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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
おれたちは牛に屈さない……by骨のひとたち
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「都市級が港町を襲撃するようです」part12

三七三、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中


 子狸め……成長したな


 子狸さんの提案で勇者さんは3ポイントに変更しました


 まとめるとこんな感じ



 勇者一行が逃げる。おれたちが追う


 おれたちは勇者一行に遅れて五分後にスタート


 勇者さんは3ポイント、子狸は5ポイント、羽のひとは10ポイント


 子狸がおれに魔法を当てたら、そのつど1ポイントずつ進呈


 勇者一行とおれたちで最終的なポイントを競う。もちろん高いほうが勝ち



 うん。わかりやすい


勇者「…………」


 おかしい。勇者さんが納得してくれない



三七四、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸よりもポイントが低いのが気に入らないのかもしれない


 凄め。凄んで押しきれ。それしかない



三七五、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 レベル4の迫力を見せてやれ!



三七六、魔都在住の特筆すべき点もないライオンさん(出張中


 よ、よし……



三七七、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 夕日が過ぎ去って青みがかった空では

 早くも一等星が輝いて見えた


 じっと見つめてくる勇者さんを

 巨鳥がぐりっと首をねじって見下ろす


ひよこ「……どうした? 行け。死に物狂いで逃げてみろ。五分やる。悪い話ではなかろう? まんまと逃げおおせたら3ポイントやると言っておるのだ」


勇者「なんなの。そのポイントって」


 やはり子狸よりもポイントが低いのが気に入らないらしい……


 空のひとが勇者さんを見る目は冷たい

 道端に捨てられたゴミを見るかのような目だ


ひよこ「察しの悪い人間だな……」


 これ見よがしにため息をつくと

 気温はさして低くもないのに

 くちばしから漏れ出た吐息が白い


ひよこ「もしもお前たちが、おれよりもポイントを稼げたなら」


 空のひとは凄んだ


ひよこ「そのときは、この街の住人の命と引き換えにしてやると……そう言っている」


 その言葉が意味するところに

 羽のひとが息をのんだ


妖精「そんなのっ……!」


 子狸が空のひとに魔法を当てるのは

 たぶん絶望的なほど難しい


 羽のひとは10ポイントだから

 彼女がつかまった時点で

 港町の滅亡は、ほぼ確定する


 顔色を失った羽のひとが黒妖精を見る


 その視線を受けて

 黒妖精が黒騎士の肩の上で首を傾げた


コアラ「わたしは参加しないわ。見ての通り……このひとはあまり調子が良くないの。無茶ばかりするひとだから……わたしがついててあげないとね」


 黒騎士は肯定も否定もしなかった


 空のひとの視線がすっと落ちる

 焦げつくような西日の中で

 聖☆剣が負けじと強い光を放っていた


ひよこ「分不相応なものを持っているな……」


 空のひとの口角が厭らしく歪んだ


ひよこ「もう、お前たち人間を生かしておいてやる理由はない」


 黒騎士が異論をとなえた


庭園「まだ手に入れたわけではない」


 空のひとは魅入られたように聖☆剣を見つめている


ひよこ「もうじゅうぶんではないか? そう……時間の問題だ。ずいぶんと弱っている……。宝剣も……だいぶ影を帯びているな……憎しみにどこまで抗えるか……」


 勇者さんがちらりと子狸を一瞥した


子狸「…………」


 子狸は控えめに見ても今夜の晩ごはんが気になっている様子だ


 勇者さんは視線を戻して言った


勇者「……あなたの言うことを信じろというの?」


 自分たちが勝ったなら、港町の住人には手を出さないという件だろう


 勇者さんに人質は意味を為さない

 だが、子狸は違うということだ


ひよこ「ん? おお、約束は守るとも。お前たち人間が、おれたちの魔☆力をどう解釈しているのかは知らんが……約束は守る。そういうものだからな。お前らと一緒にしてもらっては困る……」


 空のひとは鷹揚に頷いた

 勇者一行に背を向けたまま翼を広げる


ひよこ「さあ……はじめるぞ」


 羽のひとのスピードなら

 先行して船舶所に辿りつける


 陸上の魔物が海上に手出ししないのは

 ほとんど常識として知られた話だ


 羽のひとは10ポイントだから

 少なくとも彼女が逃げきったなら

 それだけで港町は滅亡を免れる


 つまり場合によっては

 羽のひとは勇者一行の命運を

 港町の住人たちの命と秤にかけることになる

 

 魔物たちの狙いが光の宝剣だとすれば

 だからこのゲームでもっとも軽いのは

 子狸の命ということになる


 ポイントという言葉で誤魔化しているが


 じつに魔物らしい

 厭らしいルールだった

 

 そして勇者一行に選択の余地はない


 勇者さんが黒雲号にひらりとまたがる


 黒妖精を見つめていた羽のひとが

 視線を切って

 ぱっと宙に舞い上がった

 いつでも飛び出せるよう二対の羽を高速で振動させる


 子狸は最後まで中央広場の子供たちを気にしていた


子狸「子供たちに手を出したら許さない」


庭園「バウマフ家は」


 黒騎士が出し抜けに言った


庭園「……お前とはいずれ……決着をつける。そうでなければならない。だからいまは……行け」


子狸「父さん……」


コアラ「お前の親父じゃねーつってんだろ」


子狸「うむ……」


 ひとつ頷いた子狸が颯爽と豆芝さんにまたがる


 その光景に羽のひとが違和感を覚えた


妖精「リ……」


 勇者さんに呼びかけようとするも

 空のひとの両翼が大きく風を打ち鳴らした


 勢いよく翼で両目を覆って


ひよこ「もういいか~い?」


 鬼ごっこと隠れんぼを勘違いしていた


子狸「ま~だ~だよ~」


 子狸も勘違いしていた


 勇者さんが体重をかけると

 黒雲号が軽快なスタートダッシュを切った


 すかさず豆芝さんがあとを追う



三七八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 子狸がちっちゃかった頃の話だ

 

 緑のひとの背中に乗って

 空中遊泳を楽しもうと目論んだ子狸だったが

 上空の強風にあおられて

 あえなくスカイダイビングしたことがある……


 まるで、そのときの再現だった


 豆芝さんのスタートに


子狸「ぬっ!?」


 重心を前のめりにして

 いったんは耐えた子狸だったが

 二歩目の揺り戻しで

 あえなく宙を舞った


子狸「ほうっ」


妖精「あぶねえ!」


 とっさに羽のひとが念動力で子狸を捕獲する


妖精「首! 首にしがみつけ!」


子狸「お邪魔します」


 豆芝さんの首にしがみついて事なきを得る子狸


勇者「っ……」


 先を行く馬上で振り返った勇者さんが

 しまったというような顔をした


 港町までの道中で

 勇者さんはお馬さんたちの訓練を優先した


 子狸に乗馬の訓練を課そうものなら

 おそらく筋肉痛で

 使いものにならなくなると知っていたからだ


 子狸がお馬さんに乗れないことは承知していたのだから

 ゲームをはじめる前に

 ひとことあってしかるべきだった


 勇者さんらしからぬミスだった


 たぶん彼女にはもう余裕がないのだ


 ぐんぐん加速するお馬さんたち

 港町の街並みが後方に流れていく


 勇者さんが一息ついて

 羽のひとに指示を飛ばした


勇者「リン! 先行して船出の準備を! 船乗りたちには避難するよう伝えなさい」


妖精「はい!」


 一抹の不安を感じた羽のひとだったが

 即座に高度を上げて急加速する


 船乗りたちを避難させるということは

 羽のひとと子狸に舵取りを委ねるということだ


 子狸をパージするつもりはないらしい


 黒雲号と豆芝さんが並走する


 勇者さんの真意は

 子狸にはまったく伝わっていない 


子狸「海に出れば安全だよ。おれが囮になる。お嬢はそのまま……」


勇者「魔物たちもそう思うでしょうね」


 勇者さんは冷静だ

 先ほどの失態は……単にうっかりしただけなのか?


勇者「彼らは、わたしとあなたを引き離そうとしている」


 ちっ……


 子狸には何か思い当たるふしがあるようだった


子狸「そうか……おれたちを祝福してくれないんだね」


 それ、ほとんど告白してないか?


 勇者さんはおざなりに同意した


勇者「そうね。とにかく……」


 いちいち対応していたらきりがないと悟っている


勇者「このまま船着き場まで駆け抜ける。五分という時間設定は……途中でたぶん追いつかれる。一分か二分……しのぎきれれば」


 そこで勇者さんは子狸と目を合わせようとした

 無理だった


 子狸はカンガルーのお子さんよろしく

 豆芝さんの首にしがみついている


勇者「あなたに全てを託します」


 だから勇者さんの決意に満ちた言葉が

 この有袋類じみたポンポコのせいで台なしだった



三七九、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 勇者さん……



三八0、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 勇者さん……



三八一、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 五分か

 まあ妥当な線だな……


 それまでに

 決着をつけてやるよ


 オリジナル



三八二、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 勇者一行を見送った子狸バスターに

 異変が起きようとしていた


 足元から跳ね上がったレクイエム毒針・影が

 子狸バスターの首を刈り取らんと迫る


コアラ「! シールド!」


 すんでのところで黒妖精の盾魔法が

 薄く引き伸ばされた触手を弾き飛ばした


 引き剥がされた黒騎士の影が

 分裂して一斉に猛虎の構えをとった


 ! 復活していたのか……



三八三、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 サービスタイムは終わりだ


 土は土に

 塵は塵に


 お前らはお前らの勤めを果たすんだ


 おれたちだってつらいんだぜ……?



三八四、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ふん、ほざけ


 空のひとを口止めしておくべきだったな


 ブロックを解除したのは……お屋形さまか?

 鬼のひとたちを通じて……だな



三八五、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 そうだ


 お前らが鬼のひとたちと密約を交わしていたのは知っている

 おれならそうするだろうからな……


 狙いは勇者さんの剣だろう

 あのひとたちは……最初からそのつもりだったんだな


 おれたちをブロックしたことで気がゆるんだか?


 そういうところから足がつくんだよ



三八六、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ! こいつ……


 議長!



三八七、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ああ、生かしてはおけん


 もう一度……今度は完膚なきまでにブロックしてやるよ



三八八、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 二対一だ……まさか卑怯とは言うまいね?



三八九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 やれるのか? お前らに? このおれが


 火口のとかまくらのをブロックし続けるのは

 だいぶ負担になっているはずだ


 あいつらも戦い続けてるんだ


 おれだけ尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかんだろ


 日没が近い……


 決着をつけよう


 全部おれ!



三九0、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 全部おれ!



三九一、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 全部おれ!



三九二、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん

 

 ブロックを打ち破って復活した庭園オリジナル


 影に身をやつしているので

 ほとんどやりたい放題である

 

 港町の至るところで

 無数の影が伸び上がり

 互いの縄張りを主張するように

 激しく衝突し合う


 庭園Aの脱走を逸早く察していた庭園Bは

 空のひととのやりとりで

 子狸バスターの影を配下の魔物ではなく

 変質した魔☆力として扱っていた


 魔☆力の暴走ということで片付けるつもりだ


ひよこ「もういいか~い?」


 空のひとは真剣だ


 このトリは本気で子狸を捕獲する気なのかもしれない



三九三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 空のひとの声は

 伝播魔法により人間から人間へと感染し

 やがて子狸の耳朶を打った


子狸「ま~だ~だよ~」


 律儀に言い返す子狸さんを

 勇者さんは止めようとしない


 行き先は確定しているのだから

 ゲームの体裁を保ち続けることは重要だ


 庭園のと火口の、かまくらのの争いは熾烈を極めている


 立ち昇った陽炎が

 実体を伴ってぶつかり合っているかのようだった


 さすがに飛んだり跳ねたりは自重しているらしく

 黒い波が道の上で押し合っているようにも見える


勇者「……?」


 魔軍☆元帥の身に

 何か異変が起こったらしいことは明白だった


子狸「魔☆力が暴走してる。夜は力が増すから……押さえ切れてないんだ!」


 ついさっき仕入れた情報を

 子狸が我が物顔で披露した


勇者「暴走しているふりかもしれないわ」


 勇者さんは子狸情報を鵜呑みにしたりしない


 自分の意思とは無関係に影が勝手に動いたというのは

 じつは完璧に制御できているとしたら便利な言い訳だ


勇者「わたし、あんまり口が上手いほうじゃないんだけど、あなたなら簡単に丸め込めることができそう……」


 たいてい素人はそう言う


 ときと場合によるのだ


 勇者さんも、まだまだだな……



三九四、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 一方その頃


 おれは船を譲ってもらえるよう

 船長を説得していた


おれ「だから大人しく船を寄越せと言ってんだろ。一隻くらい、いいじゃねーか。ああん?」


船長「いや、それは……困る! 魔力を解いてくれたことには感謝するが……」


おれ「うちのボスを誰だと思ってんだ? 金か? 金ならうなるほどあるんだよ」


船長「そういう問題じゃない! 船はおれの……おれたちの……そう、言ってみれば女房なんだよ!」


おれ「ちっ……変態が。もういい。男ならこぶしで掛かってこい。力が正義だ。お前らを打ち倒して、おれたちは行く」


 説得中です



三九五、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 そんな説得があるものか


 とはいえ緊急事態だからな……旅に犠牲はつきものだ


 羽のひとの電光石火の右が

 一人の船員をマットに沈めた頃


 おれたちはひまを持て余しているわけで……


 スペリオルしりとりでもするか



 リンドール・テイマア


 南北戦争において反乱軍の総指揮をとる


 はっきり言って、こいつが最強



三九六、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 なにを言うか


 テイマアの小せがれが王権の分離を成し遂げたのは

 アリア家の支援があってこそだろ


 歴史の表舞台には出てこなかったけど


 アリエル・アジェステ・アリア


 こいつが最強に決まってる



三九七、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 アリア家は裏工作が忙しすぎて

 めったに軍団の指揮とかとらないからなぁ……


 何度も言ってるけど

 もしもあいつが指揮をとってたら~とかは除外しようぜ


 じっさいの戦果なら

 やっぱりこいつだろ


 マーリン・ネウシス・ケイディ


 魔術師の異名を持つ将軍だぜ


 第八次討伐、双壁の攻防戦でレベル3のひとたちを下す


 こいつの奇策には正直びびった



三九八、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 たしかに魔術師は凄ぇよ

 でも、チェンジリング☆ハイパーの存在に支えられてたところがある


 おれはこいつを推すね


 リュシル・トリネル


 おれたちと戦ったことないから知らないかもしれないけど

 連合国の戦史を調べてみたら、こいつはまじで最強


 はっきり言って

 いまの騎士団が使ってる戦術のほとんどは

 こいつの影響を受けてる



三九九、空中庭園在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 リュシルなら知ってるよ


 でも撤退戦でミスってるからな……

 おれ的には、そこがマイナスポイント

 精神的に脆いところあったんじゃないかと睨んでる


 リュシルを打ち破った

 エミル・ティリは?


 何度もリュシルに煮え湯を飲まされてるんだけど

 最後の最後には勝ってる


 派手なところはないけど

 堅実な戦いぶりが渋いんだよ



四00、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 たしかにエミルは最強の一角に挙げられるな


 あいつがいなかったら

 連合国は生まれてなかったと思う……


 もっと大きな部隊を率いてたら化けたかも


 最後のほうだとリュシルにある種の友情を感じてたらしいから

 たぶん甘かったんだろうな


 権謀が渦巻く宮廷で

 のし上がれるタイプじゃない



四0一、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん


 お前らにしりとりをしようという気概が感じられない


 五分だ


 巨躯を屈めた空のが子狸バスターを促す


ひよこ「行くぞ。乗れ」


庭園B「おれも行くのか?」


ひよこ「あとで拾って帰るのも面倒だ」


庭園B「わかった」


 にゃんこの乗り心地は

 ありとあらゆる魔物を凌駕する


 魔王の騎獣は伊達ではないのだ


 子狸バスターを背に乗せたにゃんこが

 助走をつけて大きく飛び上がった


 翼を上下して風に乗る


 カッとくちばしを開いて

 けたたましい鳴き声を上げた


ひよこ「ケェェェエエエッ!」


 ニワトリと似ていた



四0二、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 サバイバル生活で鍛えられた子狸の五感は

 野生のポンポコにも見劣りしない


子狸「来る……!」


 まだ停泊所は見えない


 上空に飛び上がった黄色い毛玉が

 みるみる近付いてくる


 お馬さんが五分で駆ける距離を

 空のひとは一分足らずで走破する


 速度に差がありすぎる


勇者「見えた……!」


 入り江に面する砂浜に勇者一行が辿りつく


 うつ伏せに倒れた船員たちが生々しい


 彼らをノックダウンした羽のひとが

 シャドーで左フックの角度を調整していた


 勇者さんに気がついた羽のひとが手を振る


 遠すぎる。だめだ、間に合わない。時間設定が甘かった


子狸「行け!」


 子狸が豆芝さんから飛び降りて、ごろごろと砂浜に転がる


勇者「っ……!」


 けっきょく最後はこうなるのか


 一挙動で立ち上がった子狸が

 砂に足をとられつつも走る


 まだ遠く見える巨鳥に手のひらを向ける


子狸「チク・タク・ディグ!」


 飛翔した圧縮弾を

 空のひとはあっさりと回避する


子狸「エリア! 戻れ!」


 子狸の魔法は純正の騎士よりも

 ずっと融通が利く


 反転して背後から襲いかかる圧縮弾に

 空のひとは小刻みなフットワークで安全圏へと移動する


 空のひとの巡航速度は羽のひとを上回るが

 旋回速度では劣る


 その弱点を補うための技がこれだ


 さすがに深化魔法は別として

 だいたいレベル2の魔法なら

 詠唱破棄しても開放レベル4におさまる


 空のひとは詠唱破棄で

 空中に良くしなる巨木の枝を再現したのだ


 必殺の多段ジャンプだった


子狸「チク・タク・ディグ!」


 とにかく当てさえすればいい


 圧縮弾で挟み撃ちにしようとする子狸だが

 二つの魔法を同時に扱おうとして失敗する


 ふだんは出来るはずのことが

 言ってみれば本番の

 旅シリーズではうまく行かないこともある


 圧縮に失敗して暴れ狂う空気の塊が

 子狸の頬を叩いた


 バランスを崩して転倒する

 砂まみれになっても子狸は戦意を失わない


子狸「っ……チク・タク・ディグ!」


 ミスは重なる


 無意識のうちに座標起点にすがったらしい


 座標起点の制限を

 人間が自らの意思で解除することは

 できない


 子狸が焦っている理由は

 おそらく船に身を隠そうとしていた

 子供たちの集団が

 岩陰から姿を現したからだ


 子狸が叫んだ


子狸「走れ! 船に行け!」


 二度のミスで

 空のひととの距離はだいぶ詰まっている


 子狸が今度は足を止めて

 人差し指を上空の魔獣に向けた


子狸「イズ・ロッド・ブラウド!」


 発電魔法は特殊な魔法だ

 魔属性というだけではなく……


 ふつうに投射しても

 処理速度がまったく追いつかない


 だから子狸は条件を指定して

 発電魔法を手元から伝播する必要がある


 空のひとまでの直線上であること

 それが感染条件だ


 子狸の指先から紫電の束が放たれる



四0三、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸が発電魔法を扱えることを

 空のひとは知らないことになっている


ひよこ「なにっ……!」


 空中でロールして直撃は避けたが

 紫電の枝に翼が掠った


 子狸1ポイント獲得


ひよこ「魔属性だと……?」


 空に貫けて行った雷光を目で追って

 空のひとが空中で滞空する


おれ「油断するな。あれは、あの男の血を引いている」


ひよこ「……血は争えないというわけか」


 眼下では、豆芝さんと黒雲号が

 進路を切り替えて子狸を追っている


 船からどんどん離れているが……

 早急に子狸を回収したほうがいいかもしれない


 もう無理だろう


 いや……そういうことか


おれ「やってくれるじゃないか……」


 夕日が沈もうとしている


 真っ赤に染まった水平線が美しかった


 照り返された日の光が

 波打ち際で、かすかに歪んだ


 

四0四、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸を追うか否か

 最後の最後で勇者さんは決断できなかった


 子狸を追ったのは

 豆芝さんの意思だった


 脚が鈍った黒雲号を

 勇者さんは後押しした


勇者「好きになさい」


 勇者さんが子狸を助けようとしたなら

 羽のひともきっと追いかけてくる


 もしかしたら打算から来る決断かもしれないが


 この子は……アリア家の人間としては破格に甘い


 だから王都のは、彼女を選んだ


 近付いてくる気配を感じ取ったのか

 いつになく厳しい声音で子狸が叫んだ


子狸「来るな!」 


 子狸は完全に立ち止まって

 上空の空のひとを指差していた


子狸「来るな。ここで……お別れだ」


 すでに巨鳥は子狸の頭上に迫っている


子狸「ゴル……!」


 子狸の指先に灯った火炎を


 空のひとは吐息ひとつで吹き消した


 眼前に降り立った魔獣に

 子狸は気圧されまいと両足で踏ん張る


 空のひとは興味深そうに子狸を見下ろしている


ひよこ「人間が、魔属性をな……」


庭園B「空の」


 制止しようとする黒騎士を

 空のひとは無視した


ひよこ「ああ、そうか……お前は」


 言いかけた空のひとを

 突如として飛来した氷の弾丸が打った


 厚い羽毛に遮られて空のひとには何らダメージはない


 だが、注意を逸らすことはできた


 凍結魔法が飛んできた方向を見ると


ひよこ「ん……」


 波打ち際に


 骨のひとが


 立っていた



四0五、墓地在住の今をときめく骸骨さん(出張中


 地獄から……


 帰って来たぜ!



 注釈


・スペリオルしりとり


 人類最強は誰かを決める魔物たちのゲーム。

 ひたすら「いや、そうじゃねーよ」と続いていくことから「しりとり」の名を冠している。

 歴史上の偉人最強決定戦である。

 多くの場合で比べようがないので、決着はつかない。

 高名な画家同士で殴り合ったら誰が最強かとか不毛なことを延々と話し合う。

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