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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
ふむふむ……ほほう……by大きいひと
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「豊穣の巫女」part2

二五一、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 およそ千年前

 人間たちは国という概念を持たなかった


 ある一定以上まで集団が膨らみ

 魔法使い同士の抗争が起きることを恐れたからだ


 その時代

 魔法使いは群れを率いる長であり

 また秀でた術者が治める村は豊かな暮らしを約束されていたから

 優れた資質を持って生まれた者は大いに歓迎されたし

 将来を嘱望された


 しかし連結魔法が普及したことで

 やがて魔法はごく一般的な

 日常生活を支える手段となった


 その過程で神秘性が失われたとしても

 利便性が損なわれるということはない


 魔法の研究が進み

 いつしか人間たちは

 自分たちの魔法に限界があることを知った


 いまとなっては

 学校を卒業する年頃になれば

 開放レベル3を扱える人間というのは珍しくない


 人間にはとくべつな存在になりたいという欲があるから

 魔法への情熱を燃やせるのは一部の

 熱心な研究者だけということになる


 豊穣の巫女は魔法にとり憑かれた人間だ


 活動家であると同時に

 若くして名を知られた研究者でもある



二五二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 モノローグありがとうございます


 洗練されたリアクションをとる子狸に

 巫女さんは気分を良くする


 生真面目な表情を保っているが

 両手を腰に当てて胸を張るのは興が乗ってきた証拠だ


巫女「文明を否定するつもりはない。それは素晴らしいものだろう。だが、本当にこのままでいいのか?」


 演説し慣れている

 両腕を広げると、ゆったりとした袖が

 純白の翼のようにも見えた


 人目を惹くよう計算され尽くした衣裳だった


巫女「そう遠くない未来、大衆は気が付くだろう。そうなってからでは手遅れなんだ」


 そう言って彼女は

 びしっと人差し指を子狸に突き付けた


巫女「なぜ自覚しないのか? 千年後の子孫たちが苦しむとしたら、それは現代を生きるわたしたちの責任ではないのか? 人間は常に歴史の分岐点にいる!」


子狸「……!」


巫女「わたしに付いて来い、同志ポンポコ。新しい世界を見せてやる。わたしに力を貸してくれ」


子狸「同志シャルロット!」


 感銘を受けたらしい子狸が

 巫女さんとがっちりと握手を交わした


 巫女さんの名前はシャルロット・エニグマと言う

 一時期は偽名を使っていたようだが

 あまり意味がないとわかってからは本名で通している


 子狸は感激していた


子狸「やっと更正してくれたんだね! 長かった……!」


巫女「んむ! 目が覚めたよ……否! 使命に目覚めたと言うのかな……爽快な気分だ」


 このやりとり何度目だろう……?


 おい。ポンポコ。騙されてるぞ



二五三、管理人だよ


 失礼なことを言うな!


 おれにはわかるんだよ。彼女の目を見ればね


 きれいな目をしている

 濁りのない眼差しをしてるじゃないか……

 もともと悪い子じゃないんだ



二五四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 そうなんだよなぁ……


 みじんの悪意も感じられないのが

 本当に恐ろしい……


 いや、巫女さんの思想を否定するつもりはないんだよ


 正しいことを言ってるとは思う

 ただ、もう少し手段を選んで欲しいというか……


 なんで最終的には爆破という結論になるんだ?



二五五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 巫女さんの主張を

 黙って聞いていた勇者さんが

 ぽつりとつぶやいた


勇者「……豊穣の巫女」


 その声に巫女さんが振り返る


巫女「あれ? 話したっけ? ああ、貴族だもんね。物知りなんだ」


 彼女に勇者さんは

 自分が貴族であることを打ち明けている


 立ち居振る舞いで

 貴族の一員であることを看破されたからだ


巫女「さすがはピエトロ家のお嬢さんだ。ごめんね、べつに騙すつもりはなかったんだけど」


 アリア家は有名すぎるから

 同じ大貴族で剣士の家名を騙っている


 小貴族でもよかったのだろうが

 二重の嘘は真実が露呈したときに

 心証を大きく損なうだろう


 一部の人間が大多数の人間から搾取する貴族社会は

 巫女さんが戦いを仕掛けている枠組みの一つだ


 彼女の思想に真っ向から対立するのが

 いまの暮らしに満足している人間なのだから


 巫女さんの言葉にはトゲがある


巫女「でも、お互いさまだよね。アレイシアン・ピエトロさん?」


 勇者さんは構わず続ける


勇者「本名はシャルロット・エニグマ。公立学校で優秀な成績を修め、高等部への進学を確実視されるも学校を中退」


 諳んじているのは

 巫女さんの履歴だ


勇者「中退後、各地を転々としながら公共施設の無軌道な破壊を繰り返す。死傷者はなし。綿密に計算された犯行とその手口から……ついたあだ名が“爆破魔”」


巫女「ショックだなぁ……そんなふうに呼ばれてるんだ?」


 巫女さんは自分の二つ名を知らなかったらしい


巫女「べつに爆破が目的ってわけじゃないんだけどね。言葉だけじゃ人は変わらないでしょ。行動しなくちゃ」


 いつだって彼女は前向きだ


 おどけて自分の二の腕を誇示する年上の少女に

 狐娘がおびえていた


狐娘「……なんなんだ、お前は。アレイシアンさまに近付くな」


巫女「? さっきまで仲良くお喋りしてたのに。どうしちゃったの?」


 巫女さんは表情が豊かだ

 悲しそうにする彼女に

 子狸が慌てて事情を説明した


子狸「お腹が減って気が立ってるんだよ。黒雲号と豆芝は?」


巫女「いきなり名前を言われてもわからないってば。ごはん持って来るから、テントの外には出ないでね。面倒なことになる」


子狸「手伝うよ」


巫女「うん。じゃあ悪いけど、腹筋しててくれる? 無理にとは言わないけど……」


子狸「! やるよ! 腹筋!」


 その場に寝そべって腹筋をはじめる子狸


 子狸の扱いを熟知している

 おそろしい少女だ……


 筋トレと聞いては

 おれも黙っていられない


子狸「ふんっ、ふんっ、ふんっ」


おれ「角度が浅い! 深く! もっと深く!」


子狸「そうだ! 見てくれ! もっとだ!」


 灼熱のポンポコキャンプが幕を開けた


 テントを出て行こうとする巫女さんに

 勇者さんが声を掛ける


勇者「わたしには、一人の国民としてあなたを通報する義務があるわ」


 どれだけ崇高な理想を掲げようとも

 巫女さんが犯罪者であることは変わりない


 しかし巫女さんの反応は予想外のものだった


 期待にほころぶ瞳が

 勇者さんを見つめた

 

巫女「後世の歴史は、たぶんわたしを肯定するよ。それでも?」


勇者「そんなことは誰も証明できないわ」


巫女「わかるよ。自然は循環するよう出来てる。どこかが狂えば、ぜんぶおかしくなる。人間がそう。だから、いつか破綻する」


勇者「……人類は滅ぶべきだと?」


巫女「それは極論だね。わたしは人間のこと好きだよ? 好きだから、本当に美しいものを残してあげたいと思う。あなたは違うの?」


 この手の問答で

 巫女さんを打ち負かすのは無理だ


 なぜなら彼女が言ってることは

 圧倒的に正しい


 ひとつも間違ったことを言ってないのだから

 論破するのは不可能だ


勇者「それもそうね」


 勇者さんは納得した


勇者「あなたは政治家になるべきだわ。そうしなさい」


 生き方を強要されて

 巫女さんは儚げに微笑んだ


巫女「貴族に生まれてたらそうしたかもね」


 平民に生まれた人間が

 生涯を通して王国の政治に関わる機会はない


 おれの要求に応えて力尽きた子狸(貧弱)が

 視線を通い合わせる二人を見つめて

 いかにも無念そうに言った


子狸「お嬢は、女の子にモテるよね……」


狐娘「…………」


 ひそかに狐娘が同意していた


勇者「……なにを言ってるの?」


子狸「ああ、自覚がないんだ……」


 非モテ派の子狸だから

 勇者さんが醸し出すモテるもののオーラを感知できたのかもしれない


 巫女さんと勇者さんは

 なんだか仲良しになりそうである


 勇者さんに軽く手を振って

 テントを出て行く巫女さんの足取りが軽い



二五六、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 なんで子狸はモテないんだ?



二五七、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 残酷なことを訊くなよ……



二五八、管理人だよ


 なんでだろうね……



二五九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 おれなりに検証してみたんだが


 ……聞きたいか?



二六0、管理人だよ


 参考までに聞かせてもらおうか



二六一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 そうか。後悔するなよ?


 ……ビジュアルじゃねーのかな



二六二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん


 終わった……全てが



二六三、管理人だよ


 ひとの本質は内面にこそ表れるものだよ



二六四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん


 そうね。でもイケメンなら心が汚いってことにはならねーから


 むしろ自分に自信を持てるだろうし

 女の子に意識されるから

 気配りとかも出来るわけよ


 おれたちの子狸さんは

 いったいどこで対抗するの?


 勇者さんのことが好きなら

 しっかりと考えておかなくちゃだめだぜ



二六五、管理人だよ


 男はハートで勝負だろ



二六六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 わかってねーな……

 ハートに逃げてる時点でだめなんだよ


 この際だから言うが

 お前はあらゆる点で勇者さんに負けてる



二六七、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 そうだな。今日はとことん語ろう


 おれが思うに

 子狸にはセクシーさが足りない



二六八、管理人だよ


 セクシーとな?



二六九、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 焦るな


 少しずつ改善していこう


 歩くひと、いる?



二七0、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中


 呼んだかい?



二七一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん


 あれ、フレンドリーだ……



二七二、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸をモテ派にしたい


 どうしたらいいかな?



二七三、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中


 うーん……


 制限解除して無双すれば?

 ちょうど緑のひともいるし



二七四、管理人だよ


 よし、やるか



二七五、火山在住のごく平凡な火トカゲさん


 来るか、ポンポコよ……


 

二七六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 おちつけ


 緑のひとと殴り合えるような人間は

 ちょっとどうかと思うの……


 たくましいとか

 そういうレベルを超越してる


 おれは子狸の意見に賛成だなぁ……

 大切なのは気持ちだと思う


 ためしに勇者さんにウィンクしてみろよ



二七七、管理人だよ


 わかった


 ていっ


勇者「……?」


 ときめいた様子はないな


狐娘「アレイシアンさまに色目を使うな」


 生意気な弟子め


おれ「お嬢さんをおれに下さい!」


狐娘「誰がやるか」


 おのれ。こうなったら……


おれ「お嬢!」


勇者「なに」


おれ「おれと一緒に逃げよう」


勇者「どこへ?」


おれ「どこがいい?」


勇者「……ちょっと、こっちへいらっしゃい」



二七八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 手招きされて

 ほいほいと歩み寄る子狸


勇者「座って」


子狸「……コニタとか言ったな」


狐娘「なんだ、とつぜん」


 何の前触れもなく

 初対面のときに済ませておくべきイベントを消化しはじめた


子狸「お前はお嬢のとなりに座るんだ」


狐娘「……もう座ってる」


子狸「いや、違う。もっと密着して」


狐娘「こうか?」


子狸「……少し角度が気に入らんが……まあいいだろう」


 よくわからんが

 子狸なりに狐娘を気遣っているらしい


 勇者さんはされるがままになっている


 とりあえず正座したポンポコに

 彼女は切り出した


勇者「あなた、土魔法も使えるの?」


子狸「その質問は秘書を通して欲しい」


おれ「秘書などいない」


子狸「おれが政治家になったら、クリスくんを秘書にしようと思ってる」


 その仮定はあまりにも無意味ではないのか……


 しかし歌の人を秘書に任命したことで

 子狸は「どうだ?」と言わんばかりの顔をしている


 土魔法に関する質問を

 完璧に封じたつもりでいるのだ


 つまり状況証拠は揃ったことになる


勇者「そう。使えるのね」


子狸「何故わかった!?」


 子狸は愕然とした


狐娘「本気でびっくりしてる……」


 驚愕する子狸を

 狐娘が不思議な生き物を見るような目で見た


 この瞬間

 子狸の格付けがあきらかに

 狐娘を下回ったのだ……



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