「勇者さんに足りないのは必殺技だと思う」part2
四一、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん
雷鳴とどろく分厚い暗雲に閉ざされた
まばらに水晶が屹立する
結晶の砂漠
旅路の果てを予感させる光景は
怪しいまでに美しく
生命力をくしけずられるような
不吉な儚さがあった
冥府に通じるという地下迷宮を
踏破したものだけが臨むことを許される
最果ての地
結晶の海を乗り越えた先に
ようやく辿り着けるのが
魔王軍の本拠地……
魔都だ
無駄に図体のでかい連中が出入りするため
都市全体が一つの城になっていて
はったりをきかせるために
無駄に尖塔が乱立している
城内を走る
無意味に長い廊下が特徴的だ
その廊下を
側近のジョー二人を従えた子狸バスターが
揺るぎのない足取りで進んでいた
鋼の具足と石材が触れ合うたびに
新調したマントが後ろになびく
庭園「……グラ・ウルーはどうだ?」
骸骨A「一向に首を縦に振りません」
庭園「そうか。意固地なやつだ……多少の譲歩も視野に入れておくべきかもしれんな」
骸骨B「ですが……」
庭園「わかっている。やつを解き放つわけには行かん。少なくとも、いまはまだ」
やがて三人は謁見の間へとつながる大きな門の前に立った
バスターが片腕を差し伸べ
かすかに指を蠢かせると
荘厳な造りの門扉が事もなげに開いた
謁見の間には
ところ狭しとジョーたちが居並んでいた
魔王軍の精鋭たちだ
彼らは魔軍☆元帥の帰還を歓迎し
一斉に中央に向き直ると
こん棒を手にとって掲げた
側近の二人もそれに加わる
こん棒のアーチを潜って
バスターが悠々と歩を進める
壇上に設けられた優美なこしらえの玉座は
人間がひとり腰かけるのがやっとの
小さいという、ただそれだけのことが
際どく異彩を放っていた
空位の玉座
その手前でひざまずいたバスターが
一瞬、凪の海のような
おだやかな気配をまとった
まるで一枚の
絵画を見ているようだった
立ち上がったバスターが
玉座の横に立つ
マントをひるがえして振り返った魔軍☆元帥を
居住まいを正したジョーたちが見上げる
固唾をのんで見守る精鋭たちに
バスターは勢いよく片腕を突き出して叫んだ
庭園「ときは来た!」
その手に顕現した魔火の剣に
絢爛なる宝剣のきらめきに
ジョーたちがどよめいた
バスターが続ける
庭園「長年の雌伏を終え、いま! 人間どもを根絶やしにし! 同胞たちよ! われわれが地上に君臨するときがやって来たのだ!」
宝剣の切っ先を跳ね上げると
空間に火線が走り
天井を、その先にある尖塔を
斜めに寸断した
崩れ落ちた尖塔が
地表に衝突して瓦礫の山と化した
鳴り止まない地響きの中
ジョーたちの歓声が
謁見の間を席巻した……
骸骨ズ「魔王軍に栄光あれ!」
骸骨ズ「魔軍☆元帥ばんざい!」
骸骨ズ「開運グッズ! 開運グッズ!」
骸骨ズ「ラッキーカラー! ラッキーカラー!」
唱和するジョーたちを
魔軍☆元帥が手拍子で制した
庭園「はいはい。お前ら、少しおちつけ。ちなみに……おれの本日のラッキーカラーは……白です」
喧騒がぴたりと止んだ
ジョーたちが気まずげに視線を交わす
やがて彼らは、ぽつりと言った
骸骨ズ「だ、だめじゃん……」
四二、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
ちょっ
おれんち……
四三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
後半ぐだぐだじゃねーか
なぜベストを尽くさないのか
ときに、お前ら
わざわざ魔都に集合して
なにやってんの?
果てしなく無意味だろ
四四、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
訊くな
そっとしておいてくれ
ああ、死にてえ……
四五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
おれも死にたい
分身の所業に
おれのハートがグラ・ウルー
四六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
もう意味わからん
いや、まあ……罰ゲームらしいよ?
発案は歩くひと
人前でも何でもないのに魔物るっていう
四七、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
孤独な作業になるな……
四八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
おれたちも巻き込まれてるのは何故なんだろう
この前、おやつを盗み食いしたの
まだ根に持ってるのかな……?
四九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
なぜ食べた
五0、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
チャレンジ精神を忘れちゃだめだと思って……
ええと……とりあえず魔都のみなさんはスルーしていいの?
空のひと? だいじょうぶ?
五一、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
人間たちの気持ちが少しわかった
害虫は駆除せねばならない……
可及的、速やかにだ
五二、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中
来るか、ヒュペスよ……
五三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
決着をつけよう、ポーラ
いや……マリアンよ!
五四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
魔軍☆元帥と魔界産のひよこが
互いに譲れないものを賭けてぶつかり合った一方その頃……
ジェット・フェアリー号は
順調に航海を続けていた
港町を発って一週間が経つ
くだんの港町襲撃事件は
二年前の王都襲撃を無闇に連想させるということで
公式に“タリアの子の奇跡”という名目で発表された
巧妙に情報操作された結果
勇者さんの功績はだいぶ控えめに
そして他人の子供にスライドされた
いつの時代も
勇者の誕生は唐突で
そしてドラマチックに演出される
勇者に敗北は許されないからだ
どれだけ勇敢な人間も
戦うのは怖いから
敵前逃亡した勇者もいる
それでも歯を食いしばって
踏みとどまるのが旅シリーズ屈指の名場面なのだが
いつだって人間たちは勇者に完璧を求める
今回の旅シリーズの場合はどうか?
たぶん勇者さんは
人間たちが描く理想像に
限りなく近い
勇者「時間がもったいないわ。先に朝食にしましょう」
でも一向に姿を現さない従者を待つほど
人間が出来てはいなかった
おれ「そうですねっ」
もちろんおれは反対したが
彼女の決定を覆すことはできなかった
許せ子狸はちみつうめえ……
五五、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
はちみつを与えると
羽のひとがおとなしくなることは
すでに調査済みだ
この場を借りて言わせてもらうが
歩くのに棒術を仕込んだのはおれだ
つまり勇者さんは
おれの弟子ということになる
五六、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
そうか?
百歩譲って歩くひとがお前の弟子だとしても
勇者さんは技を盗んだだけだし
かなり苦しいような……
五七、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
しかしだ
いいか、ここからが肝要だ……
歩くのは基礎スペックが高すぎて
おれの技を完全に受け継いだとは言えん
というか
対人戦に限定するなら
まっすぐ行って、まっすぐぶっ飛ばしたほうが有効な気がしてならない
五八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
弱体化させてどうする
だめ師匠だな
五九、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
叶うことなら
子狸に奥義という奥義を伝授してやりたかったが
バウマフにこん棒という言葉もある
こん棒を片手に街中を亜人走りして
署に連行されるのは火を見るよりあきらかだった……
六0、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸さんのことばかにしてんのか?
ごますり棒と勘違いする程度の知恵はあるわ
子狸「おれナックル!」
ノーマル「おれシュナイダー!」
六一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
それもどうかなぁ……
以前、ためしに天井からバナナを吊り下げて
踏み台とこん棒を与えたら
迷わずこん棒に行ったから
なんか怖くなって途中で実験を中止したよな
あのときは、あんまり深く考えなかったけど
じつはこん棒に対する憧れがあるんじゃないか?
ふだんは興味ないふりしてるけど
六二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そうかなぁ……
それにしては52年モデルの扱いがぞんざいだったような……
港町で魔属性を使えることがバレてしまって以来
子狸は調子に乗る一方だ
とんぼを切って着地したジョーを
逃すまいと追い詰める
右手を袈裟懸けに振り下ろすと
その軌跡を辿るように紫電の束が尾が引いた
船内の廊下は、さして広くない
壁に縫いとめられたこん棒を
とっさに手放して回避したため
ジョーは無手だ
決まるか?
いや、それほど甘くはない
ノーマル「ディレイ!」
とっさに盾魔法の階段を設けたジョーが
空中を斜めに駆け上がる
壁に突き刺さっているこん棒を回収し
子狸の背後に回りこんだ
子狸「チク! タク!」
素早く反応した子狸が
勘に任せて右腕を振るうと
紫電とこん棒が激しく噛み合った
絡み合う両者が
互いに共鳴し合い
周囲に電撃を撒き散らす
弾き飛ばされた子狸が
仰け反ったまま
人差し指を正面に突きつけた
子狸「ディグ!」
対するジョーはしたたかだ
いったんは退いて
圧縮弾を回避したのち
打ち寄せる波のように
一転して攻勢へと転じる
子狸は聖☆剣をリスペクトした紫電で迎撃を試みるも
激しくステップを刻んだジョーが
急激に進路を変更して子狸の側面に回りこむ
子狸「消えっ……!?」
脇を通り抜けざまの胴打ち一本だ
ぴたりとこん棒を寸止めしたジョーが言う
ノーマル「もう一度だ」
尻もちをついた子狸に
ジョーは冷酷に告げる
ノーマル「立て。お前には、まだ教えていないことがたくさんある」
ふ、と肩の力が抜けた
ノーマル「お前は彼女とは違う。才能というものはな……天稟をしるしに通れる近道のようなものだ。目指すところが同じなら、そのぶん長い……回り道をしよう。それでいい。彼女が見落とした何かを、お前は拾える」
そう言って片手を差し伸べる
真摯に頷いた子狸が
照れ臭そうにはにかんで
差し伸べられた手を掴んだ
子狸「ポロリも……あるかな?」
ノーマル「台無しだよ」
六三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
ノーマルジョーがちょっといい話をしている一方その頃……
アイアン「……んっ、こほん」
食堂に入ってきたアイアンが
壁に背中を預けた気取ったポーズで
わざとらしく咳払いをした
勇者「……?」
お食事中の勇者さんが
ちらりと目を遣ると
その視線に気がついたジョーは
おもむろにこん棒の手入れをはじめた
なにそのアピール……
注釈
・亜人走り
魔物たちに伝わる伝統的な走法。
短いストライドから、ぽんぽんと踊るように跳ね回る。
軽やかな見た目に反して、著しく消耗する上に隙が大きい。
空中で両足を揃える、ひねりを加える、ぴんと足を伸ばす、苦しい姿勢でバランスを維持する等のアクションを交えることで、難易度に応じた芸術点がつく。
全体を通して極めて無意味であるため、人間たちにはとうてい真似ができないとされる。
魔物たちの誇りを体現した走法、それが亜人走りだ。