「おれたちの船出」part2
五一二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
魔軍☆元帥の魔☆力が解けたことで
港町に光が灯った
発光魔法の明かりだ
海上から眺めた港町は
キャンドルパーティーのように輝いて見えた
滞った業務の再開
事実確認と住人たちへの事情説明
駐在の騎士たちは忙しい夜になりそうだ
暗躍を続けるファミリーの構成員たちは
勇者さんの手足としての責務を果たすだろう
魔☆力に囚われた住人たちは
一時的とはいえ黒騎士の支配下にあった
事件の全貌を知っているのは
せいぜい子供たちくらいなものだから
きっと真相は闇に葬られることになる
勇者一行は、しばし幽霊船に身を寄せることになった
これは勇者さんの判断だ
迂闊に子狸を野放しにはできないと考えたのだろう
領主の判断しだいでは
当面は航路が制限される可能性もあった
レベル4の襲撃を受けたともなれば
政府の干渉は避けられない
貿易は港町の特権だから
後ろ暗い商売の一つや二つは日常茶飯事だろう
勇者一行は夜逃げするように港町をあとにした
けっきょく滞在期間は半日にも満たなかったことになる
遠ざかる港町を
子狸は甲板でじっと見つめていた
子狸「…………」
いや、ちがった
子狸の興味は、もっぱらゴールドジョーに向けられていた
ゴールド「……? なんだ?」
視線に気づいたゴールドが振り返ると
子狸は真顔で視線を逸らした
子狸「いや、べつに」
ろくでもない予感を満載して
ジェット・ブルー号は海を行く
子狸「…………」
五一三、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん
もともとジェット・フェアリー号は
海上で姿を消した豪華客船のなれの果てという設定がある
内装は見る影もなく朽ちているが、航行には支障がない
ジョーたちが小まめにメンテナンスしているので
設備に関してはまだまだ現役だ
子狸がお馬さんたちのお世話をしている間に
おれと勇者さんは仲良くお風呂で汗を流した
お馬さんたちのお世話を終えた子狸が
お風呂を上がって客室に戻ると
寝間着姿の勇者さんが
ベッドの上で丸くなって身体を休めていた
寝苦しい夜に、おれ
うちわをあおいで送風中
子狸「…………」
おれ「…………」
おれと子狸の視線が空中で火花を散らした
客室にベッドは二つある
子狸は、おれから視線を外さないまま
静かに後ろ足を交差させて自分のベッドに腰掛けた
ベッドの上で丸まったまま、勇者さんがぱちりと目を開く
勇者「……紫術を使える人間なんて、はじめて見たわ」
気だるそうな声だった
お疲れの様子である
子狸の表情に緊張が走った
子狸「……そいつはどこに行った?」
おれ「お前のことです」
発電魔法のことを人間たちは紫術と呼ぶことがある
人間には使えないとされる発電魔法が
血縁によるものだとすれば
それは魔法ではなく異能に分類されるべきものだ
学会でもよく研究テーマにされているようだが
いまもって結論は出ていない
勇者さんは異能論を支持しているようだった
子狸「ああ、あれね。ちょっとコツがあるんだ」
子狸は黒騎士の言いようをリスペクトした
勇者「……雷魔法のことよ。あれを魔法と決めつけるのは……良くないと思ってたんだけど」
勇者さんが寝転がったまま他者と話すのは珍しい
子狸「お嬢、眠いの?」
勇者「そんなことないけど……」
そのわりには、まぶたが重そうだ
もそもそと寝返りを打った勇者さんが
枕を抱きかかえて頬に当てた
子狸「眠いんだろ? 火の番はおれがするから、寝てていいよ」
子狸さん優しいなどと青いのは感動していたが
そもそも船内で火の番などという役回りは存在しない
魔法動力船とは比較にならないほど
ジェット・フェアリー号の航行はおだやかだ
くてっと首を倒した勇者さんが言う
勇者「コツが……あるの?」
子狸「忘れてはならないって自分に言い聞かせるんだ。たくさんのひとが、たくさんの思い出を胸に生きてるってね……。枕になりたい」
おれ「しね。エロ狸が」
勇者「……それ、焚き火のコツでしょ。そうじゃなくて……」
勇者さんのまぶたが、羽を休めるようにふと閉じる
勇者「そうじゃなくて……」
おやすみなさい
五一四、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん
しつこいようだけど
本当に体力がないな、この子は……
今日一日でやったことって
街から街へお馬さんに乗って移動して
宿屋と船着き場を徒歩で往復
あとは黒騎士との戦闘で
短時間の全力運動をしたくらいだろ
人間ってインドア生活が続くと
こうまで体力がつかないもんなの?
五一五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん
精神的な疲れもあるんだろう
勇者さんの名前が拾えるようになったのは
旅シリーズがはじまってからだ
検索避けの可能性はあるが……
アリア家側の証言もある
実戦経験はなかったと見ていい
いまの彼女に
都市級の対応は
幾らか荷が勝っていたな……
五一六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ざざん……ざざん……
絶え間ない波の音と、木材が軋む微かな音
すぅすぅと寝息を立てる勇者さんに
自分のぶんの掛け布団を貸してあげようとする子狸を
羽のひとが牽制する
妖精「…………」
子狸「…………」
小さな人差し指をぴっと突き付けられた子狸が
たちまち念動力で捕縛された
子狸「ぬぅ……」
うめき声を上げる子狸に
羽のひとが警告する
妖精「おれたちはこっち。お前はそこだ。掛け布団を、そっと床に置け。そっとだ。妙な真似をしたら……容赦しない。まずは指をへし折る」
子狸「待て。わかった……言うとおりにしよう」
そんな一幕もあり……
やがて時刻は深夜の二時。現在だ
同じ行程を歩んできた勇者さんは熟睡しているというのに
子狸の体力は有り余っていた
ぱっと目を覚ました子狸が
あてがわれた客室をうろうろしはじめる
子狸「…………」
勇者さんと羽のひとが寝入っているのを確認して
そっと客室を抜け出した
静かにドアを閉める
子狸「…………」
忍び足で船内を練り歩く子狸に
アイアン「どこへ行く気だ?」
腕組みをして壁にもたれていたアイアンジョーが声を掛けた
子狸「っ……このおれの死角をとるとは……」
アイアン「学ぶべきことは多いな」
おれたちは、さまざまなことを子狸に教えてきた
教えきれていないこともたくさんある
腕組みをといたアイアンが
ずいっと子狸に詰め寄る
アイアン「答えろ。どこへ行く」
子狸が、肺腑から声を絞り出した
子狸「失ったものを……取り戻しに行く」
アイアン「……何かを得ようとしたなら、何かを失う。仕方のないことだ」
子狸「何かを犠牲にしなくちゃだめなのか? そうじゃないはずだ」
港町の一件で勇者さんが愛用の剣を失ったように
子狸の調理器具一式もまた失われた
子狸の金銭感覚は
勇者さんよりもずっとまともだ
バウマフ家の貯蓄は出入りが激しい
おれたちの必要経費は
バウマフ家のお財布から支払われるし
たとえば羽のひとが妖精屋で稼いだぶんは
バウマフ家のお財布に振り込まれる
一家で遊んで暮らせるだけの額になった翌日には
目玉が飛び出るほどの借金を抱えていたりもする
ポンポコ金融が破綻した過去から
子狸は多くのことを学んでいた……
五一七、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中
各国で通貨の価値が違うからなぁ……
ポンポコ母には説明したし
許可ももらったんだけど
まず億っていう数字の単位を理解してなかったっぽい
五一八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
先立つものが必要だった
それは手を伸ばせば届く距離にある
子狸は黄金の輝きに魅せられていた
子狸「…………」
アイアン「…………」
無言で見つめ合う二人が
弾けるように距離を取った
アイアン「同じことだ! お前がやろうとしていることも!」
こん棒を抜き放って殴りかかるアイアン
子狸「イズ・エリア!」
子狸は紫電を棒状に伸ばして応じる
船内の廊下で
両者が正面から激しくぶつかり合った(深夜
子狸「どいてくれ! お前とは戦いたくない!」
アイアン「賢しげに口を叩くな! 金の亡者め!」
子狸「ちがう! お嬢のためだ!」
アイアン「何が違う!? 何も違わない!」
アイアンのこん棒が発電魔法を打ち破って
素早く身を屈めた子狸を
船内の壁を砕きながら追う
子狸「シエル!」
子狸が壁を硬化して
こん棒の追撃をとどめた
動きを止めたこん棒を
片手で掴んで飛び上がる
子狸「おれナックル!」
子狸のこぶしがアイアンに迫る
アイアン「おれシュナイダー!」
こん棒から手を離したアイアンが
バアッと跳躍して後方宙返りを披露した
深夜の船内で熱戦を繰り広げる二人を
妖精「…………」
羽のひとが冷たい眼差しで見ていた……
五一九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸さん、うしろうしろー!
五二0、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ああっ……
そんなご無体な……
五二0、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
お前らはこっちだ
それでは……こほん
お前ら突撃!
五一三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
行ったらぁ!
アリア家がなんぼのもんじゃい!
五一四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
なんぼのもんじゃーい!
五一五、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
なんぼのっ
きゃあ
五一六、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
山腹の~!
なんだっ、この……!
メイドの分際で……!
きゃあ
五一七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
火口の~!
く、来るなっ! 近付くんじゃねえ!
この、デスメイドがぁぁぁあああっ!
あふっ
五一八、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
はい、撤収。再突撃
五一九、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
しょせんは人間よ!
レクイエム毒針ぃっ!
避けた……だと?
あ、アリア家のメイドは化け物か……?
五二0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ひるむな!
取り囲め!
いまだ!
五二一、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
当たらねえ!
なんだ、なんなんだ、お前は!?
五二二、管理人だよ
ぎゃーっ!
五二三、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸ぃーっ!
五二四、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
子狸……!
いま行くっ……!
五二五、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
無駄だ
お前らの射程超過はブロックしてある
五二六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
何故だ!?
何故そこまで……
五二七、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
逃げられないようにするために決まってるだろ
とくに、そう……
お前には……二、三、確認したいことがある……
五二八、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
!?
王都の……おれを売ったのか!?
五二九、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
山腹の……お前はよく働いてくれた
だが、お前は知りすぎている……
お前の意思は、おれが継ごう
決して無駄にはしないと約束する
五三0、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
お、お前というやつは……
五三一、湖畔在住の今をときめくしかばねさん(出張中
そういうのいらないから
おら、メイドが来たぞ
ひゅー! 勇者さんの二倍、いや三倍は強ぇ……!
五三二、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
ここはおれが!
かまくらの、山腹の、先に行け!
五三三、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
火口の! だが……!
五三四、火口付近在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
行け!
おれもあとから追う!
メイド「陽動……ね」
おれ「やらせん!」
おれに構うな! 行けっ!
五三六、山腹巣穴在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
かまくらの、行くぞ!
やつの思いを無駄にするな!
五三七、かまくら在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中
火口の~!