「豊穣の巫女」part1
注釈
・並行呪縛
魔法の働きを自動化する高等術。開放レベル5。スペルは「エリアル」。「選択」の意。
変化魔法と異なる点は「条件付け」にあり、条件Aに対してBという反応を自動で取るよう設定できる。
この条件付けを緻密に行うことにより、たとえば投射魔法に自動追尾機能を与えることも可能だが、そうした用途は滅多に見られない。
おもな使い方はシミュレーターの作成で、とくに鬼のひとたち監修のもとフ ァイブスターズがリリースしている「つの付きシミュレーター」のシリーズは高い評価を得ている。歴代の世界の鎧シリーズを駆ってミッションをクリアしていくという内容だ。
協力プレイが可能で、現在のバージョンは一号機~四号機までの中から搭乗機を選んで出撃することになる。中でも、傑作として知られる三号機は人気が高い。
設定上、開放レベル5を扱えるのは王種のみに限られるため、並行呪縛の存在を知る人間はほとんどいないようだ。
二二三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
だから右だって、右
二二四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
しつこいなぁ……
せっかく隠し扉を見つけたのに
放っておく手はないって
さんざん話し合っただろ
二二五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
まあ、わからんでもないがな
王都のんと手口が一緒なんだよ
このマップ
全体的に造りがいやらしいっていうか
製作側の悪意をひしひしと感じる
二二六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれは関係ないだろ
二二七、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
まあまあ……例えばの話だよ
お、魔いちごドロップした
火口の~
二二八、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
おう。すまんな
二二九、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
お前、いちいち突っ込みすぎなんだよ
四号機は高機動型なんだから
あんまり前に出るな
だから大人しく三号機にしとけって言ったのに……
二三0、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
見えるひとが使ってるの見て
ちょっと憧れたんだよ
いいだろ、少しくらい試したって
二三一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
あのひとの操縦センスは異常だからな
憧れる気持ちはわかるが……
あれ、行き止まりだ
二三二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
! 罠だ!
二三三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
ヒントを出し惜しみしておいて
隠し通路で罠とかっ……
二三四、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
性格が悪すぎる……!
誰だよ、このマップ作ったの!?
二三五、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん
え? おれですけど……
二三六、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
そんな気はしていた
二三七、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
見た瞬間、やばい、確実に殺りに来てるって思ってた
ああぁ……損耗率が30越えた……
二三八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
さらばだ、火口の
ぽちっとな
二三九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
お前かよ!?
二四0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おや、子狸さんに覚醒の兆し
二四一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
つまり政治が悪い
二四二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
一概にそうとは言えまい
民主主義、じつに結構
だが、しょせんは政治の素人だ
二四三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
その素人すら納得させられないで
なにがプロフェッショナルだよ
停滞した社会に喝を入れるには
徹底した分権しかない
分権だッ!
二四四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
熱く語っているところすまんが
そろそろ子狸が起きそうなので
またの機会にしてくれ
では、あらためて状況を説明する
火口のんの襲撃により
あわや全滅かと思われた勇者一行だが
偶然にも通り掛かった少女の加勢により
魔物の撃退に成功する
少女の道案内で
森のテントに辿り着いた一行は
そこでひとときの休息を得るのであった……
子狸「…………」
ぱちっと目を覚ました子狸が
のろのろと上体を起こして
ぼうっと虚空を見つめる
テントの中では
道案内をしてくれた少女と勇者一行が
情報交換をしているところだ
ちなみに子狸が眠っている間
おれたちは人類の未来について
熱く議論を交わしていた
ぼんやりと宙を眺めている子狸に
羽のひとと狐娘がひそひそと内緒話をはじめる
妖精「……テンション低っ。少しがっかりですね」
狐娘「がっかり」
うん、と頷いた狐娘に
子狸は腹を立てる様子もない
二四五、管理人だよ
うーん……
二四六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
なんだ? どうした?
二四七、管理人だよ
いや、なんだろう
巫女さんの夢を見た
今頃どうしているのだろう
二四八、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
きっと今頃は
過去のあやまちを悔やんで
更正してくれてるんじゃないか
二四九、管理人だよ
そう?
そうだといいなぁ……
おれ、思うんだけど
あのひとって
巫女「おはよ~」
おっと本人登場
いやいや……え?
いやいや……
二五0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
まさかの本人登場に
子狸さんはいったん認識を拒否したようだ
にこやかに手を振る巫女さんから目を背けて
勇者さんに視線を固定する
勇者さんは、草で編んだ座布団の上に
女の子らしい仕草で座っていた
子狸「おじょっ……」
意識を失う前の
状況が状況だった
跳ね起きた子狸は
勇者さんに駆け寄ろうとしたものの
ふたたび巫女さんと目が合って硬直した
目覚めたばかりで
気持ちと身体がうまく噛み合っていないようだ
巫女さんがにこっと笑った
巫女「久しぶりだね、同志よ」
子狸「……なんだ、夢か」
子狸はそう結論を下して
にこやかに対応した
子狸「お元気ですか」
ふだんならありえない態度だ
巫女「うん、お元気ですよ」
にこにこと
笑顔のまま立ち上がって
歩み寄ってくる巫女さん
子狸も彼女に歩み寄ろうとして
子狸「本物だー!」
即座に逃走を図った
妖精「させるか!」
脱兎のごとく跳ねる子狸を
羽のひとの念動力が捕らえる
子狸が哀れっぽく鳴いた
子狸「てっふぃー!? おれを裏切るのか!?」
妖精「てっふぃーって言うな!」
子狸「でもおれには弟子がいるからね。愛弟子が。自慢の弟子さ」
ちらちらっと狐娘に合図を送る子狸だったが
彼女はいつにも増して辛辣だった
狐娘「お前と話すことは何もない」
子狸「……あれ? 怒ってる?」
狐娘「怒ってない」
子狸「怒ってる女の子はいつもそう言う……」
人間には人付き合いというものがある
それなのに子狸は自分に正直であろうとするから
人間関係が破綻する
余計なお世話というやつだ
それでも子狸は
狐娘を放ってはおけない
力量不足を自覚しつつも
勇者さんを守ろうとしている彼女に
自分を重ね合わせて見ているからだ
子狸「……わたあめ?」
狐娘「……わたあめ」
え? どういうこと?
……さっぱり意味はわからんが
仕方なさそうに応じた狐娘に
子狸は安堵したようだ
そして悲鳴を上げた
子狸「お、お前っ、それ以上、近寄るな!」
気付けば巫女さんが間近に迫ってきていた
にこにこ、にこにこと
巫女さんは笑顔のまま
巫女「女の子をお前って呼ぶのはやめなさいって何度も言ったよね?」
子狸「待て、話せばわかる」
二人の様子を
勇者さんは静観している
子狸に何を訊いても
適当な答えしか返ってこないから
第三者による尋問を期待しているのだ
すっかりおびえている子狸だが
勇者さんの手前、意地になったのだろう
子狸「ぬぬぬ……!」
自身を奮い立たせて反撃に出た
子狸「お前っ……! あ、ごめんなさい。君は、まったく反省してないな!」
巫女「なんのこと?」
巫女さんはすっとぼけた
その態度が
また子狸の癇に障る
ポンポコは憤慨した
子狸「もう騙されないぞ!」
爆破魔の二つ名で知られる巫女さんが
いまだにお縄を頂戴していないのは
彼女の活動を陰で支える
協力者がいたからだ
つまり子狸のことである
ひとの善意を信じて疑わない
お花畑系の子狸にこうまで言わせるのだから
大したものだ
子狸の決意は固いと見て取ってか
巫女さんが神妙に頷いた
巫女「そうか」
モードが切り替わった
巫女「同志ポンポコよ、真実を知るときがやってきたようだな……」
子狸「真実……だと……?」
巫女さんは本気だ
豊穣属性に目覚めた人間は
個人差はあれど
世界のために戦いはじめる
それは善意だ
だから彼女は
優しい嘘を吐くときと同じ心持ちで
ひとを騙せる
自己犠牲の精神で
子狸を聖戦へと駆り立てるのだ
彼女は言った
巫女「この世界は滅びようとしている」
子狸「な、なんだってー!?」
子狸ぃ……