「おれたちの船出」part4
四0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
子狸「……?」
アイアンジョーから託された鞭に視線を落として
不意に沈黙する子狸
なにか脳裏をよぎるものがあったらしい
その様子を観察していた勇者さんが
子狸に声を掛ける
勇者「ついてきなさい」
返事を待たずに歩き出した勇者さんに
子狸「……!」
子狸は何かを察したように表情を引きしめた
が、とくに意味のないリアクションだったらしい
子狸「シュークリーム!」
鞭で床を叩こうとして失敗した
シルバー「甘ければいいっていう問題でもねーよ!」
ゴールド「原形! 原型とどめて!」
子狸「ふざけるな!」
アイアン「キレた!?」
ノーマル「叩けてねーし!」
チッと舌打ちした子狸が
腰を落として
ゆっくりと両腕を上げる
青いひと直伝の猛虎の構えだ
子狸「ごたくはいい! 掛かってこい!」
叩いて欲しそうな頭を
引き返してきた勇者さんが叩いた
子狸「トリコロール!」
アイアン「戻った! 奇跡だ!」
勇者「……どうしてついてこないの?」
じろりとねめつける勇者さんに
子狸は叩かれた頭をさすりながら言う
子狸「見えるひとに言ってるのかと思って……」
勇者「……いるの?」
おれ「うそだろ……?」
警戒して互いの死角をフォローし合う勇者さんとおれを
子狸は物悲しそうに見つめる
子狸「いないよ?」
おれ「一瞬で矛盾しただろ」
勇者「…………」
勇者さんが無言で子狸の頬をつねる
トリコロールし続けるジョーたちを一瞥し
勇者「借りるわね」
骸骨ズ「どうぞどうぞ」
四一、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸を連れて
勇者さんが船内の廊下を歩く
羽のひとは定位置の子狸の肩の上だ
……じつは朝から
子狸のテンションがおかしい
いまも弾むような足取りで
鼻歌を口ずさんでいる
子狸「♪~」
妖精「……なんの歌ですか、それ?」
調子外れの歌は聞くに耐えない
少しでも時間を稼ぐために
羽のひとが嫌々ながら問いかけた
子狸はきょとんとして当然のように言う
子狸「え? リンのテーマソングだけど……」
妖精「なに勝手にこさえてんの?」
子狸「……じつは完成したらプレゼントしようと思ってて」
妖精「!」
照れ臭そうにはにかむ子狸に
羽のひとは目を丸くした
妖精「そ、そうか……」
何とも言えない微妙な沈黙が流れる
先に立って歩いている勇者さんが
ちらりと振り返って言う
勇者「? リン?」
妖精「はい!?」
勇者「昨日は聞きそびれてしまったけど……」
すぐに正面に視線を戻して続ける
勇者「つの付きについていた妖精……ユーリカ・ベルと言ったわね。彼女はどういう子なの?」
妖精「ユーリカは……優秀な子です。あ、ベルというのは……」
勇者「氏族名……で合ってる? 本に書いてあったけど、それが正しいとは限らないものね」
妖精「はい、合ってます。わたしたち妖精には三人の女王がいて、三つの氏族に分かれます。わたしとユーリカは、同じ氏族なので……」
子狸「……おれは?」
妖精「黙ってろ」
子狸「はい」
妖精「あの子は……次代の女王候補です。わたしは落ちこぼれですから……そんなわたしにも優しくしてくれた……だれよりも女王の資質に満ちあふれていたのに……わたしには精霊の考えていることがわかりません……」
勇者「……魔軍元帥は宝剣を鍵と呼んでいたわ。心当たりは?」
妖精「いえ……もしかしたら女王は知っているのかもしれません。でも千年かかったと言ってましたし、情報源は魔物たちなのかも」
勇者「そうね。精霊が王種の庇護下にあるというのなら、彼らの間にはきっと接点がある筈。王種が魔王軍から距離を置いているのも、それが原因なのかもしれない」
じゃあ、そういうことで
四二、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
ふむ……
魔王軍は精霊を利用しようとしていて
おれたちは精霊を守ろうとしている
そういうことか?
四三、古代遺跡在住のごく平凡な巨人兵さん
いや……
精霊の宝剣を、だな
宝剣の正体を鍵ということにするなら
おれたちと鍵に何らかの関連性がないとおかしい
鍵の管理を精霊に託したから
その代償として精霊の守護をしている……というのはどうだ?
四四、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
その場合、おれたちは何で人間たちの味方をしてるんだ?
魔王軍の力を削ぐためというのは通らないぞ
設定上、おれたちは単独で魔王軍を滅ぼせる
四五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
光の精霊……だろうな
光の精霊は人間の味方をしていることになっている
ところが火の精霊は魔物側についた
つまり今回の旅シリーズは精霊の代理戦争ということになるな
四六、火山在住のごく平凡な火トカゲさん
だが、光の精霊には守護者がいないぞ
だから魔物たちには見つけられなかった……
土の精霊は……ああ、そうか
おれだけ仲間外れなのか……
四七、海底都市在住のごく平凡な人魚さん
おれは中立派ってことでいいんじゃないか?
水の精霊は適当な感じだったし
火の精霊も、いちおうは中立派なんだけど
今回は試練を突破した魔軍☆元帥に宝剣を授けたってことで
火の宝剣は、どちらに転んでもおかしくないから
魔軍☆元帥が先手を打って回収したってんなら
筋も通る気がする
四八、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
じゃあ、そういうことで
四九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
うむ
五0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
かくして、お前らの思いつきで
精霊の代理戦争という
わけのわからないものに身を投じることになった勇者さん
子狸の身を案じる優しい一面もある
勇者「あなたは本当にいつも元気ね。同じ人間とは思えないわ」
子狸「おいおい、誉めても何も出ないぜ?」
おれ「おい。暗に見下されてる」
子狸「それも悪くないさ」
子狸の変態がとどまるところを知らない
だが、遠回しではあるが
勇者さんが子狸の健康管理に言及したのははじめてのことだ
おい。そこの青いの
禍々しい闘気を発散するな
子狸がびくっとしたぞ
五一、管理人だよ
な、なんだ、このプレッシャーは?
五二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
安心しろ
子狸、お前はおれが守る
最悪でも十六手で積みだ
五三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
どんだけ最悪の状況を想定してるんだよ
勇者さんの態度にきなくさいものを感じとった青いのが
一人で勝手に盛り上がって戦闘モードに移行している
くっ、このプレッシャー……!
このおれが気圧されるだと?
背後で噴き上がる闘気に
勇者さんは気付いていない
自身の気配を消せるということは
他者の気配に対して鈍感になるということでもある
子狸「……胸がどきどきする」
勇者「胸が? 無理もないかもしれないわね。だいぶきつそうだったもの」
子狸「いや……お嬢はとんだ恋泥棒だよねってこと」
おい。どさくさにまぎれて告白してんじゃねえ
勇者「? どういうこと?」
勇者さんには伝わっていないようである
子狸「いいぞ。いい感じだ。力がみなぎってくる……」
愛はひとを強くするというのか
青いのに呼応した子狸が
前足を固く握りしめる
勇者「…………」
勇者さんは無視することに決めたようである
勇者「ついたわ。入って」
辿りついたのは倉庫であった
勇者さんに促されて
子狸が頷く
子狸「わかった。おれは……だれと戦えばいい?」
勇者「……自分自身じゃないかしら」
すでに子狸の頭の中では
別のストーリーが進んでいるようだ
勇者「それ、預かるわ」
子狸「頼む」
ふつうに持ち出してきた鞭を
勇者さんに手渡す子狸
激戦の予感に身を震わせながら
のこのこと倉庫の中に入っていく
内部は真っ暗だ
子狸「リン、下がってろ。グノ!」
前足を突き出した子狸が
遮光魔法で室内の暗闇を沈める
子狸「アルダ・タク! 沈め!」
とっさに発光魔法ではなく遮光魔法に頼るあたり
このポンポコは病んでいるとしか思えない
はたして子狸を待ち受けていたのは
子狸「!?」
ぎぃぎぃと揺れる
木馬だった
背中にあたる部分が突起していて
座ると痛そうだ
見慣れない遊具だった
しいていうなら……
三角木馬だろうか
五四、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸の野生の勘が
生存本能に火をつけた
三角木馬を見るなり
身をひるがえして脱走を図る
勇者「リン」
妖精「はい」
羽のひとの念動力で
あえなく捕獲された子狸に
勇者さんが尋ねる
勇者「どうして逃げようとしたの?」
鞭で床を叩こうとして失敗する
手首のスナップが甘い
子狸と同じミスを繰り返していた
何故と問われて
子狸は力なく首を左右に振った
子狸「……わからない。ただ、そうしなければならない気がした……」
勇者「怖がることないの。これは訓練なんだから」
羽のひとに命じて
縄で縛った子狸を
勇者さんは天井から吊るすように言った
子狸は腑に落ちない様子だった
子狸「なんで縛るの?」
勇者「暴れたら危ないからよ」
子狸「なんで吊るすの?」
勇者「命綱みたいなものね」
子狸「なんで……そのとんがったのをおれの下に持ってくるの?」
勇者「あなたには、航海中に馬に乗れるようになってもらいます」
そう告げて、勇者さんはふたたび鞭を振るった
今度は失敗しなかった
ぴしゃりと床を叩く音が室内に響いた
彼女は続けた
勇者「まずは身体を慣れさせること。そのためには……。船内を案内してもらっているときに見つけたの。悪くない案でしょ?」
子狸「そう、だろうか……?」
子狸は半信半疑だ
二番目の街で
体力のなさを露呈した勇者さんに
子狸は保護者ぶって小言をこぼしてきた
子狸「また本ばっかり読んで!」
だの
子狸「めっ! 野菜もちゃんと食べなさい!」
だのと……お前は勇者さんの何なんだといった内容である
復讐のときがやって来たのだ
五五、王国在住の現実を生きる小人さん
一方その頃……
おれ「…………」
帝国「…………」
連合「…………」
メイド「……そう、残念だわ。口で言ってもわからないなら、身体に訊くしかないわね」
五六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
魔軍☆元帥、復活の報は
またたく間に世界中にひろまるだろう
かつて勇者と魔王の間で結ばれた約束は
人間たちに明るい未来の訪れを予感させた
それが幻想でしかないことを
多くの人間は思い知ることになる
魔物たちの“平和的な交渉”を
人類は決して断れないからだ
それでも希望を捨てきれない者たちは
王都襲撃を何かの間違いだと主張した
だが、王都襲撃の指揮をとったのが
復活した魔軍☆元帥だったとしたなら
騎士団は大義名分を手に入れることになる
変革のときが訪れようとしていた
いま、子狸の旅が
ふたたびはじまる……