「おれのおとなりさんは陸上最強生物」part5
六二、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
豊穣の巫女か
さすがパワースポット。大物がいるな
おれの家にもカイザーと呼ばれる猛者がいる……
六三、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
それ、くちばしの鋭いひとでしょ
六四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
そうですけど?
あれ? なんか見下してる?
アリア家か? アリア家ですか?
言っとくけど、人間なんて大したことないぞ
たまたま魔法の使用条件を満たしてただけで
見ろよ、この機能的なフォルム
美しい流形線に加え
極寒の地に適応した脂肪の厚みときたら……!
まさしくカイザーと呼ばれるに相応しいぜ
ぽんぽこぽーん!
あ、痛い! つっつかないで! ごめんなさい!
六五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
かまくらのが南極の覇者にどつかれている一方その頃……
おれ「くっ、あと一歩のところで……!」
勇者さんが巫女と接触したなら
もうこの場に用はない
木の幹に巻き付けた触手をしならせて
その反動で矢のごとく飛び去ろうとするおれを
巫女「ディレイ!」
先の閃光弾に仕込んでいた放射魔法に
盾魔法を連結した巫女が
内向きの力場で一帯まるごと包囲
あえなく弾かれるおれ
六六、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おい
遊んでないで
さっさと撤退しろ
狐娘を連れて
おれ現場に急行中
お馬さんたちも一緒だ
火口のひとが登場して安心したのか
鳥さんたちは大人しくなってる
にも拘わらず
狐娘は勇者さんの居場所を正確に把握してる
これだから異能持ちは嫌なんだよ
理屈が通用しねえ……
いちおう伏兵には気をつけろと言ってあるが
脇目も振らず一直線だ
まあ一分近く余裕があるから言わせてもらうけど
なんでお前らは勇者さんに対して厳しめなの?
じっくり考えろとか言ってたけど
悪いのは子狸だろ
言うこと聞かないんだから
勇者さんに責はないよ
お前らは子狸に甘すぎる
六七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
そうか?
おれから言わせてみれば
てっふぃーは勇者さんに甘すぎるぞ
彼女はパーティーのリーダーなんだから
問題があれば対処するべきだと思う
そもそも子狸が独断専行に走りがちなのは
勇者さんが頼りにならないからだよ
実家の教育によるものか
大局を見る目はあるかもしれんけど
いざ戦いの場になると
細かいところで練度の低さが目立つ
子狸がエキスパートとは言わんけど
六八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
てっふぃーって言うな
あのね、この際だからはっきり言うけど
おれは勇者さんのこと気に入ってるんだ
子狸の嫁として申し分ない素材だと思ってる
六九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれは認めんぞ
剣術使いの嫁など……
七0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
いや、あのですね、お二人さん……
勇者さんにも選ぶ権利はあると思うんだが……
七一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
あ? 子狸さんの何が不満なんだよ
七二、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
はじまったよ……
こうなると長いから
火口の、いいから話を先に進めちゃって~
七三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
だから子狸がどうとかじゃなくて
おれは勇者さんが気に入ってるから
バウマフ家に嫁入りしてきて欲しいんだよ
七四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
構わず続行すんなよ!
まったくもう
ポンポコが巣穴に潜ると
すぐこれだよ……
火口の~
七五、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん
そうか。勇者さんは頼りにならないか
なら特訓だな。特訓しかない
七六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
おれの出番か
七七、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
早いよ。早い早い
いったいどうした
逸る気持ちはわかるけど
おさえて、おさえて
七八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
だが特訓というのは悪くないアイディアだ
本当ならおれが鍛えてあげたいところだけど
勇者さんに妖精サンボが合うとは思えん……
あの骨どもは役に立たねーし……
七九、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
じゃあ歩くひとだな
誰か歩くひと呼んできて~
八0、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
あ? なんだよ
いま忙しいんだよ
あとにしてくれ
八一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
なんで忙しいんだよ
鬼のひとたちがアリア家にいるんだから
お前はひまだろ
作業中に横槍を入れると
あのひとたち本気で怒るぞ
八二、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
子狸は寝てんの?
じゃあ、おれもこの際だから言わせてもらうけど
ばうまふベーカリーは装いも新たに
新装開店オープンセール開催してっからぁぁぁっ
八三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
ポンポコ一家が留守中に
何してくれてんだよお前はぁぁぁっ
八四、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
おれがいちばんうまくパンを焼けるんだよぉぉぉっ
八五、かつて管理人だったもの
おい。聞き捨てならねーぞ
おい。ふざけんな
お前におれの味が出せるって言うのかよ!?
八六、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
あほだろ、お前!
再現する必要なんてな
これっぽっちもねーんだよ!
なんとなくそうじゃないかな~とは思ってたけど
お前、じつは頭わるいだろ!
この元祖狸が!
八七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん
! おい! 火口の!
足が止まってる!
王都の! 何してる!?
八八、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
ああ、いいよ
王都のんの仕事は子狸が巣穴に潜ってからが本番だから
おれが実況する
軍団のほうは大将を足止めしてるから
スケジュールに余裕があるんだ
最初は顔見せ程度にしとこうかと思ってたんだけど
いざ構いはじめたら止まらなくなっちまってね
おれZ「おれだァーッ!」
はい、行ってらっしゃい
騎士A「くそっ、三歩か!」
騎士B「だが悪くない……!」
騎士C「警戒を怠るな! 囮かもしれんぞ!」
騎士D「狙撃はありません! 行けます!」
大将「……見世物じゃねーぞ! 散れ、民間人ども!」
商人A「あ、大隊長っすか。お先っす」
商人B「お疲れっす。いつも大変っすね」
商人C「あの~。戦争が起きるって本当っすか?」
騎士C「ノーコメントだ! 近寄るな、下がれ!」
混沌としてます
現地に飛びますね
おれ参上~ぅ
どれどれ……こほん
巫女さんの盾魔法に行く手を遮られ
ぽよよんと弾かれた火口のが
激動のばうまふベーカリーに気を取られて
硬直した一瞬
その瞬間を
巫女さんは見逃さなかった
巫女「レゴ・タク・ロッド!」
舞うように半歩
誘うように片手を差し出すと
清らかに宙を撫でた手のひらの上で
雪の結晶が踊った
子狸と同じ年頃で
開放レベル3の魔法を扱えるのは
天に愛された
ひと握りの人間だけだ
つまり天才と称される人種である
本来ならば歓迎されてしかるべき
輝かしいまでの才能が
少し立ち位置を変えただけで
毒花のようにほころんで見えた
巫女「ブラウド・グノー!」
彼女を中心として放射された冷気が
急速に世界を白く染め上げる
凍土が走り
雪化粧の氷華が幾重にも咲き乱れた
とっさに勇者さんが子狸を抱き寄せたのは
巫女さんの標的指定が
何を対象としたものなのか
判断しかねたからだろう
盾魔法で退路を断ち
殲滅魔法で仕留める
一見すると一分の隙もない戦法だが
巫女さんは戦闘訓練を受けた人間ではない
大技に頼りすぎだ
巫女さんの封鎖が打ち破られたのは
火口のんが氷雪の牙にかかろうとした
まさにそのときだった
盾魔法は外部の干渉を弾く魔法なので
内側からの干渉にはもろい
今回のケースは内外を反転させているので
外部からの攻撃ということになる
力場を刺し貫いた触手が
狙い違わず火口のを拾い上げた
火口B「つかまれ!」
火口A「すまん!」
絡み合う手と手
かつて港町で死闘を演じた二人だったが
わだかまりは解けたようである
火口Aを救出するついでに
Bは子狸を回収しようとしたが
これは勇者さんに阻まれた
からくも氷結を免れた火口のんが
矢のように飛んで森の中を駆け去っていく
巫女「逃げられた……!?」
巫女さんは悔しそうだ
標的を捉えきれなかったことで
彼女の魔法はイメージを逸脱して霧散した
おれたち魔物が
致命傷を負うと消滅するというのは
なにもまるっきり嘘というわけでもない
過去に何度か試してみたが
飛び出せ宇宙すると流れ星みたいに燃え尽きて
ぱっと消える
魔法みたいに
今度は三段式ロケットで行ってみようと思う
夢がひろがる
勇者「…………」
火口のんが飛び去って行った方角を
勇者さんはじっと見つめていた
聖☆剣はとうに仕舞ってある
これまでずっとそうしてきたように
人前で晒すことは避けたいのだろう
巫女「ん~……」
巫女さんは唇に指を当てて
勇者さんを見ている
おそらく二人は初対面同士で
共通した知人のポンポコは
一向に目を覚ます様子がない
巫女「だいじょう……ぶ?」
けっきょく無難に声を掛けた
かすかに語尾が震えたのは
声に反応した勇者さんと目が合ったからだ
アリア家の人間は
たったそれだけのことで
他人に恐怖を与える
本能的なものなのかもしれない
過激派で知られる豊穣の巫女だが
ふだんは朗らかな
ふつうの女の子である
勇者さんが言った
勇者「追いなさい」
第一声が追撃指令だった
巫女「え~……」
巫女さんはこの場を去りがたく感じているようだ
勇者「時間が惜しいの。報酬なら」
お金の力で解決しようとする勇者さんだったが
物音に気付いて指令を取り下げた
勇者「……待って。やっぱりいいわ。この場で待機」
木陰に入ると遠目には
蛍の群れが飛んでいるようにも見えた
羽のひとだ
あとに続くお馬さんたちは
森の動物たちが気になる様子で
しきりに周囲を見回している
獣道もなんのその
茂みの中を腹這いになって
ほふく前進しているのが狐娘だ
巫女「ん……。お連れさん?」
勇者「敬語で構わないわ」
少女が話しにくそうにしているのを察してか
勇者さんは待遇の改善を要求した
茂みを突破した狐娘が
勇者さんに駆け寄ろうとして硬直した
狐娘「!」
勇者さんは子狸を抱きしめたまま
巫女さんの挙動を観察している
その情景を目撃した狐娘が
どう思ったのかを
われわれは知るよしもない
彼女は巫女さんを見つめて
狐娘「……敵は?」
そう言った
巫女さんが答える前に
狐娘は正解に辿り着いたらしい
狐娘「あっちか。……つぶす」
殺意をあらわに駆け出そうとする狐娘を
勇者さんが制止した
勇者「コニタ」
狐娘「…………」
狐娘は勇者さんに従順だ
自分の感情よりも
彼女の命令を尊重するぶん
子狸よりもずっと扱いやすい
とぼとぼと歩み寄ってくる狐娘に
勇者さんは簡潔に命じた
勇者「たくさん走って疲れたわ。手を貸しなさい」
狐娘「……うん。わかった」
差し出された勇者さんの手を
狐娘はぎゅっと握る
お馬さんたちを先導して
合流した羽のひとが
いちおう形だけでもと子狸の身を案じる
妖精「なに寝てんだ。起きろ」
勇者「毒持ちに刺されたの。解毒できる?」
羽のひとは手遅れだと言わんばかりに首を振った
妖精「あいつらの毒に治癒魔法は効きません。毒性は弱いのか、大事に至ったという話は聞いたことないですけど……」
ツボを刺激するので
むしろ健康に良いのだ
勇者さんが頷いた
勇者「そう。……移動しましょう。この子を馬に」
疲弊している様子の彼女を
羽のひとは気遣った
妖精「少し休んでいきますか?」
勇者「いいえ。わたしも馬に乗って行くわ。土魔法の術者がいてくれて良かった」
巫女「……ん? わたしのこと?」
勇者「あなた以外に誰がいると言うの」
これは勘付かれている
勇者さんの誘導尋問に
巫女さんはあっさりと引っかかった
巫女「同志ポンポコがいるじゃないか」
登場人物紹介
・狐娘
勇者さんがコニタと呼ぶ女の子。本名かどうかは不明だが、「コニタ」というのは「たんぽぽ」のことである。
勇者さんの親衛隊を自称しているが、当の護衛対象からは就職するよう強く勧められている。専門的な訓練を受けた様子もない。
ふだんは黒装束で身を包み、狐を模したお面をかぶっている。必要とあらばあっさりとお面を外すあたり、素顔を晒すこと自体に抵抗はないようだ。
「異能」と呼ばれる不思議な力を持っていて、目には見えない念波のようなものを発信できる。
この「念波のようなもの」を生き物にぶつけて、思念の型を取ることで読心術めいたことができるらしい。
旅がはじまった当初から勇者一行を陰ながら見守っていたが、魔物だらけの幽霊船であるじの身を案じるあまり、軽率な行動に走って見つかる。
そうした経緯から、あるじを危険にさらす不甲斐ない下僕(子狸)を嫌っている。
もともとはアリア家に仕えている技術者集団の一員で、おもに食べて寝ることを研究していたと本人たちは豪語していた。
養ってもらっている身分なので、雇い主の勇者さんに対しては絶対の忠誠を誓っている。つまり彼女以外の人間に雇われる気はさらさらない。
さいきんになって自分は忍の者とか言い出した。数々の忍法で子狸を幻惑するが、真偽のほどは甚だ怪しい。