可憐だよな



三四五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 ああ、言うまでもないな



三四六、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん


 おれの場合は逆に近すぎて照れ臭いっていうかさ……な? わかるだろ?



三四七、沼地在住の平穏に暮らしたいトカゲさん


 わかるよ


 とくに接点はないけど

 おれも逆に近すぎるっていうか

 高嶺の花というかね、うん



三四八、管理人だよ


 え? お前ら急にどうしたの?



三四九、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ときにお前ら


 件の特装騎士に

 名のある騎士はいなかったようだが

 見えるひとはけっこう苦戦したようだな

 ろくろやってる場合じゃないぜ



三五0、管理人だよ


 うん? うん


 お前ら羽のひとのことも好きなの?


 たしかに可愛いけど


 まあ、わかる気もするかな

 あのひと、こっそり治癒魔法かけてくれたりするんだぜ


 

三五一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 お前っ……それはずるくねーか!?


 それはずるいだろ!


 気付いてないふりしてんだろ!?



三五二、管理人だよ


 うん? うん



三五三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 こ、こいつ……!



三五四、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中


 楽しそうな話してんね



三五五、海底都市在住のごく平凡な人魚さん


 明日も早いんだから

 子狸はそろそろ寝たほうがいいぞ


 おれたち、これからちょっと政治について話し合うから



三五六、管理人だよ


 そうか。政治はむずかしい


 わかった。お休み、お前ら



三五七、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 おれたちの夜明けは、いつなんだよ……?




 注釈


・おれたちの秘密基地


 秘密基地を作りたいとか言い出した子狸(幼)に魔物たちが協力したことで起こった事件。

 魔物たちの指導で子狸が土魔法でお城を作るというほのぼの路線から一転、野心に目覚めた魔物たちがポンポコ王国の樹立を宣言したことで魔物同士の抗争に発展した。

 いろいろとストレスがたまっていたらしい。

 完成したポンポコキャッスルは、すでに子狸の手を離れて要塞と化していた。

 のちに羽のひとの手引きにより子狸の救出に成功。ポンポコ王国は日の目を浴びることなく秘密裏に処理されたらしい。

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