「勇者さんに足りないのは必殺技だと思う」part3
注釈
・バウマフにこん棒
魔物ことわざの一つ。
能力に対して不釣り合いであるにも拘らず、しっくりと来るさま。
似合いすぎていて、空恐ろしくなるという意味で用いられる。
魔物たちがこん棒に傾倒しはじめたのは、王国の建国より数えて五十年前後とされている。
その当時、人間の戦士たちは剣や槍で武装するのが一般的だった。
しかし魔物たちが人間の武具を奪って利用しているという誤った認識から、大部分の貧村では原始的なこん棒を用いて自衛しているという誤った認識が広まった。
このことから、(当時まだ数多く存在した)剣士たちの間で「お前にはこん棒がお似合いだ」という罵り文句が生まれた。
それを耳にした魔物たちが、まだ色濃く残る人間たちの差別的な物の見方を嘆いて、「いや、バウマフ家には敵わない」「バウマフ家ほどこん棒が似合う人間はいない」「しょせん素人の甘い判断」とコメントしたのが起こりとされる。
じっさいに持たせてみると、まるでそれが前世からの定めであるかのように似合うため、バウマフ家の人間はこん棒の所持を魔物たちから固く禁じられている。
四六、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
よく考えたら
おれに必殺技なんてなかった
こんなおれに
誰かを教え導くことなんて出来るのかよ……?
四七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
帰れ
四八、管理人だよ
おれシュナイダーは?
四九、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いえ、あれ単なるバック宙ですし……
五0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸「おれシュナイダー!」
お前がやるのかよ
まんまとノーマルジョーを味方に引き入れた子狸は
お腹が空いたからなのか何なのか
エサを求めて? 食堂へと向かって廊下を駆けていた
そのとき
突如として飛来したこん棒が子狸に襲いかかる
シュナイダーして回避する子狸を
どう見ても頭から着地する感じだったので
とっさにノーマルジョーが補助した
ノーマル「ぐあっ……!」
ノーマルの頭蓋にこん棒が直撃する
子狸「! ジョー!」
吹き飛んだジョーに
子狸が駆け寄ろうとする
子狸「リバイバル……しない? 待ってて、いま……!」
52年モデルはとくべつなこん棒だ
壁際で震える片腕を差し出したジョーが
子狸には助けを求めているように見えたのかもしれない
だが、そうではなかった
ノーマル「ディ……レイ!」
??「エリア!」
壁に突き刺さったこん棒が
あるじの手を離れたはずのそれが
ひとりでに浮き上がって
ふたたび子狸に牙を剥いた
子狸「なっ!?」
直前にノーマルが力場を展開していなければ
直撃は避けられなかっただろう
盾魔法に弾かれたこん棒が
風切り音を立ててあるじの手元に戻る
??「ノーマルはしょせん我らの中で最弱のジョーに過ぎない……」
船内の照明に照らされて
ねずみ色のボディが
にぶく輝いた
廊下の曲がり角から姿を現したシルバージョーが
第二の刺客として子狸の行く手を遮る
シルバー「来い。ステージ2だ」
子狸「お前も……ジョーだと言うのか……?」
シルバー「そいつに訊けばわかる。……もっとも、おれを倒せればの話だがな」
子狸「くっ……!」
シルバー「来ないのか? ならば、こちらから行くぞ! チク・タク・レゴ・グノ!」
子狸「バリエ・ラルドぉー!」
うっかり戦場と化した船内で
攻性魔法の華が咲く……
五一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
あほどもが船内で暴れているようだが
ジェット・フェアリー号の船体は安定している
勇者「…………(もぐもぐ)」
ここ一週間ほど
我らが勇者一行は幽霊船の備蓄で食いつないできた
ジョーたちの証言によれば
難破船を救った際に感謝のしるしとして贈呈されたものらしい
いまいち信憑性に欠ける話だったが
事実、幽霊船の最たる目的は海をきれいに保つことである
乾燥した固いパンを
勇者さんは文句ひとつ言わず
スープにひたして食べている
彼女が好き嫌いを言うのは
子狸の手料理だけだ
たぶん改善の余地があるからだろう
食堂の片隅で
こん棒の素振りをはじめたアイアンジョーに関しても
一瞥しただけで放置している
もうお前、部屋に帰れよ
勇者さんがお前に師事するなんて
ありえないから
五二、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
いや、思いついたぞ
勇者さんが素振りをしているところに
颯爽と現れるおれ
おれ「なってないな」
っていうのは、どう?
これイケるでしょ
五三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
おお、それいいな
イケるよ、うん。イケる
五四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
適当なことを言うな
勇者さんは素振りなんてしない
五五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
アリア家の剣術は
自分の身体を完全にコントロールすることからはじまるからな……
完成形というものがなくて
他者の技を盗むのが主流なんだよ
他の流派を完璧に真似るのは無理だけどね
ふつう剣術っていうのは
奥義のための身体作りを第一義に置いてるし
そもそも人前で奥義を披露する剣士はいない
たまに御前試合とかやってるけど
あんなのままごとだよ
たぶん宰相あたりが
夜なべして脚本を書いてるんだろう
五六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
そうか、だったら……
! いかん! 子狸が近付いてるぞ!
五七、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
子狸「アバドン!」
食堂の壁を突き破って
シルバーが室内に転がり込んできた
ノーマルに肩を貸している子狸が
息を切らせながら
壁に穿たれた大穴を潜って現れる
仰向けに倒れたシルバーが
子狸を賞賛した
シルバー「見事だ……。一人ではなく二人……これが、お前の出した答えか……」
子狸は頷いた
子狸「一人より二人……でも三人なら、きっともっと……たくさんのものが見える」
そう言って前足を差し伸べる子狸に
上体を起こしたシルバーが、わずかに逡巡した
シルバー「おれは……」
??「聞く耳を持つ必要はない」
ゴールドさんが入室しました
ゴールド「綺麗事だ。どれだけ口当たりの良い言葉で飾ろうと……この世から争いがなくなることはない。子供でも知っていることだ」
子狸「だからじゃないか? 少しずつでもいい。少しずつでも、そうじゃないって言える大人が増えれば……」
子狸が、反論を途中で切ってノーマルを見る
それから、視線をゴールドに戻した
子狸「……きっと簡単なことなんだ。おれたちは何か見落としてるんじゃないのか?」
ゴールドの主張は一貫している
ゴールド「それが綺麗事だと言っている。同じものが欲しくて、その数が決まってるなら奪い合うしかない」
子狸「そうじゃない!」
子狸が吠えた
子狸「誰だって本当は願ってるはずだ! お前だって!」
二人の距離は隔たっている
それでも子狸は前足を差し伸べた
子狸「一緒に……ビーチバレーしようぜ?」
ゴールド「ごめん、何の話?」
子狸「え?」
ノーマル「……え?」
子狸「うん?」
シルバー「え。ああ、うん……」
完食した勇者さんが
スプーンを置いた
勇者「ごちそうさま」
妖精「ごちそうさまでした」
食器を片付けはじめる羽のひとに
子狸が声をかける
子狸「あれ、おれのぶんは?」
妖精「いまこの瞬間になくなった」
席を立った勇者さんが
食堂の惨状を一瞥して
ジョーたちにてきぱきと指示を出す
勇者「あなたは壁の修復をなさい。あなたは船内を身回りして、異常があったら報告。……ああ、あと、それ。こん棒ね。全員没収します」
おれ「紫電三連破!」
妖精「おい」
おれの最後の抵抗もむなしく
おれたちのこん棒は
勇者さんの管理下で保管されることになった
このことがのちに
子狸さんの反乱事件に発展するとは
このときはまだ誰も知る由がなかったのである……
五八、管理人だよ
そ、そうだったのか……
五九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
やっぱりお前こん棒に憧れてるの?
六0、管理人だよ
べっ、べつにそんなんじゃねーよ!
六一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おい。それおれのフレーズだから
六二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
おお、かまくらの。久しぶり
アリア家の攻略は済んだのか?
六三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
いや。いろいろと試した結果……
大隊長が出陣する事態に発展した
六四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
君たち、ちょっと一回、集合してみようか