「おれたちの船出」part3
一、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
おはようございます、お前ら
すがすがしい朝ですね
二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うん
三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うん
四、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うん
五、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん
だ、大丈夫か? お前ら
だいぶ……なんというか
心が折れてる感じがするんだが……
六、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
だいじょうぶ
がんばる
七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うん
世界はひろいな
八、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
うん
正面突破は無理
九、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
39回目のアタックは惜しいところまで行った
メイドが寝てるうちに
王都で作戦会議しないか
一0、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれ、悔しいよ
あのデスメイド
寝るから、あとは好きにしろって……
そう言いやがった……
おれたち、ライバルじゃなかったのかよ……
一一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
火口の
気持ちは一緒だ
目にもの見せてやろうぜ……
一二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ふっ、引き返せないところまで来ちまったな
行こう
歩くひとが待ってる
おれたちはチームだ
一三、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
山腹のひと……
いいのか? おれは……
一四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おっと、野暮なことは言いなさんなよ?
帰るところがあって
出迎えてくれるひとがいる
これ以上の幸せはないだろ
一五、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれは認めてねーけどな
ま、おいしいパンを焼いてくれるってんなら
考えてやらんこともないぜ
おら、しみったれた顔してんじゃねーよ
ったく、調子が狂うぜ
一六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
素直じゃねーなぁ……
いちばん心配してたの、お前じゃねーか
一七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そ、そんなんじゃねーよ!
一八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
なんなの、そのテンション……
忠告しますけど、あとで悶えるのはお前らですよ?
一九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
それは薄々勘づいてる
二0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
おれも薄々とは
二一、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
おれに至っては
突撃が20回を越えたあたりで号泣してるからね
お前らには悪いけど
あとで記憶が飛ぶまで殴ると思う
ごめんな
二二、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
そうしてくれ
友情パワーとか言っちゃってるからね、おれら
とりあえず反省会だな……
あのテンションは……ないわ
二三、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
某パン屋にて
テーブルを囲って項垂れるお前ら
無言だ
反省会と書かれた卓上プレートが痛々しい
二四、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
深夜のテンションに身を任せるなと
あれほど口をすっぱくして言ったのに……
羽のひと、そっちは大丈夫?
発電魔法についてツッコまれると
けっこう面倒なんだけど……
超古代文明の末裔ルートは
できれば避けたい
二五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
ん。いや、朝から子狸が部屋にいないんだよ
勇者さんは、あんまり気にした様子がないな
まあ、子狸の一日はお馬さんたちにはじまり
お馬さんに終わるから
そう珍しいことじゃないってのもあるだろう
いまは甲板にいるよ
部屋を出たところで
粉末状になってたアイアンジョーの再生現場に鉢合わせたから
ジェット・フェアリー号の設備を
簡単に説明してもらってた
アイアン「帆船に乗るのははじめてか?」
勇者「本で見たことはあるけど……そうね。じっさいに乗ったことはないわ」
青い空。青い海
雲ひとつない快晴だ
照りつける太陽がまぶしい
青空に尾を引く
かつて帆だったものを見上げて
勇者さんが言った
勇者「……帆船なの? あまり用をなしていないように見えるのだけれど」
アイアン「ぱっと見、帆船だからな。魔法動力と言えなくもないが……人間たちの船とはわけが違うぞ」
勇者「自分たちのほうが上だと言いたげね」
ジョーは悪びれない
アイアン「意外か? そうでもあるまい。こと魔法の扱いに関しては、高位の魔物は人間など及びもつかない領域にいる」
人間たちが使う魔法は、上級、中級、下級という三つの区分がなされている
分身魔法をはじめとする開放レベル6以上の魔法の存在を
おれたちは内緒にしているため
人前ではレベル判定を口にしないよう自重している
それでも、本当なら人間たちは
レベル4以上の魔物が使う超高等魔法を指して言うとき
魔法の区分を数字で表すべきだった
そうしなかったのは
きっと自分たちの限界をみとめたくなかったからだ
いつかは追いつけると信じたかったからだ
しかし無理なものは無理だ
勇者「そうね」
勇者さんは認めた
勇者「あなたたちは、人間よりもずっとうまく魔法を使える」
ジョーは頷いた
水平線を眺める
遠い目をしていた
アイアン「お前のそういう……公平な物の見方を、リリィは高く評価していた」
勇者「……マッコールのこと?」
アイアン「うん」
うん?
二六、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
おれ、誘導尋問されてない? 気のせい?
二七、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
いや、もうそのへんは諦めてくれないか?
勇者さんも不器用なりに
お前と会話するメリットを模索してくれてるんだよ
二八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
そうなの!?
おれ、けっこう話し上手よ?
骨トークなら五、六時間はイケる自信があるんだけど……
二九、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
それはうざいな……
理由はよくわからないが
あのボクっ子がパーティーを去ってから
勇者さんは少し変わった気がする
彼女は言った
勇者「そう……。あの子には内緒にしておいて頂戴」
勇者さんは子狸を名前では呼ばない
たぶん身元が特定されるのを防ぐためだ
ふだんは虎視眈々とスキンシップの機会をうかがっている子狸が
この場にはいないことに
このとき勇者さんは、はじめて危機感を覚えたらしい
勇者「……そのへんを泳いでないでしょうね」
おれ「……そういえば昨日の夜、タコさんになりたいって言ってました」
ああ、とジョーが思い出したかのように言う
アイアン「じつは貝殻というのは骨の一種でな……」
おれ「強引に持ってくな。……うちのポンポコどこ行ったか知りません?」
お前らさぁ……
ボケる前にちらっとおれを見るのやめてくんない?
子狸みたいにノールックでボケられても
それはそれで困るんだけどさ……
アイアン「ポンポコ? ああ……あの小僧なら、他の連中と一緒にいるぞ」
ジョーの小芝居が光る
勇者「……姿が見えないなら見えないで不安になるわね」
アイアン「案内しよう。こっちだ」
先に立って歩くジョーに
おれと勇者さんがついていく
三0、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
勇者さんは、だんだんおれたちのステージに近付きつつあるな……
庭園の……どう見る?
三一、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
彼女は、まだバウマフ家の真のおそろしさを知らん
そう遠くない未来
子狸は第七の属性に目覚めるだろう
そのときに思い知ることになる
バウマフの血がもたらす真の恐怖をな……
三二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
お前らが適当なことを言っている一方その頃……
子狸「はぁはぁ……」
ゴールド「くっ……うぅ」
ノーマル「ぬっ……!」
シルバー「も、もう……」
ごり……ごり……
勇者「…………」
妖精「…………」
三種のジョーと子狸は
船底部に設置されている歯車を
延々と回し続けていた……
大きな歯車だ
横倒しになっていて
手押し用の棒が等間隔に十二本ついている
子狸「ま、まぶしい……」
ノーマル「と、扉を……閉めてくれ」
懇願する子狸とノーマルジョーを
アイアンが一喝した
アイアン「甘ったれるな! グズどもが!」
壁に吊るされた鞭を手にとって
ぴしゃりと床を叩く
アイアン「ペースが落ちてるぞ! もうバテたか? 根性なしどもめ!」
つかつかと子狸に歩み寄り
耳元で高圧的に叫ぶ
アイアン「喜べ! お前の体たらくを淑女たちが見てくれるぞ。嬉しいか」
子狸「サー! イエッサー!」
アイアン「あ? 聞こえんな」
子狸「サー! イエッサー!」
アイアン「……よし。続けろ!」
つかつかと戻って行ったアイアンジョーが
何事もなかったかのように勇者さんに言う
アイアン「ここが動力室だ。位置的には船底部にあたる」
勇者「……ひどく人力に見えるのだけれど」
アイアン「素人はたいていそう言う」
想像を絶するほど人力なのだ
子狸が強制労働に駆り出されているわけだが
勇者さんは気にも留めなかった
勇者「どういう原理になってるの?」
アイアン「原理か……そうだな……」
ジョーは言いよどんだ
アイアン「説明しても、はたして理解できるかどうか……」
ジェット・ブルー号は
海上を進むという観点で見れば
おそらく究極と言えるだろうシステムを採用している
迷ったすえにジョーは言った
子狸たちが回している歯車を指差し
アイアン「……あれは床下の歯車と連動していて、さらに床下では大小さまざまな歯車が回転する仕組みになっている」
そう言って闇魔法で
図解による注釈を交えて行く
アイアン「それらは、やがてカーブして外輪とつながる。そこから、こう……」
勇者「カーブ……? その矢印は……いったい何のつもりなの?」
アイアン「セパレードだ」
勇者「セパ……なに?」
聞き慣れない単語に
勇者さんが疑問符を浮かべる
ジョーは繰り返した
アイアン「セパレードだ」
勇者「……続けて」
アイアン「おう。外輪から発生したセパレードは、こう……海流と反応してフレイミングする」
勇者「ふれいみんぐ」
アイアン「うむ。フレイミングしたセパレードは、……まあ細かい工程は省くが……推力となって蓄えられる」
勇者「…………」
アイアン「…………」
妖精「……え? 終わり?」
アイアン「うん」
いや、うんじゃなくて
三三、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
おい。強引すぎる
三四、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
なぜ省いた
三五、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
セパレードとやらに
いったい何があったんだよ
三六、管理人だよ
なるほど、そういう仕組みになっていたのか……
三七、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中
子狸さん……?
三八、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
ここ……か!?
おれ「トリコロールが甘いぞ!」
勇者「なにそれ」
おれ「ああ、すまん。つい、な。つまりだ……この船は歯車を回して推力を蓄える仕組みになっている。そして、この一連の作業をトリコロールと呼ぶのだ。覚えておくといい」
勇者「そうなの……」
おれ「うん」
勇者「…………」
おれ「…………」
妖精「…………」
勇者「セパレードというのは……」
おれ「え? ああ、うん。セパレードね」
勇者「……具体的に何なの?」
おれ「トリコロールが甘いと言っている! ええいっ代われ!」
子狸さん、あとを頼みます
三九、管理人だよ
うん? うん
おれ「おはよう、二人とも。あれあれ? 今日も可愛いコンビパックだね。わくわくが止まらねえ」
妖精「息の根を止めてやろうか」
勇者「おはよう。……セパレードというのは……」
おれ「え? ああ、うん。基本だね」
勇者「……そうね」
おっと、こうしちゃいられない
おれ「そこ! トリコっ……トリコロ? トリコ~……コロネ? うん。チョココロネが甘いぞ!」
アイアン「コロネは甘いね」
ノーマル「甘いね」
注釈
・セパレード
トリコロールによって発生するエネルギー。
・フレイミング
発生したセパレードが海流と反応して起きる現象。
・トリコロール
セパレードがフレイミングすること。一連の作業を指して言う。
なお、コロネは甘い。