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しいていうならお前の横を歩いてるのが魔王  作者: たぴ岡
おれたちは牛に屈さない……by骨のひとたち
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「都市級が港町を襲撃するようです」part6

一五五、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


妖精「待てこら!」


子狸「やだ」


 羽のひとの念動力を振りきった子狸さんが

 小物類を蹴散らして窓台に飛び乗った


勇者「どうして……」

 

 こうと決めたら一直線の子狸が後ろ髪を引かれたように見えたのは

 勇者さんの声がいつになく頼りげなく揺れていたせいかもしれない


 肩越しに振り返った子狸が目にしたのは

 いつもの毅然とした彼女だ


勇者「あなた、死ぬわ」


 静かに佇む勇者さんを映す

 子狸の目に

 迷いはない


子狸「ちがう。生きるんだ」


 間違えて女子更衣室に突入したときと同じ言い訳だった


 これでお別れになると思ったからかもしれない

 最後に、にこりと微笑んでから


 子狸は

 自由へ向かって跳んだ



一五六、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 悲劇的に語彙が少ないな……子狸ぃ……



一五七、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 会話が成立してるかどうかも微妙な線ですしね……子狸ぃ……


 子狸が宿屋の二階から明日へと跳んだとき


 天空から降った紫電が

 騎士たちを打った


 ほつれた糸が

 天と地を結んだかのようだった


 グループ指定、ウィルス性の座標起点

 限りなくレベル5に近い広域殲滅魔法だ


 かつて国ひとつを陥とした魔人の技に

 騎士たちは悲鳴を上げることさえ叶わず

 その場に倒れ伏した


 逆算能力を使う暇などあろうはずもない

 総勢で二十四名の騎士たちが一瞬で全滅した


 いや……ひとりだけ

 騎士Aだけが切れ切れの意識をつなぎとめていた


 いったい何が彼を支えているのか

 子狸バスターにすがりつくように

 がくがくと震える足で踏ん張っている


 バスターは惜しみない賞賛を贈った


庭園「素晴らしい。認めてやる……お前たちは、おれの敵として倒れる」


 そう言って、騎士Aの首に指を回して持ち上げる


騎士A「が……あ……」


庭園「言え。勇者は……アリア家の娘はどこにいる」


騎士A「逃げて……くれ……とても……かなわない……」


 騎士Aの意識は朦朧としている


 だから口を衝いて出たのは

 王国を守る騎士としてではなく

 ひとりの人間としての願いだった


庭園「そうか。ならば、しね」


 騎士Aを宙吊りにしたまま

 ゆっくりと手刀を構える子狸バスター



一五八、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 減速魔法で着地した子狸が目にした光景は

 中央広場で倒れ伏している騎士たちと

 いままさに風前の灯と化している騎士Aの命

 そして、おびえて何も出来ずにいる子供たちだった


 その姿が、かつての自分と重なって見えたのかもしれない


 バウマフ家の人間はシナリオに没頭しすぎるきらいがあるから

 未熟なうちは恐怖が足を引っ張ることもある


 アリア家の人間とは違うから

 意識的に感情を制御することはできないのだ


 子狸は叫んだ


子狸「やめろーっ!」


 黒装の騎士が子狸に気づいて騎士Aを放り投げる



一五九、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 大きくなったなぁ……


 ママンと似てる



一六0、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ママン……



一六一、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ママン……



一六二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 お前らが美しい思い出にひたっている一方その頃


 勇者さんは決断を下した


勇者「リン、追って。まだ途中だけれど……あなたの友達を支えてあげなさい」


おれ「はい! リシアさんは?」


 ベッドに立てかけてある剣を腰に差して

 マントを羽織った勇者さんが

 早足で部屋のドアに向かう


勇者「手筈通りに。……あの子は、もしかしたらとくべつな存在なのかもしれない。わたしよりもずっと」


 お前らが、さんざん勇者さんをスルーして子狸にばかり構うから……


おれ「でも、ともだちですから。ともだちだから……行きますっ!」


 部屋を出ていく勇者さんを

 最後まで見送るのももどかしく

 おれは飛翔した


 窓から飛び出すと

 怒りに燃えた子狸さんが全力で駆けて行くのが見えた


子狸「チク! タク! ディグ!」


 激しい感情はときとして

 人間の潜在能力を引き出すこともある


 3~5発が限界とされていた子狸が

 このとき生成した圧縮弾は、じつに十発に及んでいた


 全力疾走を続ける子狸を追い抜いて

 荒ぶる圧縮弾が黒騎士を打つ


 黒騎士はびくともしなかった


 鍛え上げられた鉄に覆われた堅牢なるバスターは

 防御の手間すら惜しむことができる


庭園「つたない魔法だ。圧縮、固定、投射、すべてが甘い……」


 魔軍☆元帥は魔王軍で随一の魔法使いだった

 こと攻性魔法に関しては魔王すら超えている


庭園「チク・タク・ディグ」


 回転しながら圧縮された空気の弾丸が上空に撃ち出される


 優に千を越える圧縮弾が

 着弾点をずらして流星のように降り注いだ


 馬車が通れるよう均された地面が抉られて

 飛び散った土砂が

 後追いの圧縮弾に粉砕される


 凄まじい光景だ


 イメージひとつとっても

 人間の限界を大きく凌駕している


 にじり寄ってくる圧縮弾の滝に

 しかし子狸はひるまない


子狸「ディレイ・ラルド・エリア!」


 傘のように頭上に展開した盾魔法を

 薄く引き伸ばして高度を維持したまま前方に撃ち出す


 雨が降ったときに便利な傘の道だ



一六三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 魔法の中核をなすのはイメージだから

 打ち負けないという確信が大事だ


 魔法の火力は子狸にとって数値の違いでしかない

 それは人間よりも魔に近しい感覚だ


 子狸作の傘魔法は原則に従って正しく

 豪雨じみた圧縮弾を打ち砕く


 黒騎士までの道が開いた


 陥没した地面を噛む子狸の足に

 より一層の力が込められる


 追いついてきた羽のひとが

 きりもみしながら子狸の前に躍り出た


子狸「! リン……」


妖精「おい。まともにやっても勝ち目はないぞ」


子狸「だからっ……!」


妖精「友達なんだろ。おれら」


子狸「っ……わかった。行こう!」


妖精「けっきょく無策かよ……だったら好きにさせてもらうぜ!」


 先制したのは羽のひとだ


 投射されたマジカル☆ミサイルが

 光の軌跡を描いて黒騎士に着弾する 


 待ち構える黒騎士は小揺るぎもしない

 子狸の傘魔法に感心した様子だ


庭園「ふむ……とるにたらない小物と思っていたが……なかなかどうして……」


 傘魔法の庇護下にない地面が

 流星雨で削り取られていく中

 黒騎士から発せられる声だけが重く響いた

 まるで別世界の出来事のようだ



一六四、かまくら付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 トップスピードに乗った羽のひとが

 光弾に紛れてバスターの背後をとる


妖精「いまさら出てきてっ……! おれカッター!」


 三日月状の光波がバスターの肩口を打った

 しかし設定上、羽のひとの浸食魔法は決定的な殺傷力を持たない


 重力が光を歪めるように

 圧倒的な質量に光刃が弾かれたとき

 あぜ道を踏破した子狸が

 固く握ったこぶしを弓矢のように引きしぼる


子狸「アバドン!」


 質量には質量をということか



一六五、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 だが、無駄だ


 振り上げられたバスターの左手INおれが

 子狸のこぶしを無造作に受け止めた


 魔法を使うまでもない

 腕力だけでねじ伏せてやる……!


子狸「ぐうっ……!」


庭園「おれの部下が世話になったそうだな」


 両者の対格差は大人と子供ほどもある


 ぐっと胸をせり出したバスターが

 仲つむまじい恋人のように顔を寄せて囁いた


庭園「ただの子供ではないか。悪いことは言わん……勇者など捨て置け。帰る家があるのだろう……?」



一六六、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 おい。やめろ


 すでに統制が崩れてるじゃねーか

 左腕と胴体が別の生き物みたいに動いてて気持ち悪いんだよ

 いや、たしかに別の生き物なんだが……



一六七、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 それが持ち味とも言える


 バスターは子狸をまったく問題視していない

 敵意を向けるにも値しないのだ

 

 近所の公園で遊ぶ子供にしてやるように

 無骨な手で頭を撫でてやる


 軽く体重を掛けただけで

 子狸は荷重を支えきれずに両ひざを屈した


子狸「くっ、うう……!」


 肩で息をしている子狸に

 バスターが繰り返した


庭園「家に帰れ」


 脅威に値しないという意味では羽のひとも同じだ

 

 左腕にまとわりついている彼女へと向ける

 バスターの視線にはひとかけらの興味もない


庭園「妖精か……やはりな……」


妖精「このっ……!」



一六八、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 あとでころす



一六九、空中庭園在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 ごめんなさい



一七0、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 命だけは……



一七一、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 子狸さんのベイビーをこの手で抱き上げたいです



一七二、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 内心で命乞いする中のひとに

 子狸が跳ね上がるように手刀を繰り出した


子狸「グレイル!」


 受けるな

 浸食されるぞ



一七三、王都在住のとるにたらない不定形生物さん(出張中


 お前はどっちの味方なんだ


 さすがに浸食魔法は物理的にやばいらしい


 が、チェンジリング☆ハイパーをも封殺するレベル4に

 不意打ちとはいえ接近戦が通用すると考えるのは甘い


 黒騎士がちょいと指を下に向けると

 詠唱破棄された崩落魔法が子狸を地面に縫いつける


子狸「がっ……!」


庭園「寝ていろ」


 大人と子供どころではない

 象さんと蟻さんだ


 仮に接近戦が通用するとすれば……


 そうだよな


 屋根伝いに移動してきた勇者さんが

 抜き身の真剣をぶら下げたまま

 屋根を蹴って跳躍した


 狙いは黒騎士の肩口だ

 全身を鎧で覆われている黒騎士だが

 どんな鎧にも継ぎ目はある

 関節部なら間違いない


 魔法を排した勇者さんには

 気配がない


 着地を羽のひとに委ねての

 全体重と落下速度を上乗せした

 完全な死角からの一太刀……


 かつて見えるひとを葬ったそれを


 受け止めたのは


 振り返った黒騎士の右手から伸びた


 炎の剣だった


庭園「不意打ちにはもう懲りた」


 おい。おいおい……


 何してくれてんだ、お前……


 おれのシナリオにはないぞ


 本気で……おれたちに取って代わるつもりか!?


 残酷なことしやがる……!


 この発想……!


 お前らの黒幕は……お屋形さまじゃないのか!?



一七四、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 甘いよ。甘い。見誤ったな、王都の


庭園「アレイシアン・アジェステ・アリアだな?」


 突如として顕現した魔火の剣に

 勇者さんは無反応だった

 透徹な瞳が黒騎士を見据える


 完璧に感情を制御した状態だ


 代わりに羽のひとがリアクションしてくれた


妖精「火の宝剣……!? そんな、まさか……!」


 本当にありがとうございます



一七五、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 まったく……


 この青いのはどうしようもねーな……


 ふだんから腹黒いこと考えてるから

 内部分裂するんだろ……


おれ「リシアさんっ……いま!」


 隙だらけだぜ、子狸バスター!


 その首、もらったぁ~!



一七六、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 羽のひとの光刃は


 しかし黒刃によって相殺された


妖精「!?」


 子狸バスターの肩に降り立った何者かが

 羽のひとに笑いかける


??「臆病者のリンカー・ベル……相変わらずね」


 手乗りサイズの少女の姿だ


 背中から生えた二対の羽から

 光の燐粉が舞い散る


 黒装の騎士に寄り添う妖精は

 あるじに合わせてか

 夜の帳に溶け込むような

 黒い衣装を身にまとっていた 



一七七、住所不定の特筆すべき点もないてふてふさん


 待たせたな、お前ら……


 おれ参上!



一七八、山腹巣穴在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 司令!



一七九、火口付近在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中

 

 司令!



一八0、かまくら在住の現実を生きる不定形生物さん(出張中


 司令!



一八一、海底洞窟在住のとるにたらない不定形生物さん


 呼んでますけど、司令……


 ふだんから……なんでしたっけ?



一八二、住所不定のどこにでもいるようなてふてふさん


 あっちゃあ……



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